R-22 武器
この人を倒さなかったら、きっとあたしたちに未来はない。
国に背くことを決めたあたしたちには、これから先もずっと、多くの追手と刺客が襲ってくるだろう。この人は、その中の一人にすぎないのだ。セフィラは全部で10人もいる。ただそのうちの、一人。
もし本気で父さんたちと暮らそうと思ったのなら、たった一人のこの銀髪のセフィラに負けるわけにはいかなかった。
「さあミーナ、集中して。オレが撹乱する。ミーナは不意を突いて攻撃を。とどめは……オレがやる」
そんな簡単な指示で、リッドは加護を持つあたしより先にセフィラへと剣を向けていた。
「生身でミカエルの加護を受けた僕に勝てると思っているの?」
低くてよく通るセフィラの声が、剣同士がぶつかり合う金属音の合間に聞こえる。
「昔はそんなバカもいたけどね……返り討ちにしてやった」
天使に瓜二つの美しい顔。銀髪のセフィラは唇の端に余裕を見せて笑った。
リッドをこれ以上傷つけさせたりしない!
「はああぁーーっ!」
大きく気合いをかけ、いつもよりずっと軽い体で飛び上がる。
落下の勢いを利用して、踵落としをお見舞いするが……簡単に左手で弾かれてしまった。その間にもリッドの攻撃を右手の銀刃で真正面から受け止めている。
こいつは化け物?!――いや、天使なんだけど。
相手の体勢が崩れる事や、攻撃による隙を予測して攻撃するあたしにとって、全くダメージを受けないセフィラは非常に攻撃しづらい相手だった。
身体能力が尋常じゃない。リッドは、これを相手に一人で戦っていたわけ?!
あたしも負けじと悪魔の加護を受けた体で止まらぬ連続技を繰り出すが、それはことごとく避けられ、交わされ、受け止められていった。
「ああ……もう!」
悔しい。目の前に父さんたちがいるっていうのに、ほんの少しのこの距離が憎いわ!
そしてその間に立ち塞がっているセフィラも。
「そこを退きなさい!」
もう手加減なんてするもんですか。天使であろうと悪魔であろうと関係ないわ! 父さんたちを助ける邪魔をするものなんて、全部排除してやる!
あたしは両手に意識を集中した。
地面にしっかりと足をつき、冷たい群青の瞳を睨みつける。
「ミーナ!」
頭上に銀の刃が降ってきた。
リッドの切羽詰まった声。
が、あたしはその刃の軌道と降りてくるタイミングを完全に見切っていた。
意識を巡らせた両手を頭上に掲げる。
刃の煌めきが目の前にまで迫ってきた。
――今だ!
あたしは、両手で包みこむようにして刃をとめた。刃で手を切られないよう、横から挟むようにして。ぱぁん、と乾いた音が響き渡った。
「折って、リッド!」
あたしの掌で刃が止まる。
父さんに一度聞いたきりの技だったけれど、あたしは何とか成功させることが出来た。刃で傷つかずに素手で剣を頭上に止める、たったひとつの方法だ。それは、刃に触れず横から抑え込むこと。よっぽどタイミングと力が合わない限り成功しない、一か八かの賭けだった。
それでも薄皮一枚、あたしの掌からは一筋の血が流れ出した。
「早く!」
リッドははっとしたように、空中に留められた刃へと剣を振り下ろす。
両手にすさまじい負荷がかかって、すぐに軽くなった。
甲高い金属音と共に、銀髪のセフィラの唯一の武器は真っ二つに折れていた。
武器を破壊したことで、あたしもリッドもいったんセフィラから距離を置いた。
両手はずきずき痛んだけれど、天使の加護を持つ相手に無茶な技で挑み、たったこれだけで済んだのは悪魔の加護があったおかげだろう。
しかし、その加護も薄れかけていた。
だんだんと全身の高揚感がなくなっている。
やばい。加護を受けた状態でこの程度しか戦えないのに、加護が消えてしまったら、あたしはただの足手まとい。
「ああ、壊れちゃった」
銀髪のセフィラは、ぼんやりとその折れた刃を見つめ、残っていた半分も篭手から引き剥がした。
でもとにかく武器は破壊した――そう思ったのは一瞬だった。
「ミカエル、新しいの頂戴」
当たり前のようにさらりとそう言ったセフィラの手に、天使から放たれた銀の光が収束する。その光は徐々に形作り、先ほどと同じ刃がセフィラの右手に握られていた。
「……!」
驚いて足が止まったあたしに、刃が迫る。
もう一度受け止める余裕はなかった。
「ミーナ!」
彼の声。優しい栗色の瞳をした、漆黒の騎士の声。
あたしの目の前が赤く染まった。あたしは全然痛くなかったのに。




