R-19 強敵
地面に横たわった5人の騎士を見降ろしながら息を整え、剣を鞘に収めた――思った以上に体力を使ってしまった。
「お疲れさま、ミーナ」
すぐ傍で声がしてびくりとした。
振り向くと、そこにはいつもの優しい笑顔を湛えている彼の姿。
「リッドの方は?」
「あ、うん、あのくらいなら大丈夫」
にこり、と笑ったリッドは息ひとつ乱していない。
「それより、すぐに追いかけるよ。既にコレオプシスたち3人は奇襲を仕掛けている。ほら、馬車がそこで足止めを食らっているだろう?」
リッドの差した方向を見ると、少し離れた場所で馬車が停車していて、その周囲では馬に乗った騎士と打ち合う隠密部隊メンバーの姿が見えた。
風に乗って微かに剣の交わる音がする。
もうずいぶん明るくなってきた周囲は、靄も晴れ、今まさに日の出を迎えようとしていた。
「さ、行こう。クラウドさんたちを助けなくちゃ」
馬車の所に到着した頃には、ほとんどカタがついたところだった。
コレオプシスは先に血のついた大槍をぶん、と振り回し、ダリアは降伏した騎士を縛り上げるところだった。
アメシェラもすぐにやってきた。
「足止めする必要もないな。あっけない」
コレオプシスが鼻を鳴らす。こちらの騎士にもそれほど手こずらなかったようだ。
体格のいいコレオプシスが身の丈の倍近くある大槍を振り回している姿は、さぞ勇猛だったことだろう。
リッドもにこにこ、と笑う。
「そうだね。ミーナもちゃんと5人倒したよ。それで満足?」
「ああ、異論はない」
異論? いったい何に?
それを聞く前に、リッドがにこりと笑って言った。
「これなら全員で一斉に撤収できそうだ。合流地点は覚えてるよね? そこまで一気に……」
と、彼はそこで口を噤んだ。
みるみる表情が強張っていく。彼のこんな表情を見たのは初めてだった。驚きと失望と衝撃、それから絶望がすべて一緒にやって来たかのような顔をしたリッドの横顔を、今まさに顔を出した太陽の光が照らしだした。一筋伝った汗がすう、と顎まで伝う様も。
ふいにリッドは顔を歪めて額に手をあてた。
「ふふ、言われてみれば当たり前だよね。オレたちが来る事なんてお見通しってわけだ」
苦しげな顔をしたリッドの視線の先には、止まっている馬車があるはずだ。
いったいリッドは何を言っているの?
でも、あたしの中の感覚が警鐘を鳴らしている。背後にとんでもないモノがいると知らせている。
この感覚は、セイジを追ってきた悪魔の気配に酷くよく似ていて、でも全く正反対のものだった。
背筋をぞわり、と何かが這い、それを察知したかのように背後から声が飛んできた。
「来ると思ってたよ、レメゲトン」
よく通る低い声が、声に連られ、リッドの視線を辿って振り向いたあたしの目に飛び込んできたのは、見覚えのある銀髪だった。
「今度こそ、逃がさないよ」
白い神官服に身を包んだ銀髪の人は、あたしに向かってそう言った。
この人はなぜ、あたしをまた『レメゲトン』と呼ぶの?
「絶対に来ると思っていたよ。だから僕は罪人輸送の警護なんて申し出たんだ」
丹精込めて創られた彫刻のように整った顔立ち。覗き込む事を許さない深い群青の瞳は、この早朝の光で見てもやっぱり闇を包有していた。半分閉じた眠そうな瞼も、陶器のように白い肌も、あの時と変わっていなかった。
「今度こそ逃がさない。僕らを迫害したグリフィスの末裔」
何? どういう事? グリフィスって、グリモワール王国建国の時代に悪魔召喚の基礎を確立してコインを作ったゲーティア=グリフィスの事? それがあたしの何の関係が……
上ってきた朝日が何もかもを照らし出す。
強張ったリッドの顔も、呆然となっている隠密部隊メンバーの顔も。
「朝日だ。僕らの時間だ。天使が空からやってくるよ――」
意味不明の言葉を呟いて、その銀髪の人は両手を大きく広げた。
その途端、リッドが鋭い声で叫ぶ。
「逃げるんだ、ミーナっ!」
「え、でも父さんが……」
「言っただろう! あいつはセフィロト国に10人しかいないセフィラの一人……セフィラが何かは、言わなくても分かるよね?」
その剣幕に、あたしは声を失った。
「この間は夜中だったから天使を召喚できなかったんだ。でも、今……太陽が昇ってしまった」
あたしの前にリッドが立ち塞がる。
「早く逃げて! 今度こそ! 振り向かないで!」
その悲痛な叫びは、この状況の切迫を表わしている。
が、その銀髪のセフィラは残酷だった。
リッドの肩越しに、完璧に整えられた唇がゆっくりと動くのが見えた。
――ミカエル
確かにそう動いた。
そして、次の瞬間には、その場を眩いばかりの銀の光が包んでいた。