R-18 撃墜
一足早くリーダー格の騎士がリッドに切りかかる。
が、彼はその剣筋を読みきって最小限の動作で捌いた――この剣は知っている。あたしと同じ、ひいては父さんと同じ剣術だ。
相手の力を利用し、いなしてかわす柔の剣。剣術以外で父さんが得意としていた古武術の合気道に似た性質を持つその剣は、力のない女であるあたしだけでなく、セイジのような体格を持たないリッドにとっても有効な武器になる。
あたしなんかよりずっと精錬されたその剣筋に一瞬見惚れてから、あたしも自分の敵に向き直った。
一人で多人数を相手にする場合、最も避けるべきは周囲を囲まれること。
武器が小太刀一本であるあたしが攻撃できる方向は視線の方向、半分だけ。正面からと背後から、同時に攻撃された場合は状況にもよるがおそらくあたしの身体能力では避けられないだろう。
しかも、敵の剣を一度でもまともに受ければこんな細い小太刀は簡単に折れてしまう。
大丈夫、神経を研ぎ澄まして。
父さんは一対一の剣道だけでなく、多人数相手の戦闘もあたしに叩き込んでいた。そして、古武術。非力なあたしは自分の力を知り、相手の力を読み、それをうまく総合して自分に有利な状況を作らなくてはいけない。
常に先を読みなさい――父さんはいつもそう言った。
マルコもあたしも同じ剣術を習っていたが、戦闘スタイルは全然違う。マルコは身軽さとその鋭い五感を生かしたヒットアンドアウェイの戦法で、敵の攻撃を見ながら紙一重でかわし隙を見て反撃するという、マルコにしかできない特殊なスタイルだ。それに対してあたしは、剣技と古武術そして体裁きからの先読みを生かした、カウンター主体の受ける戦法。何より、非力なあたしは相手の力を利用する事に重点を置いている。
でも、今回は5人を一斉に相手するのだ。少しばかりマルコの戦闘スタイルを取り入れた方がいいだろう。
「あたしは騎士団長クラウド=フォーレスの娘、ミーナ=フォーレスよ」
傍から見れば勝負は完全に決まっている。細い小太刀を携えただけの少女に、大人が5人、それも聖騎士団の剣士が切りかかったのだ。
きっとリーダー格の男もあたしのことをなめていたに違いない。剣術大会をダントツで優勝したのはまぐれでも何でもないのに!
「全員そこを退きなさい。あたしは父さんを助けに行くのよ」
静かに呟いて、あたしは馬の鞍の上に立った。体格差がある以上馬に座ったままでは互角に戦えないからだ。
足場が不安定? そんなの、あたしの未来に広がる不安に比べれば全然たいしたことないわ!
一人目は案の定、狙い通りに足もとを狙って切りつけてきた。
予測された攻撃を避けるのは簡単。そしてその次の処理も一瞬だった。
鞍を蹴って飛び上がったあたしは、迷うことなく剣を握るその騎士の手を思いっきり蹴りつけた。
間髪入れず逆足で防御されていない喉元に蹴りをたたき込む。
細い小太刀は攻撃力が低い代わりに、古武術による攻撃において長剣ほど邪魔にならないという利点もある。
「うぐっ……」
くぐもった声を上げた騎士の肩に手をつき、膝を足場にして顔面に強烈なひざ蹴りを叩き込んでやった。
ぐしゃ、とつぶれた感触があって声もなくその騎士は崩れ落ちる。
そしてあたしはそいつが落馬する前に、いったん自分の馬に戻った。
追い討ちをかけようとする残りの騎士を振り切って、いったん距離を置く。
これは普段ならマルコが得意とするヒットアンドアウェイの戦法だ。攻撃を終えたらすぐさま距離をとる。そして、また隙を窺って攻撃し、また距離をとる。
マルコほどではないが、あたしにだってあの仰々しい胸当てや脛当てで機動力を削いだ騎士たちに劣らないくらいの素早さはあるのだ。
心臓が耳元で鳴り響いている。
大丈夫、これならいける!
あたしは再度攻撃を仕掛けるべく、手綱をとった。
攻撃予測、そして古武術と剣術の合技によって、あたしは順調に一人ずつ、戦力を削いでいった。
あと一人!
胸当てと腰当ての隙間を小太刀で切り裂かれて体をくの字に落馬した騎士には目もくれず、あたしは最後の敵を見据えた。
「この娘、ちょこまかと……!」
額に浮かんだ青筋をぴくぴくとさせて、それでもあたしの危険度に気付いて距離をとった最後の騎士は、あたしの数倍は経験を積んでいるであろう壮年騎士だった。
もしこんな事になっていなかったら、あたしが騎士を志していたら、大先輩になっていたかもしれない。そう思うと不思議な感じがした。
軽く息を整えてその騎士と対峙する。
真剣勝負の直前に漂う独特の緊張が全身を駆け抜ける。
最後の一人、意表を突く事は出来ない。だからと言って、このまま馬に跨って真っ向勝負を挑めば確実に負ける事は目に見えている。
何とか馬から引き摺り下ろして地面で勝負するしかない。
頬についた返り血を汗と一緒に手の甲で拭い、両手で小太刀を握りしめる。
さあ、どうしたらいい?
そして、最後の一人を倒すイメージが頭の中で固まった時、あたしは馬の腹を蹴っていた。




