R-17 開始
作戦決行当日、早朝。日が出ないうちにあたしたちはひっそりと旧東都トロメオの正面門に移動した。
薄暗い中だというのに多くの聖騎士団員が門を守っていた。それもおそらく手練が多い。こんなに遠くても彼らがよく組織され訓練されていることが伝わってくる。数十の騎士たちを前にして、あたしの心臓はこの上ないくらいに力強く拍動していた。
この警備の多さはブラシカから聞いた情報が本当であるという事を示している。
「クラウドさんとダイアナさんは、日の出とともに旧セフィロト国領に搬送される事になっている。チャンスは一度」
それは、作戦とも呼べないような強行突破。いったん父さんたちの拘束を外してしまえば、アメシェラという隠密部隊のメンバーが用意してくれた馬車に乗せ、ほとんど開けていない土地が広がる南の山岳地帯に向かって走る予定だった。
あたしはリッドとアメシェラ、そして助け出した父さんたちと一緒に南へ向かう。残りのメンバーで足止めをする――なんとも無謀な作戦だ。悪魔を召喚できるセイジがいれば随分と負担が違うらしいが、彼はマルコと出ていったきり、まだ戻ってきていない。
もちろんここに集ったのはいずれ劣らぬ力を持つ隠密部隊のメンバーばかりだ。とはいえ、相手は数十の聖騎士団。単純計算で一人あたり10人以上を相手にする計算になる。
むろん仕方がないのは分かっている。だって、父さんたちが捕まってから1週間も経っていない。十分な作戦を練る時間も人員を集める余裕も、あたしたちには何もなかったのだから。何より、あまり大人数で動くと悟られてしまう。10人弱、最低限で、最高の精鋭たちだった。
それでも、忘れかけていた恐怖が舞い戻ってきてあたしを震えさせる。それは、どんなに待っても帰ってこなかったマルコの事も関係あるだろう。
いったいどこに行ったのよ、マルコ! 帰ってくるって言ったじゃない!
でも、口を噤んで俯いたあたしの肩に、優しい手が触れる。
「絶対にオレの傍を離れちゃ駄目だよ、ミーナ。そうしないといざという時に守れないからね」
一緒に草陰へと身を潜めたリッドが耳元で囁いた。
だから近いって!
あたしは自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。この人はわざとあたしを動揺させて楽しんでいるんじゃないだろうかとさえ思えてくる。
でも、その優しい手に触れられるとすごく安心する。
「リッドがついていてくれるならあたしも安心して戦えるわ」
この人は、父さんたちを助け出した後もあたしと一緒にいてくれるだろうか。ずっと守ってあげるから、と隣で優しく微笑んではくれないだろうか。
って、あれ? あたしいったい何を考えているの?!
自分の中に沸き上がった妙な妄想はなかった事にして、きっとトロメオへの入り口を見据えた。
「さあ行くよ、ミーナ。君は思ったようにやればいい。後の事は全部オレ達に任せてさ」
「うん、分かった――ありがとう、リッド」
今は、父さんと母さんを助け出すことだけを考えよう。
あたしは、単純に捕まった父さんたちを助けに追いかけてきた娘を演じればいい。ある意味、あたしは囮だ。攻撃の主軸はリッドの部下のダリアとコレオプシス、そして補佐がシラン。
リッドの補佐のもと、あたしは思いっきり暴れるつもりでいた。
もちろんみんなあたしの剣の腕をかってくれていて、一つの戦力として数えてくれている。
それが本当に嬉しかった。
「さあ、来たよ」
太陽は今にも山の向こうから顔を出そうとしている。日の出は近い。
薄明かりの中で、正門から黒々とした鋼で作られた馬車がゆっくりと姿を現した。
最初に、トロメオからの増援がすぐには来られないように、正門から離れるまで待つ。
静かに馬車を追うあたしの心臓は今にも破裂しそうだ――あの中に、父さんと母さんがいる。
「アメシェラとの合流地点はもうすぐだ。準備はいいかい、ミーナ」
「ええ、大丈夫よ」
完全にトロメオが遠ざかったところで、事前に用意しておいた馬に乗る。
馬車を護衛するのは数十人に及ぶ騎馬隊だ。夜明け前の独特な空気が満ちたこの草原の真っただ中を進む仰々しい隊列は、まるで黄泉へと向かう葬列のようだ。
もうすぐで、打ち合わせした地点に差しかかる。
「行きましょう、リッド」
「うん、行こうか。おてんば王女」
「もう、イジワル言わないでよ!」
大丈夫、この人があたしの隣にいる限り、あたしは安心して戦える。
あたしは手綱を強く握った。
薄明かりの草原の中、馬を駆る。
あの監獄のよう鉄の馬車を追いかけて。
「待ちなさい!」
心の底から叫んだ。絶対に行かせたくなかった。
だって、セフィロト国に連れて行かれてしまえば、父さんと母さんに待っているのは処刑。今は亡きグリモワールの忠臣として、戦犯として裁かれてしまう。
そんな事は絶対にさせない。
「父さんたちを返しなさい!」
馬を駆って、馬車の前面に回り込んだ。
行進はいったん停止。おそらく責任者と思われる白馬に乗った銀の甲冑の騎士が前に進み出た。
「……ミーナ=フォーレス様ですね。既に国外へ逃げたものかと思っていました」
この甲冑の聖騎士には見覚えがある。美しい蒼水星の瞳――あの始まりの日、剣術大会で優勝したあたしを迎えにきた聖騎士だ。
これは何かの因果だろうか。
「ですが、好都合です。あなたの捕縛命令も出ています。育ての親と共に処刑されるのなら本望でしょう」
彼は腰に差していた銀鞘の剣を抜いた。
背後の部下に馬車を進めるように言い、数名の部下を指名してあたしとリッドの前に立ちふさがった。
あたしたちが敵をひきつけた後、他のメンバーが処理をしてくれるとはいえ、早く倒して馬車を追いたい。だって、あの中には父さんたちがいる。
「気を抜いちゃ駄目だよ。目の前に敵に集中して……リーダー格はオレが相手をする」
刹那、隣をリッドが馬で駆け抜けていった。
あたしも行かなくちゃ――小太刀を抜刀して敵に向かって行った。




