R-16 計画
現在セフィロト軍に侵入しているという占い師のブラシカを中心に、作戦会議が開かれた。
とはいえ、あたしはほとんどそこに座っているだけ。旧東都トロメオの地図を広げて議論を交わす大人たちの間に入れはしない――こんな時、自分の無力さが身にしみる。
あたしには本当に何の力もないんだ。
だから力を貸して、とリッドに頼んだはずなのに……これまでにない焦燥があたしを追いたてていた。
「で? もう一人、息子の方はどうなっているんだ、アキレア」
さらに、ふっと耳に入ったその言葉に反応する。
そうよ、マルコはいったいどこへ行ったの?
「彼もすぐに戻るよ。今はセイジが連れ出している」
リッドが静かに答える。その声には微かな絶望が含まれていた。
「セイジが……?」
それを聞いた猟犬のコレオプシスが眉を顰めた。同時に、占い師ブラシカも息を呑んだ。重い沈黙がその場を包む。
いったい、何? セイジはマルコをどこへ連れて行ったの?
「それは……誰の意志だ?」
「マルコ本人だよ。彼がセイジを選んだんだ」
あたしの中の何かが警鐘を鳴らしている。間違いない、マルコは今、ひどく危険な状況にある。生まれる前から一緒だったあたしにはそれが敏感に感じ取れた。それは、みんなの切羽詰まった表情からも見て取れる。
怖い。怖い。いったいどこに行ったのよ、マルコ!
「大丈夫。セイジの判断と、マルコの意志を信じて。オレはあの二人なら大丈夫だと思った。だから許可したんだ」
リッドがはっきりとした口調で告げる。
「……臨時首領がそう言うのなら異論はない」
ああ、だめだ。心臓の音が耳元に鳴り響いている。怖くて全身が震えている。息が詰まる……キモチワルイ。吐きそうだ。
必死で息を整える。が、余計に頭が混乱する。
リッドにはそれが伝わってしまったらしい。あたしを落ちつけるように頭にぽん、と手を置いた。
「ミーナ。ごめんね、眠っていたから知らせなかったんだ……その代わり、マルコからの伝言を預かってるよ」
「マルコが……?」
「うん。ミーナの事、すごく気にしてたよ。本当はちゃんと話していきたかったんだけど、時間がないからって、オレに伝言を残して行ったんだ。彼はこう言っていた――絶対に戻るから。父さんと母さんを助けに、ミーナを守れるように、僕は強くなるから。だから待っていて。お願いだから、泣かないで」
その言葉を聞いて、少しずつ心が軽くなっていくのを感じていた。
マルコも父さんと母さんを助けるために最善を尽くすつもりなんだ。どんなに諭しても父さんたちの救出にあたしたち自身が向かう事をあれだけ拒絶していたマルコが。
よかった。
「ミーナ、これから作戦における君の動きを説明するよ。これは、君にしかできない事なんだ。君たちが協力を申し出てくれたからこそできる作戦だよ」
あたしはあたしが出来る事をしよう。だって、力が欲しいと願ったのはウソじゃない。リッドはあたしが望んだとおり、力を貸してくれたのだ。マルコも、自分でできる事を精一杯やっている。
それじゃあ、言い出しっぺのあたしがこんな所で震えているわけにはいかないだろう。
「ありがとう、リッド」
大丈夫。
あたしはまだ――戦える。
だって手も足も動く。頭だって使える。目も見えるし、音も聞こえる。
それ以上、何を望む?
「あたしは元 漆黒星騎士団長クラウド=フォーレスの娘、ラスティミナ=フォーレス。父さんと母さんを助け出すために、力が欲しいの。あたし一人じゃ何も出来ないから……お願いです、みなさんの力を貸してください」
絶対に負けない。
相手がセフィロト国でも、たとえあたしがずっと憧れていた天使だったとしても、父さんと母さんを奪う事は許さない。
だってあたしには、マルコがいる。リッドがいる。助けてくれる人たちが、守ってくれる人たちがいる。守りたい人たちがいる。
「蛙の子は蛙、か……」
猟犬のコレオプシスがぽつりと呟いた。
「まったく、ウォル先輩とまるで同じセリフを吐くとはな……血は争えないな、ラスティミナ」
そう言ってがりがり、と頭をかいたコレオプシスははあ、と大きく息をついた。
「……もちろんだ、ラスティミナ。俺達はそのためにここへ来た。クラウドさんを助けるという目的のために集った仲間だ。今さらよそよそしい言い方はやめてくれ」
そう言ってくれたコレオプシスは、先ほどまでと違って全然怖くなかった。笑うときゅっと目じりが上がって、まるで体は大きくても優しい犬みたいだ。
つられて微笑むと、皆笑い返してくれた。
きっとこの人たちと一緒なら父さんたちを取り返すことができる。
だからマルコ、さっさと帰ってきなさい!