R-15 協力
風邪をひいた時、稽古で頭を打って昏倒した時。いつだって、目を開けた時に最初に見るのは父さんの美しい翡翠の瞳だった。
でも、今回は違っていた。
目の前にあるのは淡い茶髪、それから優しい光を灯した栗色の瞳。
「目が覚めた? ミーナ」
丸っこい、子犬のような眼が笑いかけている。ふわふわとした髪が薄明かりに揺れていた。
ああ、この笑顔を見ると安心する。まるで父さんといるみたい。
「リッド……あたし……セイジが……」
「ああ、まだ起きなくてもいいよ。ずっと走り通しで疲れただろう? だいじょうぶ、クラウドさんもダイアナさんも無事だ。助け出す手はずは既に整っている。決行まではあと二日あるから、ゆっくり休むといい」
優しい声と共に、額に温かい手があてられる。
少しだけ甘えたい気分だ。
「んじゃあ、もう少しだけ寝てもいいかなぁ……?」
子供みたいにそう言いながら、額にあった手をぎゅっと握りしめた。
答えの代りに握り返してくれた手のぬくもりを感じながら、あたしはもう一度意識を手放した。
あたしは、思ったよりずっと疲れていたらしい。生まれ育った街を離れて、敵と遭遇して戦闘、それからすぐに休みなしで東へとんぼ返りしたのだ。これまで動けていたのが不思議なくらいだった。
でも、十分に睡眠をとったあたしの頭は冴えわたっていた。
麻の敷き詰められた床から抜け出し、そっとテントの外に出た。
ちょうど朝日が昇る頃。草原の露がきらきらと輝いて、あたしを出迎えてくれた。
いったい今日は、いつなんだろう?
「おはよう、ミーナ」
声の方を見ると、リッドがこちらに向かって歩いて来るところだった。
これまでに見た事のない漆黒の騎士服に身を包んでいる。リッドは童顔でこそあれ、背が低いわけではない。腰に差した剣も合わせたように黒鞘で、金に近い淡い茶の髪とよく似合っていた。普段の優しい彼とは少し違うその凛とした雰囲気に、少しだけどきりとした。
一瞬見とれたが、すぐにはっとした。
この間は寝ぼけてたけど、あたしはリッドの言いつけを破ってここまで来ちゃったんだ。もしかすると怒られる……?
「よかった、元気になったみたいだね。今度はあんまり無理しちゃ駄目だよ?」
あたしの不安に反して、リッドはにこりと微笑んだだけだった。その表情にどこか陰りが見えるのは、気のせいなんだろうか?
「あの、リッド……」
「なあに?」
「怒ってる?」
恐る恐るそう聞くと、リッドは声をあげて笑った。この人がこんな風に笑うのは初めてだ。
「怒ってないよ、大丈夫。でも――心配した」
優しい栗色の瞳があたしを覗き込んでいた。
そんな安心した目で見ないでよ。怒ってくれた方がずっとマシだ。
「ごめんなさい」
素直に謝ると、彼はやっぱり優しい表情であたしに微笑みかけていた。
ただ、おかしいなと思ったのは、双子の相方の姿が見当たらないことだった。
普通なら、あたしが目を覚まして真っ先に駆けつけてくれるはずなのに。あたしが眠っている間、傍にいてくれるはずなのに。
どうして?
何とも言えない不安が胸の内を駆け抜けた。
リッドによると、マルコはセイジと一緒に少し遠くまで出掛けているらしい。明日の夜、作戦実行までには戻るという事だったけれど、リッドはあまり詳しく教えてくれなかった。
そしてあたしはというと、リッドに連れられ、この作戦に参加する人たちと打ち合わせをする事になった。
リッドに連れられて入った、集落で一番大きなテントにはすでに数名のメンバーが集合していた。倉庫のようなその場所で、各々が樽や木箱に腰かけて寛いでいる。
この中だったらリッドが一番若いだろう。
「遅いぞ、アキレア」
一番手前にいた40歳くらいの男性がぎろりと睨む。あたしはそれだけですくみあがってしまった。
リッドの後ろに隠れるようにして様子をうかがう。最初に貫くような視線をくれた男性は、頬に引き裂かれたような大きな傷跡があって怖かった。手入れされていない茶髪はあちこちに跳ねているし、目つきは猟犬のように鋭い。
残りはリッドより少し年上の女性が2人と、男性が2人。
その中でも異質な、美しい薄紫のヴェールを纏った女性がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。肌が抜けるように白い。身を包む淡い桃のドレスは床の辺りに広がってひらひらと舞っていた。
近くで見るとどきりとするような儚さと美しさを持った女性だった。
「クラウドさんの娘さんかしら。私、ブラシカです。占い師としてセフィロト軍に潜入しております」
「あ、はじめまして。ミーナ=フォーレスです。よ、よろしくお願いします!」
思わずぺこりと頭を下げると、ブラシカさんは銀に近い淡い金髪を揺らして笑った。
「可愛らしい娘さんね。話に聞いた通りだわ」
「ブラシカはオレやセイジと一緒、クラウドさんが抱える組織の幹部の一人だよ。あと一人、ディサという幹部がいるけれど、今回は不参加」
「幹部はリッドとセイジをいれて4人なの?」
「ああ、そうだよ」
リッドはにこりと笑った。
「あとは右からコレオプシス、彼はオレ直属の部下だ。隣は同じくオレの部下のダリア」
リッドは最初の猟犬のような男を指し、次にその隣の女性騎士を指した。
「最後に、ディサの部下のアメシェラとシラン」
最後に、一番奥に座っていた二人の男性を示した。
「オレ達は、クラウドさんの率いた隠密部隊のメンバーだ。今回、君とマルコがクラウドさんを助けだすのが大前提。セイジも含め、オレたち7人はその補助をするという形をとる事になる」
彼は最後に彼ら全員を示して、こう言った。
「オレたち隠密部隊『BLOOM』が、君を全力で支援するよ、ラスティミナ」




