M-17 勧誘
レメゲトン。
僕とミーナの両親は、魔界から悪魔を召喚して戦う天文学者、レメゲトン。
「案外反応が薄いな。予想してた……ってとこか?」
セイジの言葉に、そうかもしれないと思う。
心の片隅で何となく気づいていた。僕らに託された羽根が悪魔のものだとしたら。貴族の高い地位に在った父さんたちと交流が深かったというなら。
セイジが悪魔を召喚してミーナを捕まえた時、その予想は確信に変わったのだと思う。
「そこまで気づいていたなら分かるだろう、お前の父親の名は――」
「アレイスター=クロウリー、かな。メフィア=ファウストと共に戦争で数々の伝説を残したレメゲトン」
ミーナの紫の瞳は父親譲りだと母さんが言っていたのだから、その名にたどり着くまでそうかからなかった。
「正解だ、マルコシアス」
セイジはにやりと笑った。
僕の名は、代々クロウリー家を守ってきた戦の悪魔が持つ名と同じだ。戦の悪魔マルコシアスは真っ直ぐな心を持つ、魔界屈指の剣士だという。
「そして、お前の母親の名は――ラック=グリフィス」
グリフィス、という名には嫌ほど聞き覚えがある。
「初代国王ユダ=ダビデ=グリモワールと共に72の悪魔を魔界から呼び出し、コインを創った始祖。その末裔に当たるラック=グリフィスの子供であるお前とミーナは、稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスの唯一の子孫だ」
これまでお話のなかにしか出てこなかった名前が、一気に身近になる。
そして、父さんたちの話が、これまでリッドとセイジが言っていた事が、隠していただろうことがすべて頭の中でつながっていく。
「クラウドさんもダイアナさんもそれをお前たちに告げる気はなかったようだ。ただ、平穏に暮らして欲しい、と願っていたのだ……お前とラスティミナだけは、こんな世界に引きずり込みたくないと常々言っていた」
「うん、そうだろうね」
いまや滅びた王国の重要人物、それも禁止された悪魔崇拝の象徴ともいえる職についていた両親をセフィロト国が見逃すはずはない。その子である僕らの事も。
「だが、お前たちはそれでいいか? 守られて、隠されて、裏でこそこそと動かれて面白いはずがないだろう?」
セイジの言葉に、僕は深く頷いた。
「だから、これを話すのは俺の独断だ……後でクラウドさんに叱られるな、これは」
大きくため息をついたセイジ。
実はまだ何の実感も湧いていなかった。まるで、突然逃げろと言われたあの夜のように、言葉だけが上滑りして僕の中を通過していくみたいだ。
父さんたちが僕らに『本当の両親は別にいる』と告げた日から、僕とミーナの時間は止まっているようだった。何を信じて、何をすればいいのかわからない。地に足がつかない感覚。
もし僕が本当にアレイスター=クロウリーとラック=グリフィスの子で、生粋を極めたようなレメゲトンの血筋だったとしても、僕にはなんの力もない。ただ人よりちょっと剣がうまいだけだ。
ああ、あと、勘がいいのも人よりすぐれてる点かな?
「んじゃあ、父さんと母さんは、僕らの本当の両親は、僕とミーナの為に世界を創り変えてくれるつもりだったの……?」
「勘がいいな、マルコシアス」
セイジがにやりと笑う。思わずつられて笑ってしまった。
選択肢は二つだと思っていた。
迎え撃つか、逃げるか。
でも、僕らにはもうひとつ選択肢があったんだ。みんなずっとそれを僕らに隠していた。僕らを危険な目に遭わせないために。
「セイジたちは……父さんたちは、きっとグリモワール王国を再建するつもりなんだね」
もう一つの選択肢。それは、奇しくもミーナがずっと願った事。
自分の居場所は、自分で勝ち取る。
そう、父さんたちは僕らの為に安心して暮らせる土地を創るつもりだったんだ。きっと。それがどんなに危険で大変で無茶な事か分かっているはずなのに。
思わず顔を手で覆った。
泣きたいわけじゃないのに胸が苦しかった。自分達がどれだけ愛されているか、どれだけの力で守られていたかを知って、どうしようもなく心が熱くなったのだ。
何も知らなかった。父さんたちが、本当の両親が僕らに残そうとしてくれたものはこんなにも大きい。
「僕も……手伝えるかな」
ミーナが笑っていられる世界を作るために。父さんたちみんなが幸せになれるように。
俯いたまま聞くと、セイジの大きな手が肩に置かれた。
ふっと視線を挙げると、藍色の瞳が僕を覗き込んでいた。
「マルコシアス。これは、本当に俺個人の提案だが」
セイジの真剣な瞳が僕を射抜いた。
「悪魔を使役する気はないか?」
背筋がぞわり、とした。
セイジの迫力に押されたというのもあるが、何より自分自身の奥底から湧き上がる衝動を抑えられなかったからだ。
本気で心の底から願った事をかなえるために。
僕は笑った。
「あるよ」
――力が、欲しい。強くなるために――