M-16 両親
元東都トロメオの崩れた外壁に沿うように作られたこの街は、おそらく戦で住処も職も失った人たちが集う場所だ。その年齢は様々で、最初に出迎えてくれたアンバのような子供もいれば、よぼよぼのおじいさんもいた。
ああ、悪魔の事を教えてくれたじぃ様は、元気にしているだろうか?
ほんの少し故郷に思いを馳せていると、ふっと藍色の瞳が振り向いた。
「この辺りでいいだろう」
気づけばテントばかりが集まった集落の端まで来ていた。
この辺りは周囲の草原と様相が違う。
ぽつりぽつりと生える木々どころか、一本の草もない。土の色も黒っぽく、まるでこの辺りだけ大火事にでも遭ったみたいだった。少し遠ざかったトロメオは、やはり前時代に取り残された遺跡のように悲惨な様相を呈していた。
僕らが小さい頃、セフィロト国の弾圧に大きな反発を示した組織があった。旧東都トロメオを拠点とし、グリモワール王国を再建しようとする悪魔崇拝の集団だ。その組織はここを中心に散々暴れた末、セフィラによって鎮圧されたらしい。
この都を修復しないのは、セフィロト国がその力を明示しておくためなのかもしれない。
もう二度と、グリモワール王国の遺影を追う者が出ないように。
そのトロメオを目を細めて見つめたセイジは、自嘲気味にぽつりと呟いた。
「……不思議だな。この場所に、お前と共に帰って来る日がこようとは」
「この場所、少し変だね。ここだけ火事でも起きたみたいだ」
思ったままを口に出すと、セイジはにこりと笑った。
「流石だな、マルコシアス。確かにここは一度焼けている。悪魔の遣った地獄の業火と天界の輝炎の衝突によって不毛の地となった。あの集落の者たちは『灼熱の遺産』と呼んでいる場所だ」
「フラウロスが?!」
思わず目を輝かせると、セイジはもう一度、僕の頭に手を置いた。
「お前、悪魔が好きか?」
「うん、大好きだよ」
「そうか……よかった」
そしてセイジは少しずつ、少しずつ話し始めた。
父さんと母さんが隠していた事。セイジとリッドが望む事。そして、僕らの両親の事――
何もない大地に転がる真黒な岩に二人並んで座る。よく見るとこの真っ黒な岩も焼けているようだ。ごつごつとした手触りは、慣れ親しんだ岩とは少し違う。まるで熱を持っているような手触りとは、裏腹にヒヤリとした感触が背筋を通る。
セイジの端正な横顔を見ながら、掌を通して伝わる灼熱の獣フラウロスの力を実感していた。
「さあ、何から話そうか」
「んと、まず、父さんと母さんはグリモワール王国の貴族だったって言ってたよね。んじゃあ、セイジとリッドも元々騎士団にいたりしたの? あ、年齢的に無理かな?」
「いや、そうでもない。俺は戦争前に騎士団に入っていた。クラウドさんが団長をしていた漆黒星騎士団だ」
「へえー……っえっ? 戦争前?!」
戦争が終わったのは18年前、始まったのは確か20年前だから、その前に騎士団に入ったって……?
「セイジ、いったいいくつなの?!」
「あー、今年で幾つかな。忘れた」
「えええええ?!」
もともと結構年上かもしれないとは思っていたが。
よし、この問題は深入りしないようにしよう。だって、セイジがどんなに少なく見積もっても30歳半ばてことは、そのセイジに不遜な口をきくリッドがそれほど違う年とは思えない。
リッドの事を気に入っているらしいミーナのためにもここには手を付けずに置くべきだろう。
「えっと、んじゃ、それはいいとして……」
ああもう、焦ったら何を聞こうとしてたか忘れちゃったよ。
困って視線を泳がせていると、セイジはまるで僕の心を読み取ったかのように静かに話しだした。
「俺は悪魔の力を使役する。何故か、と一度聞いたな。答えてやろう」
セイジはチェーンに括られたコインを取り出した。
鈍い金色を反射するそのコインは、微かに熱を帯びているようにも感じられた。コインの中央に記されているのは、僕の記憶が確かなら、破壊の悪魔レラージュの紋章だ。
「俺がこの悪魔と契約したのはグリモワール王国時代だ。当時の俺は漆黒星騎士団員だった。が、お前の母親は俺の才能を見出し、そこから連れ出した」
僕の母親の話をする時、セイジの目にはとても優しい光が灯る。それはきっと気のせいではないはずだ。
「お前の母親は強かった。もちろん、お前の父親もな。彼らは――最高の、『レメゲトン』だった」




