M-15 焼原
お前はきっと女ったらしになるよ、というセイジの台詞の意味を考える間もなく、外の馬を繋ぎとめたリッドも狭いテントの中に入ってきた。
「ああよかった、ミーナ」
心の底から安心した顔をして、リッドはミーナの髪を一度、二度撫でた。
そしてセイジに向き直るといつもの笑顔をどこかに潜めて、大きな栗色の目を細めた。普段からは考えられない真剣な表情をした彼の声からは微かな怒りが滲み出ていた。
「いったいどういうつもり? ……なんて、聞くだけ無駄だよね。利用するのは許さない、って言ったはずだ。例えそれが最も効率的な手段だったとしても」
「西に向かう途中、ラスティミナがついてきた。それだけだ。俺は利用するためにこいつを連れてきたわけじゃない」
「それでも、結果は同じだよ。こんな所まで連れてきて……オレたちの代わりに矢面に立たせる気だろう? 両親を取り返す、という名目を立てて隠れ蓑に利用しようっていうのが見え見えだ」
「本人達はそれを望んでいるようだが? それを止めるのは横暴じゃないのか。保護の名の元にこいつらを閉じ込めて、それはお前のエゴだ」
「詭弁だよ。ミーナとマルコの気持ちをいいように利用するなんて有り得ない」
「では、本人達に選ばせたらどうだ」
セイジの言葉にリッドが口を噤んだ。
話が全く分からない。
セイジはミーナを無事にここまで送り届けてくれた。全然悪い人には見えないのに……僕らの事を何かに利用しようとしている? リッドは何を隠している? 僕らが知らないのは何? 父さんたちは僕らに何を望む?
――どうすればミーナは……笑っていられる?
僕は口を閉ざした二人の間に割って入り、きちんと正座をして二人と向き合った。
リッドもセイジも驚いたように僕の方を見ていたけれど、気にせずに続ける。
「リッド、僕らはどうしたらいいの? 父さんたちをどうやったら助けられる?」
きっとミーナの一番の願いは、父さんたちを助ける事。
それなら僕は、それを一番にするよ。
「お願いだよ、リッド、セイジ。教えて。僕は何だってするよ。危険な事ならミーナを巻き込まない。僕、こう見えても強いんだ。あ、実はミーナよりも強いんだよ? ミーナには隠してたんだけど、ばれてたみたいなんだ。びっくりしたよ。うん、でも、まあとにかく、僕はその辺の騎士になら負けないから、きっと役に立てると思うんだ」
結局自分でも何が言いたかったのかよく分からない台詞になってしまった。
言いたい事は伝わったかな? 首を傾げてセイジを見ると、なぜか彼は首元に笑みを湛えていた。
「ほんっと、お前は母親似だな。顔は問答無用で父親似だが」
いつだったか聞いたような台詞と共に、大きな手が僕の髪を撫でていった。
「ワガママなのか気を使うのか、自信あるのか消極的なのかよくわかんねえ。本気なのか冗談なのか、全力なのか適当なのかも――お前の母親も、そうだったよ」
「僕の母親……?」
まだ見ぬ本当の母。僕にこの羽根とマルコシアスという名を残したという両親。
少しずつ、その存在が僕の中で膨れ上がっていた。
「あきらめろ、アキレア。もうこうなったら止められないのはお前だって分かってるだろう? こいつは間違いなく、あの二人の血を継いだサラブレッドだよ」
セイジがそう言うと、リッドは口を閉ざしてしまった。それが諦めからくる肯定だというのは、リッドの表情を見れば明白だった。
「お前が話さないなら、俺が全部話す。ついて来い、マルコ……覚悟があるならな」
何故だろう、ドキドキする。これから自分の目の前に新しい世界が広がっていると思うと、全身の血が騒ぐ。もっと知りたい。もっと強くなりたい。
心の奥底で僕が叫んでいる。
あの銀髪のヒトにやられそうになった時、僕の中で何かが変わった。
ずっと大切な物を作らなかった僕が、自分の為に何も願った事などなかった僕が一歩前に踏み出した。
――強くなりたい
そう思わせるのは、僕自身の魂? それとも僕の中に流れる血?
「セイジ。僕は、もっと強くなりたいんだ。だから」
力を貸して。お願いだ。
この強い願いだけは真実。僕がきっと一生追い続けるであろう夢。
初めて芽生えたこの思いを手放したくなかったから、セイジの内に秘めた熱い心を映し出したような紅髪を見失わないよう、土の道を駆け抜けた。