M-2 報告
街の外れにある家まで二人で走った。それほど距離はないのに、すぐにでも両親にミーナの優勝を知らせたくて仕方ない今は少しばかり遠く感じてしまう。
舗装されていない細い道を家へと急ぐ。
木をしっかりと組んで作られた家の扉を慌しく開け放つ。
「ただいま!」
入ってすぐのリビングキッチンで夕飯の支度をしていたらしい、ウェーブのかかったこげ茶の髪を結い上げた女性が迎えてくれた。目じりや口元に皺が見え隠れしているが、顔立ち自体はよく整っているとても美しい、自慢の母親だ。
飛び込んできた僕らを見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐにふわりと微笑んでくれた。
「お帰りなさい、二人とも。大会はどうだった?」
「もちろん優勝よ、母さん!」
ミーナが得意そうに言って、僕は手にしたトロフィーを差し出した。
「すごかったんだよ! ミーナってば準決勝で倍くらいありそうなおじさんをふっ飛ばしてさあ! 決勝のヒトだって強そうな男のヒトだったのに、一撃でやっつけちゃった!」
「まあ、すごいわ。おめでとう、ミーナ」
母さんはミーナと同じ紫水晶の瞳に優しい光を灯して柔らかに微笑んだ。
褒められて照れたように笑ったミーナはきょろきょろとしてから尋ねた。
「父さんは?」
「隣の道場よ。すぐに報告するといいわ。きっと喜ぶから」
「うん!」
都市の中心部から少し外れた場所に父さんが開く剣術道場がある。アレックスを始めとした街中の少年少女が通う評判の道場だった。
家の隣に木を組んで作った稽古場がある。家よりも広い面積を占めるその稽古場は天井も高く柱もない大きな空間を有している。
ミーナに負けないように稽古場に駆け込んだ。
「父さん! ミーナが優勝したよ!」
扉を開けるなり叫ぶ。
あたしが言いたかったのに、とミーナが口を尖らせた。
その様子を見て父さんは優しげに微笑んだ。
今年で50歳になると言うのに未だ若々しさを残した父さんが僕もミーナも大好きだった。ここの道場主である父さんは優しく、時に厳しく弟子たちに剣術を教えている。
父さんの金の髪と翡翠の瞳はまるで本物の天使みたいだと二人でいつもこっそりと言い合っていた。
金髪に緑翠の父さん、茶髪に紫の瞳の母さん――ミーナの紫瞳以外、黒髪に金目という両親と全く共通点のない容姿は小さい頃からからかいの対象だった。もらわれっこ。拾われっこ。そんな言葉何度聞いたか知れない。
大きくなった今そんな事を言う奴はいないが、逆に大人の声が聞こえてきた。何処から引き取ったんでしょうね、戦争孤児かしら、かわいそうに、両親に捨てられたのね。
18年前に終わりを迎えた戦争は、あちこちにその爪あとを残した。僕らが住むこの辺りも20年前はグリモワール国の領土だったらしい。しかし、戦争に勝利したセフィロト国は完全に敵国グリモワールの存在を消し、広大な領地を手に入れた。
現に今僕らが暮らす街からしばらく南に進んだところにあるトロメオという都市も昔はグリモワール王国の東の都とも呼ばれる主要都市の一つだったらしいのだが、道路は破壊されたまままだ舗装されていないし、外壁が崩れた瓦礫が周囲の堀を埋めている。裏通りに入れば職を失った人々が屯する場所だってある。それだけでなく、新しく土地を支配するセフィロト国によって信仰ががらりと変化した。悪魔を崇拝していたグリモワール王国の信仰は完全に禁止・弾圧され、今では天使崇拝が強要されている。
もちろん戦争で親族を失った人々は多く、戦争孤児と呼ばれている世代は僕らの年くらいからずっと上の年齢まで様々だ。きっと僕とミーナもその戦争の影響で両親に捨てられた戦争孤児の一種なんだろう。戦後の生活が苦しくて子を手放す親は多かったと聞いている。
父さんも母さんも何も言わなかったけれど、何となく分かっていた。
それでも無類の剣の腕を誇る父さんは僕とミーナの自慢だった。
「おめでとうミーナ」
「ありがとう、父さん! 頑張ったのよ!」
ミーナは誰に褒められたときより嬉しそうに笑った。その黒髪を優しく撫でた父さんは、僕の方を見て尋ねた。
「マルコは出なかったのかな?」
「うーん、僕はちょっと。ミーナと戦いたくなかったし」
「何よ、あたしとじゃ勝負できないって言うの?」
ミーナが眉を吊り上げた。おっと、怒らせるつもりはなかったんだけど。
でも、ミーナが相手じゃもう本気で戦えないから……などと言えばまた拳骨を食らうに決まっている。マルコの癖に生意気!なんて。
さてどうしようかと思っていると、父さんは僕の頭にもぽん、と手を置いた。
「じゃあ今日はダイアナに頼んでご馳走にしてもらおうか」
「やったあ!」
ダイアナ、というのは母さんの名前だ。幾つになっても仲のよいこの両親は互いのことを名前で呼んでいた。ちなみに父さんの名はクラウドという。
今晩のご馳走に思いを馳せながら、元気な双子の相方と優しい父さんとそろって道場を出て、温かな母さんの待つ家に戻って行ったのだった。