R-13 露呈
適度な距離をとりつつ、セイジの馬を追う形になった。
まるであたしの感覚を掴み取ったように、馬も足を進める。何も見えない暗闇でもまるで見えているような足取りで軽快に駆けて行く。
セイジやリッドには気づかれていないかしら?
ただそれだけが心配だった。少なくとも戻れない距離――セイジがどこまで進むかは分からないけれど、少なくとも元グリモワール東都トロメオまでは確実に戻るだろう。
街道沿いに行くかは分からないけれど、少なくとも丸二日は走り通しのはずだ。
「がんばれる?」
走りながら馬の首を撫でると、大丈夫だという風に鼻を鳴らした。頼もしい限りだ。
最初にリッドの馬車をひいていた2頭のうちの1頭、美しい毛並みの黒馬だ。ずっとリッドが乗っていたのだが、暗闇の中で最も走れそうな馬を選んだ結果、勝手に連れてくる結果となってしまった。
とはいえ、セイジの馬だって彼の立派な体躯に見合う駿馬だ。
あの口の悪さと性格の悪ささえなければ、見とれてしまうような端正な顔立ちの美男子だし、すらりと引き締まった長身も人目を惹く。それもかなりの腕を持つ剣士らしい――最もあたしが好みとするタイプなんだけど。まるであの伝説のレメゲトン、アレイスター=クロウリーのように。
でも、あの藍色の瞳を思い出しただけで苛々する。
ほとんど初対面だって言うのにあの物言い! あの態度!
「腹立つったらありゃしないっ!」
そう言えば、ずっと頭に布を巻いていたけれど、彼の髪色はいったい何色なんだろう?
「もしかしてハゲとか?」
本人が聞いたらあたしたちの関係はさらに悪いものへと変化してしまうだろう台詞を吐いて、あたしはまた闇に視線を移した。
あたしはセイジの気配を追って、一晩中走り続けた。
やがて背後の草原を朝日が割ってくる。風のほかには何の感覚も音もなかった世界に少しずつ息吹が戻り始め、動物たちの生命活動も始まったようだ。
街道の先に小さな街が見えてきたため、あたしは馬の歩を緩めた。
明るくなってくると、だんだんとあたしの感覚も鈍くなってきた。光や音が悪魔のコインの気配を薄れさせてしまっている。
「……セイジはあの街にいるみたいね……たぶん」
しばらく休むつもりかもしれない。夜中走り通しだったのだ。あたしだってもうくたくただった。
でも、ここで気は抜けない。おそらく、追手はこの辺りまで迫っているだろう。
馬から降りてこっそりと街に近付き、入口付近を観察する。どうやらそこに聖騎士団の姿はないようだけれど、堂々とこのまま街に入るわけにはいかない。
さて、どうしようかと迷っているうちに、街に紛れていったセイジの気配を見失ってしまった。
ますますもってどうしたらいいんだろう。出てくるまでここで見張っていようか? それとも、何とかして街に入って……。
街から見えない位置に馬を隠し、一息つく。
馬も疲れていたんだろう、木陰に留めてやるとすぐにしゃがみこんだ。
「ごめんね、ありがとう」
つられてしゃがみ込んだ時、唐突な眠気があたしを襲ってきた。
あ、まずい。このままじゃ……
立ち上がろう、と思ったがもう遅かった。
馬の腹に倒れ込むようにして頭をもたげたあたしは、すぐに睡眠の波に飲み込まれていった。心地よい風が吹き抜ける草原で、少し獣臭い馬の腹に頭を預けて。
夢の中で、優しい声がした。
心の底まで響いてくる深いバリトンがあたしを優しく包み込んだ。
「……本当にすまない」
その声はすぐ近くで響いている。
胸を裂くその声は酷く悲痛で、心の奥に突き刺さった。あたしの中の、最初の記憶。
あなたは、だあれ?
力強い腕に抱かれ、安心しきったあたしの心は満たされていた。
日中の日差しの強さで目が覚めた。
はっと起き上ると、まず目に入ってきたのは信じられない光景だった。
「なっ、なんでセイジがここにいるのよー?!」
「何度起こしても起きなかったのはお前だろうが」
温かさの欠片もない声に、一気に目が覚めた。
「っ、だっ、セイジっ、いつから……気づいてっ……?!」
「最初からだ」
寛いで水筒の水を飲んでいるセイジに、怒りが爆発する。
最初から、最初からって事は、真っ暗な中あたしが後ろから追いかけているのを知っていてあの速度で一晩走りとおしたって言うの……?!
「アキレアは気づいていない、あいつは変な処で鈍いからな」
しかもこいつはあたしがついて来るのを止めなかった。
「……あなたいったい、何を考えてるの?」
「別に何も」
「あたしを追い返してカトランジェに送ろうとは考えないの?」
「そうされたいのか?」
「それは嫌だけど……」
てっきり見つかったら追い返されると思っていたあたしは、なんだか拍子抜けした。
水筒の水を飲み終えたセイジは真っ直ぐにあたしを見つめた。
「ついて来るならそれなりの覚悟を決めろ。そうすればそれなりにサポートしてやる」
「つまり、父さんたちの元へ連れて行ってくれるっていうこと?」
「大人しくしているならな」
あたしはびっくりして硬直してしまった。
「本当に連れて行ってくれるの?」
「何度も聞くな。置いて行くぞ」
「あっ、待ってよ!」
「本当は休んでいる暇などない。食料と水を調達したのだから、すぐに行くぞ」
あたしは慌てて馬を起こし、セイジを追って駆り立てた。
長らくお待たせしました。
更新再開、かもしれません。