M-13 作戦
セイジが悪魔のコインを持ってるって? しかも、契約して使役するって?
現実味のない話だった。
だってグリモワール王国は18年前に滅びている。その時にほとんどの天文学者が命を落としたはずだった――メフィア=ファウスト、アレイスター=クロウリー……名を馳せたレメゲトン達はもういない。悪魔のコインだってほとんどなくなってしまったはずだ。
それなのに、目の前にいるこの男性はそのコインで破壊の悪魔レラージュを召喚するという。
「ああもう、何で俺はこんなにペラペラ喋ってんだ?」
「ほんとにね。どうしたの、セイジ」
「半分はお前が喋らせたんだろうが!」
セイジはそう叫んだものの、すぐ溜息をついてがっくりと項垂れた。
「もう半分はやっぱり……お前たちの顔のせいだろうな」
そう言われて、僕とミーナは顔を見合せて肩を竦めた。
みんなそう言うけど、本当にそんなに似てるのかなあ?
ミーナにそっくりな母親と僕にそっくりな父親。グリモワール国時代の重要人物で、どうやらこれまでの感じからするとずいぶん慕われていたらしい――敵国からはかなり恨みをかっているようだけど。
何だかとても不思議な感じがした。
セイジ達はそれっきり、父さんたちの話題には触れなかった。
それはいいのだが、ミーナまで何も言わないのはおかしい。ミーナがこんな事で諦めるはずないんだ。いったい、彼女はどうするつもりなんだろう?
さすがに追手が迫っている今、街にはもう入れない。だから街道を少し外れたところで野営する事にして、草原には珍しい大木の陰に馬を寄せた。僕には木の名前なんて分からないけれど、いっぱいに手を回しても抱えきれない太い幹の大樹は、僕らを守るようにどっしりと構えていた。
準備をするリッドとセイジから少し離れて、僕はミーナを問い詰めた。
「ねえ、ミーナ。何を考えてるの?」
するとミーナは、二コリ、と笑った。
焚き火の明かりがミーナの顔を照らしだしていて、いつもよりずっと大人びて見える。紫水晶が穏やかな灯りを包有していてどきりとした。
「あきらめてないんでしょう? どうする気なの?」
何も知らないまま行動されるより、事前に知っておいた方が対応できる。
そう思ったのだが、僕は少しだけ自分を過信していた。
だって僕はミーナの命令を断る事なんて、出来やしないのに!
「マルコ、あなたはリッドから目を離しちゃだめよ。あたしは絶対セイジについて行くから」
「……どういうこと?」
僕が首を傾げると、ミーナは残りの二人に聞こえないようひそひそ声で、でもはっきりと主張した。
「二人は、父さんたちが捕まったって言ってたわ。それも、救出の手が足りないらしいわ」
「うん、そう言ってた」
「二人とも幹部だって言ってったわ。マルコの話と総合すると、あの二人のうちどちらかが父さんの救出に向かうはずよ。おそらく、今夜中に――セイジの可能性が高いわね。あたしはセイジについている事にするわ」
「もしかして、ミーナ……」
分かってたはずだ。双子の相方があんなことで諦めるはずもないって。
「マルコはリッドから目を離しちゃ駄目よ?」
「え、僕?」
思わず大きな声を出すと、即刻ミーナの手が僕の口を塞いだ。
「静かになさい! 気づかれたらどうするの?!」
幸い彼らは気づかずにテントの準備をしているようだったけれど、ミーナはふう、とため息をついて腰に手をあてた。
「マルコ、あなたは本当に父さんたちが捕まったって聞いても何もしないつもり?」
「それは」
「あたしは嫌よ。知った以上、安寧の地を目指して一人逃げる事なんてできないわ」
ミーナはきっぱりと言い切った。
「いや、確かにそうなんだけど、そんな事をしてまたミーナが危険な目にあったりしたら……」
銀髪の人に受けた刃の痛みを思い出して、腹部をぐっと押さえた。今回は運良く命を拾ったけれど、次はどうなるか分からない。
『死ぬかもしれない』と思った瞬間の恐怖は本物だった。
「じゃあいいわよ。あたし一人で行くわ」
「ミーナっ!」
やっぱり僕には、双子の相方を止める事なんてできないんだ。
僕にはなんの力もないし、少々ぼんやりしてるし、何の役にも立てない。それはきっとミーナも一緒だ。
それでも何か行動を起こそうとする事の出来るミーナがとても羨ましかった。だって僕にそんな勇気はない――僕はいつだってそうだった。
欲しいもの、好きなもの、大事なもの。僕はいつだってそんなものを諦めてきた。失くした時に辛いから。壊れた時の喪失感を味わうのが怖いから。それなら大切なものなんて、最初っからいらない。
「どうして、ミーナ……」
その唯一の例外がミーナなのに。ミーナにだけは泣いて欲しくないのに。誰にも傷つけさせないと心の底から主張できるのに。
何故ミーナはその小さな手で、沢山の物を守ろうとするんだろう。自分の危険も顧みず自分の願いを口にすることができるのだろう。
「マルコ?」
突然黙ってしまった僕を訝しむようにミーナが覗き込んでいる。
それが分かっていたのに、僕はミーナの顔を見る事が出来なかった。
それを後悔したのは、次の日、目が覚めてからだった。
思った以上に疲労していたためにぐっすりと眠りについた僕は、朝日が昇るくらいに、リッドの切羽詰まった声で起こされたのだ。
「マルコ、起きて!」
寝起きでぼんやりする頭を抱えて起き上った僕にリッドはこう告げた。
「ミーナがいないんだ!」
一瞬で、目が覚めた。