M-12 相性
街道の傍ではあまりに目立ってしまうため、4人に増えた僕らは先ほどのように草原の中にぽつりぽつりと見られる大木の陰に身を寄せた。
いつの間にか太陽は頂点に近くなっており、図らずもお腹がなってしまった。
それを見たセイジは彼の馬に括ってあった荷物から炊事道具一式を取り出して昼食の支度を始めた。
思ったよりもいい人なのかもしれない。
と、思っていたらそれがミーナに伝わってしまったのか、問答無用で睨まれてしまう――どうやらミーナは彼が気に入らないみたいだ。
マントを脱いだセイジは上着も脱ぎ、ハイネックのアンダーウェアだけになった。服の上から推察していた通りの鍛え上げられた体は、同性の僕から見ても惚れ惚れするくらいだった。ポケットのたくさんついた機能的なズボンからはナイフやら金属の串やらが次から次へと出てくる。
それが面白くてじっと見ていると、セイジはにこりと笑った。
「一緒にやるか?」
思わず頷くと、ミーナの冷凍視線が突き刺さった。
が、誘惑には勝てない。
僕はセイジの隣に座り、ナイフでいい大きさに切られた干し肉を串にさし始めた。これを焚火で簡単に焼くつもりらしい。その間に彼は、隣で小麦粉を練って簡易パンを作り始めていた。
「これは普通のパンと違ってそれほど寝かさなくても作れる。焼くんじゃなく茹でるのがポイントだ」
「へーえ」
セイジは馴れた手つきでパンを丸めていった。
肉を焼きながらそれをじーっと見ていると、セイジはふいに唇の端をあげた。
「お前、顔は問答無用で親父似だが、中身は完全に母親似だな」
「……?」
首を傾げたが、セイジは笑うばかりでそれ以上教えてくれなかった。
ミーナはその間もずっとリッドを問い詰めようと努力したらしい。
僕とセイジがそろって二人の元に昼食を運んだ時には、すでにリッドは死にそうな顔をしていた。
ミーナは僕に向かって嬉しそうに言う。
「リッドってあたしたちの兄弟子だったのよ、知ってた? マルコ」
「うん」
「何だ、知ってたの」
ミーナは少しがっかりしたような顔をした。
「セイジもそうなのかしら?」
「俺は違う。そもそも使う剣術の系統がこいつとは全く違うからな」
確かにリッドとセイジじゃ体格も力も全然違う。同じ剣術を使うとは到底思えない。
「まあいいわ。これで全員そろったし、話してもらうわよ。いったいあなた達は何者なの?」
ミーナのストレートな問いに、リッドとセイジは困ったように顔を見合せてポリポリと頭をかいた。
やがて、リッドが口を開く。
「僕らはクラウドさんが指揮権を持つ隠密部隊のメンバーだよ」
「隠密部隊?」
僕とミーナが首を傾げると、リッドは困ったように笑った。
「クラウドさんもダイアナさんも元々グリモワール国の貴族だった事は聞いたよね? その時代の名残で、今でも彼らを陰から守る組織が存在するんだ」
その続きはセイジの方から語られる。
「本当なら俺達のような隠密組が、こんな風に表立って行動する事はないんだが、今回は緊急事態だった。手があいていて、さらにはセフィラを相手にできる者となると片手で数えられるほどしかいない。そこでアキレアが直接動いたわけだ」
「本当ならセイジは君たちに会わず、こっそり隠れてセフィロト国を撹乱する予定だったんだけど……見つかっちゃったからね」
リッドはそう言って笑った。
父さんたちが所有していた隠密部隊――そんなものの存在、全く知らなかった。グリモワール国が滅びた後も組織は解散せず活動を続けているらしい。蔭ながら、父さんたちを守るために。
「これで満足?」
リッドはそう言って肩をすくめたが、ミーナは首を横に振った。
「まだよ。まだ、悪魔の召喚の話を聞いていないわ」
「やれやれ、しょうがないねえ」
話してあげて、とリッドが促すと、セイジは不本意だという表情を隠そうともせずにため息をついた。
ミーナはそれを見てまた不機嫌そうな顔をする。
どうやらこの二人、相性があまり良くないらしい。どうしてだろう、セイジはいい人だと思うんだけど。僕から見てもすっごくカッコいいと思うし、強そうだ。ミーナは強い人が好きだと思ってたけど、違うのかなあ? でも、リッドの事は気に入ってるように見えるんだよな。
うーん。
首を傾げていると、セイジはぼそり、と呟いた。
「俺は悪魔のコインの所有者だ」
ん? 何だって? コインの所有者?
えーと。
「コインって……グリモワール国の天文学者が作ったっていう、悪魔との契約の証のコイン?」
半信半疑で聞くと、セイジはこくりと頷いた。
「ああ、初代国王のユダ=ダビデ=グリモワールが、稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスと共に、魔界から72の悪魔を召喚した。その証に、創ったコインのことだ」
「?!」
レメゲトン、と呼ばれたグリモワール国の天文学者が悪魔を魔界から召喚する時、コインを使用したという。今ではもはや伝説でしかないが、それはかつて72あり、18年前の戦争の際もレメゲトン達はそれを使って天使と壮絶な戦いを繰り広げたそうだ。
セイジは、そのコインを持っているという。
「……ほんとなの?」
ミーナが恐る恐る聞くと、セイジはさらにぽつりと続けた。
「信じる信じないは勝手だ。が、話せと言ったのはお前の方だ」
「セイジはオレたちの幹部の一人なんだ。組織の中で悪魔を召喚するのはセイジ一人だ」
「幹部なのはお前も一緒だろう、アキレア」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
あはは、リッドは笑ったが、僕らは口を開けて固まってしまった。