M-11 強気
レラージュって言うのは、グリモワール国時代に崇められていた『破壊の化身』と呼ばれる悪魔の名前だ。『レメゲトン』と呼ばれていた天文学者――セフィロト国でのセフィラに当たる役職らしい――が契約の証のコインを使って魔界から召喚し、使役したという話をじぃ様がよくしてくれた。
セイジは何故先ほどその名を呼んだんだ? そして、いったいどうやって全力で駆ける馬からミーナを引きはがし、馬を止めた?
マントが翻って見えた服は何の変哲もない、黒のアンダーウェアに皮製の上着を羽織っただけの身軽な装備だった。ただし、腰には長身にふさわしい立派な長剣が下がっている。両手に黒地に赤の紋様が入った指の部分のない手袋をしていた。
「放してっ! 行かせてよ!」
「駄目に決まってるだろうが」
ミーナはじたばたと両手を振り回したけれど、どうやらリーチと力の差があり過ぎてセイジに触れる事も出来ず、得意の武術も役に立たないようだった。
あの人は一体、何者なんだ?
馬から降りて呆然と佇んでいると、後ろからリッドが追い付いてきた。
「ありがとう、セイジ。ミーナ、ダメだって言ったでしょ?」
「もう何するのよ! 父さんと母さんが捕まったんでしょう?! こんな所にいる場合じゃないわっ……!」
「落ち着け。お前が一人で行ってどうにかなる事でもないだろう」
セイジの言葉で、ミーナはぐっと詰まった。
ふぅ、と息を吐いたセイジはぱっとミーナを放した。が、ミーナは逃げ出そうとはしなかった。
「どうやら自分の無力さは実感しているようだな」
その代わりに紫水晶をいっぱいに吊り上げてセイジを睨みつけた。
馬から降りたリッドはほっとした顔をしてミーナに手を差し出した。
「だいじょうぶ? セイジは乱暴だから……怪我はない?」
その言い分に、セイジは眉を寄せる。
「お前な……アキレア、俺が止めなかったらどうなったと思っているんだ?」
「うん、でも悪魔の召喚はやり過ぎ」
「手加減しただろうが」
「ミーナは普通の人間なんだよ? しかも女の子だ。襟首つまみあげるなんて論外だよ、セイジ」
リッドが言うと、セイジはやれやれ、と肩をすくめた。
ん? なんか今、会話の中にとっても不思議な言葉があったような……?
ミーナも同じ事を思ったようで、セイジを睨んでいた視線を緩めて僕の方を見た。
「ねえ、リッド」
ミーナが恐る恐る尋ねる。
「なあに、ミーナ」
「今、悪魔の召喚って言わなかった……?」
リッドはミーナの問いに満面の笑みで答えた。
「言ってないよ、ミーナ」
あれ、そうだっけ? じゃあ、僕の聞き違いかな?
そう思ったけれど、ミーナは眉を吊り上げた。
「言ったわよ。確かにあたし、聞いたわ。『悪魔の召喚はやり過ぎ』って……聞き違いなんかじゃないわ。そうよね、マルコ?」
突然聞かれて僕は困った。
でも、きっとミーナが言うからそうなんだろう。
素直に頷く事にした。
するとミーナは腰に手を当て、セイジの方にびしりと人差し指を突き付けた。
「どういう事? 第一、あなたは何者なの? リッドの知り合い? 悪魔の召喚なんて、グリモワール王国時代のレメゲトンじゃあるまいし……」
しまった、止めておけばよかった。
気がつけばミーナはいつもの調子に戻っていて、口からは怒涛の勢いで文句が飛び出していた。
「しかも何? 初対面で人の襟首つかんで何のつもりなの? 挨拶もなしに。最初に挨拶くらいしなさい、ちょっと背が高いからって偉そうにしないでよ!」
えええ、それはちょっと違うんじゃ?!
ミーナの剣幕に、セイジは藍色の目を見開いた。
「……ほんと、誰に似たんだ?」
ぼそりとそう言って、ミーナに睨まれる。
そしてもう一度ひょい、と肩を竦めてから軽く微笑んだ。
「俺はセイジ。アキレアの仕事仲間みたいなもんだ。猫みたいな扱いして悪かったな、ラスティミナ」
「セイジね。それは本名? じゃないわよね。だってアキレアって言うのは確かリッドのコードネーム……そうよね、リディアルド=ピーシス?」
それを聞いたセイジはぎょっとした顔をした。
「おい、アキレア。お前本名教えて……」
「ちょっと口が滑っちゃって」
「……」
頭を抱えたセイジを尻目に、ミーナはさらに追い討ちをかける。
「じゃあ、次の質問。あなたは悪魔を召喚するの?」
ずばりと聞かれてセイジはうろたえたようだ。はたから見て分かるほど目が泳いだ。
それを見逃すミーナではなかった。
「出来るのね。いったい、あなたは何者? あたしが納得するまで教えてくれなかったらどんな手を使っても父さんたちを助けに行くわよ?」
困った顔をしたセイジは、リッドと顔を見合せて大きなため息をついた。
どうやら二人とも観念したらしい。
「じゃあ、オレたちの事を話すから、ミーナはもうワガママ言わないでね?」
「いいわよ」
ミーナはあっさり頷いたけれど、僕は不安で仕方なかった。
だってミーナがあの強気の目をした時は、いつだってロクな事を企んでやしないんだから!




