R-11 暗雲
すると、じっと黙って聞いていたマルコがぽつりと言った。
「僕も……ミーナと同じだよ」
リッドが驚いてマルコを見る。
マルコは金色の瞳に強い意志の光を灯していた。これまでに見たことのないその色は、周囲の人を黙らせてしまうような不思議な強さを秘めていた。
「あの人はすごく強かったよ。あの、銀髪のヒト。僕は何も出来ないまま、ここ、刺されて、血がいっぱい出た。このまま死ぬのかなって思ったんだけど……」
マルコはマントを脱いで血に染まった腹部に手をあてた。
「銀髪の人がね、僕の事を『弱い』って言ったんだ」
やっぱりマルコは一度、酷い怪我をしたんだ。リッドの言葉からするとその傷はもうふさがっているようだけれど。
「『弱い』って言われて、僕、すごく嫌だった。強くなりたい、負けたくないってすごく強く思った」
「マルコ」
そんな風に自分の意思を表に出すことの少ないマルコが、それも強くなりたい、というあたしと同じ願いを持っていた。
「僕もミーナと一緒だよ。僕は、強くなりたい。父さんが僕らだけ逃がさなくちゃいけないなんて事にならないように。あの銀髪の人が、たとえセフィラだったとしても負けたくないよ」
マルコの言葉に、あたしは少し驚いた。
あたしはこれまで一度だってマルコがこんな風に自分の望みを口にすることなんてなかったから。こんな風に真剣に人に語りかける事なんて滅多になかったから。
同時に、とても嬉しかった。マルコがあたしをたった一人の兄弟として大切に思ってくれていた事が分かった時と同じように、あたしはさらにもう一つマルコとの繋がりを手に入れる事が出来た。
「でも、戻るのは反対。またミーナが無茶するでしょ?」
「何でよ!」
そこまで言っていて、何で父さんたちの元に戻るのは反対なの?!
「最初に言ったよ。僕が一番大切なのはミーナだから。ミーナが危険な目に遭うのは、ダメ」
「だからあたしは大丈夫だって言ってるでしょ?!」
リッドは、そんなあたしたちを見てひどく苦しそうな顔をしていた。
こんな我儘を言えば、一番辛いのは彼だろう。
何も言えずに唇を結んだ彼が、目を細めた時だった。
突然、街道の方から地を鳴らす蹄の音が鳴り響いてきた。
はっとして振り向くと、街道の石畳を割らんばかりの勢いで黒馬が数頭、駆け抜けていくところだった。乗っているのはいずれも純白の甲冑に身を包んだ聖騎士たち。
のんびりと街道を歩いていた人々を蹴散らすようにして西の方角へ向かって行った。
「あたしたちの追手かしら?」
「いや、逃げる時簡単に細工してきたから、オレたちが街道を通ることはそれなりに誤魔化せたはずなんだけど……」
リッドはそう言ってからあたしたちを木の根元に残し、街道を行く人々に話を聞きに行ってしまった。
残されたあたしたちは木の根元に並んで座る。昔からずっとそうしてきたみたいに。
「ねえ、マルコ。怪我した時……痛かった?」
「うん、痛かったよ。声がぜんぜん出なかったもん。指だって動かなかった。そしたら、羽根が光って、銀色の光が溢れてきて……そうそう、すごく、優しい声がした」
「優しい声?」
マルコの言葉に思わず聞き返すと、彼はにこりと笑った。
「うん。あれきっと、羽根をくれた母親だって人の声だよ。優しくて、でもすごく寂しそうな声だった。そしたら怪我してたところがだんだん痛くなくなって、気がついたら治ってた」
「ふうん、不思議ね」
「あ、それから、何故だかわからないんだけどすごく体が軽くて、いろんなものが見えた」
マルコの説明は相変わらずよく分からない。
いろんなものが見えた? 体が軽い? いったいどういう事?
「銀色の力でさ、守られているみたいな感じだったよ。あの銀髪の人はそれを『加護』って呼んでたけど。それがあれば、なんとかあの人ともそれなりの勝負ができるんじゃないかなあ?」
マルコはのんびりと言ったけれど、あたしはその言葉に反応した。
「それ、どういう事?! もっと詳しく教えなさい!」
もしかするとそれは、あの銀髪の人に対抗する術への糸口になるかもしれない。
そんな予感がした。
ところが、ずいぶん時間が経つというのに、道行く人に話を聞いてくると言って行ったきり、リッドが戻ってこない。
不思議に思ってマルコと二人、街道の方へ近づいてみる。
すると、リッドは街道の端で話し込んでいた。相手の男性は道行く人なのだろうか、それにしてはリッドのリアクションが深刻そうだ。
マルコはあたしの方に目で合図すると、一人で気配を消し、リッドと話す男性のところへ向かって行った。
こういう行動はマルコの方が数段得意だ。考えられないくらいに身軽だし、気配を消すのもうまい。本当なら鹿にでもなるはずだったところを、間違えて人間に生まれてしまったんじゃないだろうか?
うまく背の高い草に身を隠しながら、音も立てずリッドに寄って行ったマルコの後姿を見てそう思った。




