M-1 優勝
大会が終了し、紺のノースリーブとショートパンツでしなやかな手足を惜しげもなく晒してみんなの視線を釘付けにしながら、優勝した黒髪の少女が僕の方へ向かって駆けてきた。
腰に一振りの小太刀のみを携え、ポニーテールを揺らしながら。
息を切らしてたどり着いた少女にすぐ賛辞の言葉を送る。
「お帰り、ミーナ。優勝おめでとう!」
「ありがとう、マルコ」
にこりと微笑んだミーナはトロフィーを僕に押し付けた。彼女の荷物持ちが当たり前になっている自分はそれを受け取ってしげしげと眺める。
背に二枚の羽根を持つ天使が天を仰ぐ様をモチーフにしたそのトロフィーは太陽の光を受けてきらきらと金色に輝いた。ここセフィロト国で崇拝されている天使の一人を象ったものだ。峻厳の天使カマエル――彼は炎を自在に操るという。
「すごいやミーナ。大人のヒトだってたくさんいたのに、本当に優勝しちゃうなんて」
「当たり前じゃない、あたしが誰に負けるっていうの?」
自信満々のミーナはすごく輝いて見えた。額に浮かんだ汗を軽く拭って、にこりと周囲を取り巻くヒトに微笑んだ。
すると人々が一気に僕らの周りに押し寄せた。
皆口々に優勝者への賛辞を送る。
「おめでとう、ミーナ!」
「すごいね、ダントツで強かったじゃないか」
「ありがとう」
中には初戦で敗退してしまった同い年の少年たちも混じっていたが、その顔に妬みや嫉みの色はなく、純粋にミーナの優勝を喜んでいる者たちばかりだった。
中でもひときわ体の大きい少年剣士ジャックが嬉しそうに言う。
「これで騎士への道も開けたんじゃない?」
彼は3回戦まで進んだものの、さすがに大人の剣士と対戦し、惜しくも敗退した。
「まさかあ」
ミーナがあっさりと否定すると、初戦で敗退してしまった小柄なアレックスが力を込めて言い返した。
「でもこの剣術大会はエヴィル王の側近が見に来ているっていう噂もあるんだぜ?」
「噂は噂でしょ。こんな小さな大会をそんな偉い人が見に来るはずないわ」
ミーナの言葉にはいつも遠慮がない。
そんな隠さないところはとても好きだけれど、もう少し相手に気を使ったらいいのになあ、と落ち込んだ顔をしたアレックスを見て思う。
そこへジャックが言い加えた。
「でも去年優勝した隣町のニールって奴は騎士団に入隊したらしいじゃないか」
「それはきっと自分で騎士団の入団試験を受けたんでしょ。この剣術大会で優勝するぐらいだったらわけないはずだわ」
それを聞いてアレックスがここぞとばかりに叫ぶ。
「じゃあミーナも入団試験受けたらいいじゃないか!」
「あたしはいいの。この街が好きだし、父さんの跡を継いで剣術道場を続けるのよ」
そうだっけ?
思わず首をかしげて問う。
「あれ、でも、ミーナ本当は騎士になりたいんでしょ?」
ずいぶん前にそう言っていた気がするけど。
と、その瞬間ミーナの拳が頭に炸裂した。その衝撃で目の前がチカチカした。
痛む頭を押さえて抗議する。
「いったあー! 何するんだよ、ミーナ!」
「変な事言うからよ。あたしは父さんの跡を継ぐの。もう決めたの!だってマルコじゃ無理でしょ?」
「無理じゃないよ。僕だってがんばって稽古してるんだから」
それを聞いてアレックスがそばかすの散った顔をくしゃりとゆがめて笑った。
「そうだな、この辺でミーナと剣術で張り合えるのはマルコぐらいだもんな」
ミーナは腕を組むと、愛らしい紫の瞳を歪めてぶつぶつと言った。
「確かに剣の腕だけなら認めてもいいけど……マルコはボーっとしすぎてるのよ。強そうなのは顔だけなんだから」
こちらをちらりと見ながら言う。
それはよくヒトから言われることだった。涼やかで無口な印象の切れ長の眼と裏腹に、僕は少しばかりぼんやりしすぎているらしい。そんなこと自分で思ったことは一度もないのだけれど。
でも、それはミーナにも言えることだ。思わず見とれてしまうような美少女の容貌に似つかわしくないエネルギーに満ち溢れた少女なのだから。
「ミーナが優しそうなのも顔だけだよね」
「うるさいっ!」
正直に言葉にしてしまって、鉄拳が振舞われたのは言うまでもない。
取り巻く人々から笑いが漏れた。
ミーナと僕はどちらも16歳、同じ日に同じ親から生まれた双子の兄弟だった。どちらが年上ということはない。両親がそういう方針で育ててくれたおかげだ。
いずれにせよ、ずっと一緒に育ってきたミーナが自分に一番近い存在だという事に変わりはなかった。
そのミーナは大きな瞳をきらきらさせてにこりと微笑んだ。
「そんな事より早く父さんたちに知らせましょ!」
「うん!」
二人で取り巻きの人々に手を振りながら家路を急いだ。




