M-9 再会
「あ、あの……」
「全く本当に君たちは無茶ばかりするんだから! 何で戻ったりしたの!」
「……ごめんなさい」
お兄さんの剣幕に、僕は素直に謝った。
すると、彼は一つため息をついただけで許してくれた。
「まあ、いいや。今度こそカトランジェへ向かおう」
「ミーナは?」
「先に向かっている。彼女は街道沿いだから道に迷う事はない」
先に行った、しかもお兄さんがここにいるってことは、ミーナは……
「一人なの? ミーナは今、一人なの?」
あり得ない。そう思って見上げると、お兄さんはひどく驚いたような顔をした。
「だめだよ、ミーナを一人にしちゃ! 何するか分からないよ? それに……寂しくて、泣いてるかもしれない」
父さん、母さんと別れたあの日みたいに。
「ねえ、追いかけよう! すぐに!」
真剣な目でお兄さんを見つめると、彼は馬を停めた。先ほどの場所からかなり遠ざかっている。ここまでくればもう大丈夫だろう。困ったように笑った彼の笑顔は壊れそうに儚くて、脆くて、危うい優しさを秘めていた。
どうして彼は、時に酷く悲しそうに笑うんだろう。
「君たちは本当に……」
ぽつり、と呟いた彼は、優しい手で僕の頭を撫でた。その感触は、何故だか父さんを思い出させた。
「離れたくないんだね」
そんな問いに、寸分の隙もなくこくりと頷いた。
だってミーナと離れるなんて、そんな事あり得ないから。生まれた時からずっとずっと一緒にいた。隣にいるのが当たり前だった。お互い何があってもすぐ助けられる距離にいたかったから。
「本当はオレ達が囮になって、街道を行かずに草原を突っ切るつもりだったんだけど……もしかすると、隠れずに3人で街道を歩いた方がむしろ目立たないかもしれない。敵も白昼堂々街道を通って逃げるなんて思ってないはずだしね」
「また囮って言った!」
僕が頬を膨らますと、お兄さんはぎょっとした顔をした。
「そんなことしたらまたミーナが助けようとするよ! それじゃ逆効果だ」
そう言って強固に主張すると、お兄さんは一拍置いた後、さもおかしそうに笑いだした。
不思議に思って首を傾げると、彼はこう言った。
「店長と同じパーツでそんな表情しないでよ! にっ、似合わない……」
いったい僕の本当の父親はどんな人間だったんだろう?
謎は深まっていくばかりだ。
一晩中馬を走らせ、元グリモワール王国の東都トロメオの方角がうっすらと太陽色に染め上げられていく頃、僕らは昔王都だったユダ=イスコキュートスとを繋ぐ街道にぶつかった。
お兄さん――どうやらリッド、というらしい――の話を聞くと、ミーナはそれほど遠くには行っていないはずだ。少し急げばすぐに追いつく事が出来るだろう。
街道沿いに軽く馬を走らせながら、隣を走るリッドをちらりと見る。
背はそんなに低くないんだけど、童顔のせいですごく幼く見える。ぱっと見なら20歳ちょっとくらいなんだけど……本当の年は幾つなんだろう? ひょっとすると、ものすごく年上かもしれない。大きな栗色の瞳は感情をよく映すし、おそらく年下の僕が言うのもなんだけど、まるで子犬みたいな印象を受けた。
「ねえ、リッド。リッドは父さんの知り合いなの?」
「ああオレはクラウドさんの2番目の弟子だよ」
「えっ? そうなの?」
「君たちの事は生まれた時から知っているよ。いや、生まれる前から、かな?」
本当に、このヒトは幾つなんだろう?
父さんの2番弟子って、もしかしてものすごく上の兄弟子なんじゃないだろうか。しかも僕らの事を生まれる前から知ってるって口ぶりからして、年の差は3つや4つじゃなさそうだ。
疑いの目で隣を走る茶髪の青年を見つめた時、ちょうど街道の先を歩く馬が一頭見えた。
そこには黒髪ポニーテールの少女が乗っている。
僕は、迷うことなく馬を走らせた。
「ミーナっ!」
大きな声で双子の兄弟を呼ぶと、彼女ははっと振り向いた。
その紫水晶にみるみる驚きが広がっていく。
「マルコ!」
何より聞きたかった声が響く。
僕は馬を飛び降りた。彼女も同じようにしてこちらに駆けてくる。
この距離が、いつもよりも遠く感じた。
「よかった、マルコ!」
ミーナが最後の一歩をジャンプして僕に抱きついた。
こんなにも感情をあらわにするミーナは珍しい。
僕らはこの一晩の不安全部を取り除こうと、首が締まるくらいにきつく抱き合って、そして満足するとどちらからともなく離して笑いあった。
そうしてひとしきり無事を確かめ合い、遅れて追いついたリッドに頭を下げた。
「ありがとう、リッド!」
「いや、いいんだ、二人が無事なら――さあ、今度こそカトランジェに」
「嫌よ」
リッドの言葉を、ミーナがきっぱりとした口調で遮った。
「ミ、ミーナ?」
「カトランジェには行かないわ」
僕はびっくりして口を大きく開けたまま硬直してしまった。