R-7 銀髪
マルコは足の速さと身軽さを生かして一足飛びに遠くの敵へと間合いをつめた。
一歩遅れてあたしは一番近くの男に飛び掛った。驚いて動けないでいる男の懐に入り込んで、小太刀の柄で強烈な一撃を叩き込んだ。
くぐもった声が漏れて、男の体から力が抜けた。
「何者だ!」
残り二人が剣を抜いてあたしの方を向いた。
「一人は僕が相手だ!」
上から声が降ってきて、男たちのうち一人がつぶれた。マルコが頭上から飛び掛ったのだ。そのまま首に腕を回して締め上げる。
あたしは残りの一人と向き合った。
体格は倍ほど違う。先日の剣術大会準決勝であたったオヤジに似ている。
小太刀を抜いて対峙すると、ちょうどマルコが敵を絞め落としたところだった。
「ミーナもさっさとやっつけちゃってよ!」
「分かってるわよ!」
あたしの使う剣はカウンター主体の受ける剣術だ。父さんがずっと教えてくれていたその型は男性に比べて非力なあたしにぴったりだった。
「なんだこのガキ!」
大きな男が切りかかってきた。攻撃されるのは願ってもない。
分厚い剣が振り下ろされるのにあわせて横にステップした。目標を失った剣は地面をえぐる。
返し様に振り上げられた剣先を軽くステップバックしてかわすと、さらに鋭い突きが追いかけてきた。
それに逆らわず沿うように体を回転させて、小太刀を逆刃に持った。
回転力をつけて小太刀を薙ぐ。
「やあっ!」
気合と共に側頭部に殴打を加えた。
「ぐあっ……」
苦しげな声を残して最後の男も地面に沈んだ。
なんだ、国家騎士もたいしたことないな。よかった、騎士団試験なんて受けなくて。
少々興ざめしてから小太刀を鞘に納めて振り向くと、ちょうどマルコと白い神官服の男性が対峙していた。
低くてよく通る声がその場に響く。
「なあんだ、やっぱりいたんじゃないか」
銀髪の青年がこちらを向いた。
振り向いた青年の顔はぞっとするほど整っていた。まるで創り物のように美しい陶器の肌に目立つ深い群青色の瞳――あまりに深く冷たいその色に、あたしもマルコも言葉を失った。
その男性は眠そうに半分閉じた瞼で、でも口調だけははっきりとこう言った。
「久しぶり。やっと会えたね……レメゲトン」
レメゲトン――その名はよく知っていた。
今は亡きグリモワール王国に仕えたという天文学者の事だ。彼らは契約の証であるコインを使って魔界から悪魔を召喚し、その力を使役したという。
でもなぜこの銀髪の人はあたしたちをその名で呼ぶの?
「ああ、早く『音』にも知らせなくちゃ。今度は逃がさない」
銀髪の人はひどく興奮している様子だった。
その裏に隠された狂気を見とって、背筋に冷たいものがざっと流し込まれる感覚があたしを襲う。
「グリフィス、僕らを迫害したグリフィス。もう逃さない。今度こそ――殺してやる」
「?!」
殺す。
冷たいほどの殺気を浴びせられ、思わず小太刀を抜刀する。
隣でマルコも剣を構えていた。
しかし、その場に鋭い声が飛ぶ。
「もう、何してんだよ! 逃げるよ、二人とも!」
はっとして見ると、御者のお兄さんは既に馬車から馬を切り離していた。
あたしたちもすぐに目で合図して銀髪の人にくるりと背を向ける。
が、はじかれるように背を向けた瞬間地面がなくなった。
喉元に何かが押し付けられて息が止まった。
「逃がすか、小娘」
低い声がして目の前に太い腕が伸びた。しまった、最初にあたしが倒した男だ。鳩尾が浅かったのか、胸当てが思った以上に丈夫だったのか。
喉元をつかまれて高々と掲げられた。
必死でもがくが、首が絞まるばかりで抜け出せそうにない。
まさかこんな所で……!
「ミーナっ!」
いったん衝撃があって、急に喉元が楽になった。一気に入り込んできた空気にむせ返り、息を整えながら目の前の男を見上げると、細身のマルコが巨大な男に組みかかっていた。
「マルコ!」
「先に行って!」
「でもマルコが」
「早く、ミーナ!」
マルコが必死で男を抑えている間にあたしはよろよろと馬に向かった。
でも自分よりずっと大きな相手と組み合ってしまったマルコは、自分の力を発揮できないはずだ。マルコが得意とする戦法はそのすばやさと身軽さを生かしたヒット&アウェイなのだから。
それでも渾身の力を込めて大男を組み伏せると、あたしに向かって叫んだ。
「先に行ってて! すぐ追いつくから!」
「そんなことっ」
できない、と叫びかけた時だった。
突然ふわりと体が浮いた。
先ほど大男に釣りあげられた時とは違い、まるで何かの力で優しく空に押し上げられたようだった。
「さあ、行くよ。落ちないでね!」
高い嘶きの後、馬はすぐに走り出した。