R-6 急襲
さっきのマルコの台詞には驚いた。
双子の兄弟に愛の告白なんて、いまどき流行らないわよ!
でもあの端正な顔で真剣な目をして、ミーナさえいればそれだけでいいんだ、なんて言われたら心が揺れないはずはない。少しばかり街の女の子たちの気持ちがわかった気がした。
まあしかし頭のねじが足りないマルコのことだ、言葉以上の意味はないんだろう。
どおりできゃあきゃあ騒ぐ女の子に目もくれないはずだわ。16歳にもなって兄弟離れしてなかったなんて!
それでも、マルコは大切な大切な双子の片割れだ。あたしだってマルコが大好きだし、隣にマルコがいないことなんて考えられない。
だから嬉しい。マルコも同じようにあたしの隣を当たり前だと思ってくれていたことが。
その気持ちが力になって足を先に進めた。
「さっき飛び降りたときの馬との距離からして、たぶんそう遠くには行けなかった筈だよ。すぐ追いつかれそうな距離だった」
マルコが小さな声で囁いた。
こういう観察眼は信じられないくらい鋭いのに、どうして熱烈な女の子の視線には気づかないの?
ばれないように小さくため息をついた。
その時、先ほど宿の廊下で後ろから追いかけてきた抑揚のない声が草の向こうから聞こえてきた。
沼地を抜けて、足元は固い地盤に戻っている。
ブーツについた泥を軽く落としてから草陰に身を隠し、声の方向へ息を潜めて近づいていった。
馬車は横転していて、その周囲をぐるりと立派な体躯の馬が取り巻いている。その馬のどれもがセフィロトの紋章を背負っていて、暗い中見える人影もすべてセフィロト国の追手だという事はすぐに分かった。
横転した馬車の上には先ほどまで御者をしていた青年が立っていた。
腰に下げた剣にいつでも手を伸ばせるよう警戒しているのがこれほど遠くまでも伝わってきた――きっとあの人は、かなりの腕を持つ剣士だ。
周囲を取り巻く騎士たちが手にしているランプの明かりで、いくらか様子が観察できた。
馬車が横転した場所は少し小高くなっているため、ここからは全体が観察しやすい。
「どこで二人を降ろしたのかな」
最初に聞こえた抑揚のない声が響く。
少し顔を上げてみると、声の主の後姿が見えた。闇に浮かぶ純白の神官服には袖口に青いラインが2本入っている。服の上から白地に金の紋様が刻まれた篭手を装備していた。そして、髪は……まるで闇夜に燐光を放つ夜光蝶のようにはっきりと輝く銀色。ほんの少し青みがかっていることが、ますます澄んだ輝きを添えている。
顔は分からないが、どうやら御者の青年と同世代の男性らしいことは声で判別できた。
茶髪をした御者の青年は、警戒を解かずに静かに答えた。
「何のことか分からないな。オレは最初から一人だ」
「それはウソだよ。僕はちゃんと『見てた』から」
穏やかな口調とよく通る低い声に似合わず、きっぱりと言い切った銀髪の人は、右手を高く天に掲げた。
その篭手から、銀色に輝く刃が飛び出した。
「彼らはどこに行ったの? 僕らから逃げ回って、いつか諦めるとでも勘違いしてるわけ?」
「いないよ。彼らは二人ともここにはいない」
「ウソつくといい事ないよ?」
切れ味の鋭そうな刃がランプの明かりを反射して煌めいた。
隣のマルコは切れ長の眼を少し細めた。眼を凝らしているようだ。
「騎士っぽいヒトが4人。と、あの今喋ってるヒト。馬は全部で5頭いる」
ということは、今喋っている銀髪の男性を抜いて、残り騎士が4人。あたしとマルコの腕なら、奇襲で何とか全員倒せるかもしれない。
「マルコは2人お願い。倒したら、あたしが銀髪のあいつの注意をひくから、すぐに馬を適当に貰ってあのお兄さんと逃げるわよ」
「分かった」
「じゃあ、いちにのさんで行くわよ!」
マルコの金の瞳を見つめた。
いつものように笑い返してくれた。
子供の頃のように、まるでこれからいたずらでもしに行くみたいに屈託ない笑顔だった。
「いち」
「にの」
「「さん!」」
二人同時に草むらから飛び出した。