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天然?

土日はバイトに精を出し、次の週がやって来た。


気分が滅入る月曜日の授業がようやく終わり、SHRに入る。


「ではSHRはこれで終了です」


「きりーつ、礼」


6時限後のSHRが終わり、放課後がやって来る。


悠雲ゆうー。今日は料理部行くかー?」


鞄を持って帰り支度の千太郎が言う。


「ああ、行こうか」


俺も鞄を持って立ち上がる。


そして姫詩ひなたの席に向かう。


姫詩ひなた


「ん? どしたの? あ、料理部に顔出してくれるの?」


姫詩ひなたが目を輝かせながら言う。


「そう。行ってもいいかな?」


「いつでも歓迎よ。じゃあ、行きましょう」


姫詩ひなたが鞄を持って立ち上がる。


栗生くりゅうさんの料理、楽しみだな―」


千太郎はデレデレしながら言う。


「そう? ありがとう。ほら、2人共行くわよ」


「おう」


「へーい」


3人で教室を出て、家庭科室の方まで並んで歩く。


こうして並ぶと、千太郎の方が僅かに背が高いのが少し憎らしい。


「ん? どうした。俺の方見て」


千太郎が首を傾げる。


「いや、神様は残酷だなって」


「? どういう事だ?」


「気にするな。ほら、行くぞ」


「ああ、待てよ」


俺は少し早足になりながら家庭科室へと向かった。


家庭科室の前に着くと人の気配は感じなかった。戸も鍵がかかっていて開かない。


「あらら、誰も来てなかったか。あたし、鍵取って来るわね」


姫詩ひなたはそう言って職員室へと駆けて行った。


「ああ、姫詩ひなたちゃん、いいなあ」


千太郎は姫詩ひなたの後ろ姿を見ながら呟く。


「そう思うなら、行動に移せよ」


俺は意地悪な笑みを浮かべながら言う。


「これでも行動には移している。だが、いくら押しても引いても効果がない……」


「脈なしってことで諦めれば?」


「諦められるか! 大体、お前に言われるのが腹立たしい」


「ん? 何で?」


俺は首を傾げる。


姫詩ひなたちゃん、絶対お前に気がある」


姫詩ひなたが? まさかあ、俺達は只の幼馴染だよ」


俺は苦笑する。その様子が気に入らなかったのか、千太郎が胸ぐらを掴んでくる。


「幼馴染……。本当にそれだけなのか? それだけであそこまで仲良しなのか?」


「千太郎。痛いって、放せよ」


「……畜生」


「ん?」


「畜生、このラブルジョワめ! 可愛い幼馴染2人もはべらせやがって。この、俺にもおすそ分けしろ!」


千太郎はそう言って俺をガクガクと揺さぶる。


「千太郎。いい加減にしろって。おすそ分けって言ったってどうすればいいんだよ」


「む、そう言われれば確かにどうすればいいのだろう?」


千太郎は掴んでいた手を放して考えだす。


「まったく。考えもなしに暴れるなよ。そんなんだから姫詩ひなたに相手にされないんだよ」


「相手にされないのはお前にも原因がある」


「はいはい……」


そんなやり取りをしていると、こちらにゆづ姉と御影みかげ先輩が歩いてくる。


「あらゆう君に竜堂りんどう君。2人共今日は来てくれたのね~」


「お前たち、相変わらず暇なんだな」


「は、はい葉室はむろ先輩! 御影みかげ先輩! 不肖竜堂千太郎りんどうせんたろう。味見という大役を仰せつかいに参りました!」


「あらあら。じゃあ頑張らないといけないわね~」


ゆづ姉はそう言ってクスクスと笑う。


「それほどの大役でもあるまい。……まあ楽しみにしてくれるなら嬉しくないわけではないが」


「2人共頑張ってください! 俺も全力で味見します!」


「ふふ、ありがとう。 で、2人は何故廊下にいるの~? まだ誰も来ていなかった~?」


「うん。誰も来てなくて鍵も開いてないから、姫詩ひなたが鍵を取りに行っている」


「そうなの~」


「ところでゆづ姉。今日のメニューは?」


「今日はロールキャベツだ」


御影みかげ先輩がぶっきらぼうに答える。


「楽しみだなゆづ姉や御影みかげ先輩の作るロールキャベツ。なあ千太郎?」


「お、おう。葉室はむろ先輩! 御影みかげ先輩! 楽しみにしているっす!」


「ふふ、じゃあ腕によりをかけて作るわ」


「全力を持って挑むとしよう」


「あ、ゆづ姉。ごめんねー、待たせて。御影みかげ先輩も待たせてすみません」


ゆづ姉達と会話していると姫詩ひなたが鍵を持って立っていた。


「あらひなちゃん、ご苦労様。じゃあみんな、入りましょうか」


姫詩ひなたが鍵を開け、家庭科室へと4人で入る。


俺と千太郎は黒板前の調理台の脇にある椅子に座らされ、3人が準備にとりかかる所をぼうっと見ている。


3人は三角巾にエプロン姿になると食材は冷蔵庫から出して調理台に並べている。


「ああ、葉室はむろ先輩のエプロン姿。いいなあ」


千太郎はうっとりした目でゆづ姉を見ながら言う。


「お前、本当に節操ないな」


「う、うるさい。美しいものに弱いだけだ」


「そうかい」


「あ、先輩。こんにちは」


「こんにちは」


トレードマークのサイドポニーを揺らした千恵ちえちゃんと安藤さんが入って来て挨拶をする。


「こんにちは、千恵ちえちゃん、安藤さん」


「ちーっす。千恵ちえちゃん、安藤さん。期待しているよ」


「はい。楽しみにしていてください」


千恵ちえちゃんはそう言って姫詩ひなたの方に合流する。


安藤さんはゆづ姉の方に合流した。


千恵ちえちゃんも元気でいいなあ」


「お前……」


もう呆れてツッコむ気も無くなった。


それから5分程経って、2年生の部員3人も合流した。これで合計7名。料理部員が全員揃ったことになる。


「じゃあ、2班に別れてロールキャベツを作るわよ~。今日は味見役もいるから、いつも以上に気合をいれて作りましょうね~」


部長であるゆづ姉の号令が響き、各自が調理を開始する。


こうなると味見役は退屈である。


ただひたすら料理が出来るのを待つだけだからだ。


「ああ姫詩ひなたちゃん、葉室はむろ先輩、千恵ちえちゃんもいいなあ。意外に御影みかげ先輩も……」


千太郎は愛でるように言う。


「千太郎。気持ち悪いぞ」


「な、何を言う! 俺はあくまで純粋な気持ちで……」


「だったらせめて1人に絞れよ」


千太郎は俺の言葉に頭を抱えながら言う。


「……出来るわけがなかろう。あんな愛らしい4人のうち1人を選ぶなんて!」


「お前、そんなだから彼女も出来ないんだよ。そういえば、お前あの変な活動どうなっているの?」


「変な活動? 『リア充こそ至高委員会』のことか?」


「そうそう。お前が2年になって突然作り出した組織」


「変な活動とは失礼な。日夜リア充になるには真剣に議論し、検討している」


千太郎は胸を張って言う。


「で、結局何してるんだ」


「週一で空き教室に集まってリア充になるための議論をしている」


「何か、ロクな議論していないような気がする」


「うるさい。一応部活動の許可は取っているぞ」


「……よく取れたね」


「それはもう。ひたすら頭を垂れてお願いし続けたら認可された」


千太郎はその時の事を思い出したのだろうか、歯噛みする。


「しつこさに呆れたんじゃ」


「かもしれん。しかし出来てしまえばこっちのもの。で、悠雲ゆう


「何だよ?」


「お前も参加しないか?」


「は?」


俺は素っ頓狂な声を上げる。


「俺の見立てではお前はリア充に非常に近いところにいる。そんな奴の経験談は委員会としては非常に参考になる。一度講演してくれないか?」


「ヤダ」


「な、何故即答!」


千太郎は信じられないものを見るような目でこちらを見る。


「そんな面倒な事、誰がやるかよ。そもそも経験談なんて、語ること無いよ」


「お前があの2人の幼馴染と今までどうして過ごして来たか語るだけでいい。頼む」


「ヤダ」


「な、何故?」


「こちとら大切な思い出を安売りしたくない」


「む……。そう言わずに、なあ頼むよ。悠雲ゆう


「嫌だって言ってるだろ?」


「そこをなんとか」


千太郎が俺を拝み倒していると、ガシャンと何かの割れる音が響く。


俺と千太郎は音がした方を見ると、割れた皿と調理台の下に入って破片を集めるゆづ姉の姿があった。


「ゆづ姉。大丈夫?」


「ええ……皿落としただけだからだいじょう…」


ゆづ姉は顔を上げる。その時調理台の下に入っているのを忘れていたのだろう。調理台の天板の下に強かに頭をぶつける。


「痛ぁ」


ゆづ姉は右手で後頭部を押さえる。よく見ると、左手からは血が垂れている。拾っていた破片を頭をぶつけた拍子に握ってしまったのだろう。


珠季ゆづき!」


「ゆづ姉!」


俺と御影みかげ先輩はすぐにゆづ姉のもとに駆け寄る。


「ゆう君。心配しないで。大丈夫だから」


そう言ってゆづ姉は調理台の下から出て立ち上がる。


「でも、その左手」


「え?」


ゆづ姉は自分の左手を見る。そこにはゆづ姉の血がついた皿の破片があった。


「あ、あらあら~。私、ドジね~」


「ともかく、傷洗って、保健室へ行け」


御影みかげ先輩は残りの破片を拾いながら言う。


「え、ええ」


ゆづ姉は破片を置くと手を洗って血を洗い流す。


秋野あきの珠季ゆづきを保健室に連れて行ってくれ


「わかりました。ゆづ姉、さ、行こう」


「別に1人で行けるわよ~。……と」


一歩踏み出したゆづ姉がふらつく。どうやら脳震盪も起こしているらしい。


「ゆづ姉。失礼」


俺はゆづ姉を素早く横抱えにする。所謂お姫様抱っこだ。


「ゆ、ゆう君。歩けるわよ~」


「いいから」


ゆづ姉は俺の言葉に押されて、俺の腕の中で小さくなる。


「じゃ、保健室行ってくるから」


「ええ。お願いね」


「頼むぞ」


姫詩ひなた御影みかげ先輩に見送られ、俺はゆづ姉をお姫様抱っこして保健室へと向かった。


保健室の戸を開けると、野々山先生が気だるそうに机に突っ伏していた。


「野々山先生」


俺の声に野々山先生は面倒くさそうに顔をこちらに向ける。


「んー? おお秋野あきの、どうした?」


「左手に皿の破片で切った切り傷と、後頭部を打って脳震盪を起こしている人を連れて来ました」


ゆづ姉を下ろし、先生の前の椅子に座らせる。


「どれ、見せてみろ」


野々山先生が先ほどまでの気だるさがウソのようにシャキッとして、ゆづ姉を見る。


「左手を見せてみろ」


「はい」


ゆづ姉左手を差し出す。


「どれも浅い切り傷だな、破片が残っている様子もない。絆創膏でも貼っておけば大丈夫だろう」


そう言って先生は絆創膏を2、3枚取り出し、傷口に貼っていく。


「ありがとうございます~」


ゆづ姉はペコリと頭を下げる。その頭を野々山先生が触る。


「頭は、後頭部を打ったのか?」


「はい」


「この辺か?」


「痛っ!」


「おお、すまんな。大きなたんこぶになっているな。どうだ、まだふらつくか?」


「は、はい。ちょっと、気分が良くないです」


「わかった。ベッドで少し休んで行け、秋野あきの


「はい」


「手前のベッドに彼女を運んでやれ」


野々山先生がベッドを指差す。


「はい。じゃあゆづ姉、失礼して」


「え?」


俺は座っていたゆづ姉を横抱えにしてベッドまで連れて行く。


「ゆ、ゆう君」


ゆづ姉は恥ずかしそうに小さくなっている。


「下ろすよ」


俺はゆづ姉をそっとベッドの上に下ろして、靴を脱がせる。


「料理部の方は姫詩ひなた御影みかげ先輩が上手くやってくれるだろうから、ゆっくり休んで」


「う、うん。……ねえ、ゆう君」


「ん?」


「ごめんなさいね~。私のドジで……」


ゆづ姉の言葉に俺は苦笑する。


「ゆづ姉が天然さんなのはよく知ってるよ」


「わ、私天然なんかじゃないわよ~」


ゆづ姉は真っ赤になりながら反論する。


「天然だよ。子供の頃、同じような事があったろう?」


「え? そう?」


「ほら、子供の頃、公園でジャングルジム登ってて、下から声かけたら登っている途中なのに手を放して俺に手を振ってそのまま落下したじゃないか」


「あ、あー……それね」


「あの時は頭打って、大泣きしたっけ」


「そうね。あの時はゆう君が私をおんぶして家まで連れて行ってくれたんだっけ」


「そうそう。他にも小学生の時に……」


「ゆ、ゆう君。その話はもういいわ~。……ありがとう」


ゆづ姉はそう言ってニコリと笑う。


「どういたしまして。まあゆづ姉のピンチには必ず駆けつけますから」


「ふふ……頼もしい弟を持ってお姉ちゃん嬉しいわ~」


「……やっぱり弟か」


俺は呟く。


「え? なにか言った~?」


「何でもないよ。じゃあゆづ姉、部活が終わったら迎えに来るから休んでいて」


「ええ、みんなにごめんねって言っておいて~」


「わかった」


俺はベッドを離れ、保健室を出た。


家庭科室へ戻ると、部員達が一斉に集まってきた。


「ゆづ姉の様子は?」


珠季ゆづきは大丈夫なのか?」


姫詩ひなた御影みかげ先輩がずいと迫る。


「ああ、大丈夫です。今保健室のベッドで休んでいます。部活、終わったら迎えに行きましょう」


「良かったー。何かあったら大変だったわ」


姫詩ひなたはホッと胸を撫で下ろす。


「うむ。大事なくて何よりだ」


「あ、あとみんなに迷惑かけてごめんなさい、だって」


「迷惑だなんて……。こんなこともあるわよ」


珠季ゆづきとの付き合いは長いからな。こんな事も何度もあった。だから気にしていない」


「困ったときはお互い様です」


「部長がいなくても、自分たちのすることは変わりませんから」


口々に言う料理部員達。ゆづ姉は良い部員達に恵まれたようだ。


姫詩ひなた、料理の方は?」


「もう煮込めば完成よ。ちょっと待っててね」


「ああ」


俺は再び黒板前の調理台の椅子に座る。


すると千太郎が話しかけてくる。


「おいラブルジョワ。葉室はむろ先輩の感触はどうだった?」


「感触なんて……。味わってる余裕も無かったよ」


「む……まあ、そうか。一大事だったかもしれないからな。すまん、悠雲ゆう、思慮を欠いていた」


千太郎はそう言って頭を下げる。


「いいよ。とにかく、料理の出来上がりを待とうぜ」


「おう。どちらの班も煮込めば完成のようだからな」


教室後ろの調理台では、真剣な顔で火加減を調整する姫詩ひなた達料理部員がいた。


そして15分後、


「できたー」


「できたぞ」


互いの班は出来上がったロールキャベツを皿に移し、教室真ん中の調理台に並べていく。俺と千太郎が座る席には両方の班の皿が並べられる。


俺と千太郎は席に移動する。


綺麗な形に整えられたものと、少し歪な形のロールキャベツとが皿に乗っている。


姫詩ひなた、丁寧に作れよ」


「むー、うるさいわね。味の方は最高よ。じゃあ、いただきます!」


姫詩ひなたの号令に皆がいただきますといい、ロールキャベツを食べ始める。


俺は早速ゆづ姉の班のロールキャベツを口に運ぶ。噛むと煮汁が溢れだし、肉とキャベツの出汁の効いたコンソメスープの味がする。「ゆづ姉の班のロールキャベツ。とってもジューシーで美味しい」


「なんの。栗生くりゅうさんの班のロールキャベツも美味いぞ」


「へえ、どれどれ……」


俺は姫詩ひなたの班のロールキャベツを口に運ぶ。トロトロに煮込まれたキャベツが一気に溶け、その後に肉とコンソメスープの味わいが広がる。


姫詩ひなたの班のはキャベツのとろけ具合が最高だな」


「そうでしょ? 自分でも上手く出来たなーと思ってたのよ」


そう言って姫詩ひなたは平たい胸を張る。


「おう、葉室はむろ先輩の班のやつ本当にジューシーだな」


千太郎が驚いたように言う。


「そうだろ? よく出来てるよな」


「ふふん、私達も中々やるものだろう?」


御影みかげ先輩がそう言って胸を張る。


姫詩ひなたの班のロールキャベツとろとろ~。どうやって作ったの?」


「それはね……」


「部長の班のロールキャベツ流石ですね。旨味が凝縮されてます」


「ふふ、部長の一工夫が入っているのよ」


互いに作ったロールキャベツを食べ合いながら、食事会は和気藹々と進んでいった。


食べ終わると、部員達は一斉に片付けに入る。


「さあ、悠雲ゆう。俺達は御暇するか」


「いや、俺はゆづ姉迎えに行くから、姫詩ひなたー」


「ん? なーに? 悠雲ゆう


皿を洗っている姫詩ひなたがこちらを向く。


「帰り、ゆづ姉迎えに行ってから帰るだろ?」


「うん。すぐ片付くからちょっと待っててね」


栗生くりゅう秋野あきの。私も行くぞ」


「じゃあ3人で行きましょう」


悠雲ゆう。俺も一緒にいいか?」


「ん? ああ、いいけど」


俺の言葉に千太郎は破顔する。


姫詩ひなたちゃんと葉室はむろ先輩、それに御影みかげ先輩と一緒に帰れる。く……至高の時だ」


悠雲ゆう。終わったわよ。行きましょ」


「ああ。千太郎も一緒でいいか?」


竜堂りんどうも? ええ、いいわよ」


「まあいいだろう。くれぐれも変なことをするなよ」


栗生くりゅうさん。ありがとう。先輩、俺を何だと思っているんですか?」


「変態」


「はぅん」


千太郎は崩れ落ちる。


「ほら、千太郎行くぞ。じゃあ、行こうか」


俺達4人は保健室へ向かった。


俺は3人を従えて保健室へ入る。


「ゆづ姉。大丈夫」


俺は手前のベッドに寝ているゆづ姉に声をかける。


「すー、すー……」


ベッドのゆづ姉は、熟睡していた。


「ゆづ姉。起きて」


姫詩ひなたがゆづ姉を揺さぶる。


「すー……、う、うーん。あら、ゆう君にひなちゃん、それに恭子きょうこ竜堂りんどう君」


「ゆづ姉。もう帰るわよ。はい、鞄」


姫詩ひなたがゆづ姉の鞄を差し出す。


「ありがとう。ひなちゃん。じゃあ行きましょうか~」


ゆづ姉はベッドから起き上がって鞄を受け取ると、上履きを履いて立ち上がる。


「大丈夫?」


俺はゆづ姉に一声かける。


「もう大丈夫よ~。じゃあ、みんな行きましょう~」


俺達5人は保健室を出て玄関へと向かった。


外は既に夕焼け時だった。


西日に照らされながら、丘の下へと続く坂道を歩く。


「それにしてもゆづ姉。ドジねー」


姫詩ひなたは笑いながらゆづ姉の肩を叩く。


「ふふ、本当そうよね~。どうにかならないものかしら」


「うーん、子供の頃からそうだし、もう直らないんじゃない?」


「やっぱりそうよね……。あーあ、私、ひなちゃんみたいな人に生まれたかったわ~」


ゆづ姉の言葉に御影みかげ先輩が反論する。


「(ゆづき)。そのちょっと抜けた所がある珠季ゆづきが可愛らしくてしょうがないのではないか」


「そ、そうかしら~」


「そうだよ。ちょっと天然気味な所がゆづ姉らしいんだよ」


「あらあら~。喜んで良いのかしら」


珠季ゆづき秋野あきのがそう言うんだ。目一杯喜んでおけ」


「もう、恭子きょうこ~」


ゆづ姉は困ったように笑う。


「大体ゆづ姉、あたしになりたいなんて思わない方がいいわよ。 あたしはダメダメ。がさつで結構適当だし」


姫詩ひなたはそう言って小さくため息をつく。


「そんな事はないよ栗生くりゅうさん! 栗生くりゅうさんの快活な性格は皆に元気を与えるよ!」


千太郎が声を上げる。


「え? そう? ありがとう、竜堂りんどう


葉室はむろ先輩も。先輩の包み込むような優しさを感じさせる所は素敵です!」


「素敵だなんて……ありがとう竜堂りんどう君」


「ま、結局2人は2人のままで良いってことで」


5人で笑い合う。


そんなやり取りをしながら丘の下にたどり着くと千太郎と御影みかげ先輩が俺達3人から離れていく。


「私はこっちだ。じゃあな栗生くりゅう秋野あきの珠季ゆづき


「俺、こっちだから。じゃあ栗生くりゅうさんに葉室はむろ先輩。お気をつけて」


「俺は?」


「野郎の心配なんかするか。じゃあな」


千太郎はそう言って踵を返して行った。


悠雲ゆう、あたし達も行きましょ」


「ん? ああ、行こうか」


俺達3人は丘の南へと向かう道を歩いて行った。


「それにしても、ゆづ姉、何とも無くてよかったわー」


「ふふ、心配かけてごめんね~。ひなちゃん」


「まあそれもこれも悠雲ゆうがゆづ姉に声かけるからよね?」


姫詩ひなたはそう言って俺を見る。


「へ?」


「うーん……。そうね~。ゆう君が声をかけなかったら何も無かったかも」


ゆづ姉も同調する。


「いや、だって……あの状況なら心配で声かけるだろ?」


「それでもよ。悠雲ゆう、あんたはゆづ姉に声かけるのしばらく禁止!」


そう言って姫詩ひなたはイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「おいおい、勘弁してくれよ」


「ひなちゃん。やりすぎよ」


「あ、やっぱり? 悠雲ゆう、今のは冗談だから」


姫詩ひなたはペロリと舌を出す。


その様子に俺とゆづ姉は笑う。姫詩ひなたも笑い出す。


3人で笑い合っているとゆづ姉の家の前まで来ていた。


「じゃあゆう君、ひなちゃん。また明日ね」


「ゆづ姉、また明日」


「また明日ね」


ゆづ姉と別れ、姫詩ひなたと2人で帰り道を行く。


「ねえ悠雲ゆう


「何?」


悠雲ゆうはさ、あたしがゆづ姉みたいに怪我したりしたら助けてくれる?」


「そりゃ助けるさ。大切な幼馴染なんだし」


俺の言葉に姫詩ひなたの表情が一瞬曇る。


「そっか……幼馴染か」


「幼馴染だろ? 俺と姫詩ひなたとゆづ姉。これからもずっと仲良くしていこうぜ」


「……うん、そうね。でも、あたしは……」


「ん?」


「あたしは……」


「どうした? 姫詩ひなた


「……ううん、何でもない。忘れて」


「? ああ」


「そういえば悠雲ゆう。今日のロールキャベツどっちが美味しかった?」


「そうだなー。今日のは甲乙付け難い出来だったからな―」


それからは今日の料理の話をしながら2人で帰った。




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