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犬も食わない

ゆづ姉をお姫様抱っこして保健室へ運んだ次の日。


放課後になると千太郎が俺の方にやって来る


悠雲ゆう。今日はどうする?」


「料理部に顔出して行こうかと思っているけど、お前はどうする?」


「お、そうか。じゃあ俺も行く」


千太郎とともに教室を出て、家庭科室へと向かう。


「ちーっす」


「こんにちはー」


家庭科室の戸を開けて中に入る。


「あら悠雲ゆう竜堂りんどう。いらっしゃい」


姫詩ひなたが笑顔で迎えてくれた。


「今日はゆづ姉、お休み?」


「ええ、今日は病院に行くってよ」


「そっか……」


「何よその落ち込み様は?」


姫詩ひなたは不機嫌そうに眉をつり上げる。


「いや、別に。そんな落ち込んでるわけじゃ……」


「十分落ち込んでるじゃない。ゆづ姉に可愛がってもらいたかったんでしょ?」


「そんな事無いよ」


「あるわよ」


姫詩ひなたと言い争っていると千太郎が間に入る。


栗生くりゅうさん、今日は何を作ってるの?」


「今日は焼き餃子よ」


「おお。俺好物なんだ」


千太郎はそう言って微笑む。


「そうなの? 良かったわ。すぐ作るから待っててね」


「はーい」


姫詩ひなたは調理に戻る。


「千太郎。サンキュな」


「なに、気にするな同士よ」


千太郎はそう言ってサムズアップする。


調理台では、姫詩ひなた御影みかげ先輩が材料の下拵えをしていた。


互いに野菜を刻んでいるのだが、その刻み方は対照的だ。


御影みかげ先輩は細かく綺麗に刻んでいるのに対し、姫詩ひなたはどこか大雑把だ。


姫詩ひなた。そんな刻み方じゃダメだよ」


「何よ悠雲ゆう。焼けば同じじゃない」


御影みかげ先輩を見てみなよ。丁寧に細かく刻んでいるだろう? 野菜の切り方で味に変化があるんだから、雑に切ったらダメだよ」


「あたしだって細かく刻んでるわよ」


姫詩ひなたは苛立つように答える。


「どこがだよ。雑に刻んでいるようにしか見えないよ」


「何ですってぇ」


俺と姫詩ひなたは睨み合う。


「まあまあお二人さん。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うぜ」


千太郎が割って入る。


「ふ、夫婦!」


姫詩ひなたは千太郎の言葉に過剰に反応し、顔を真っ赤にする。


姫詩ひなた?」


『ただいま』


『おかえりなさい。あなた?』


『今日も疲れたよ』


『ご飯にする? お風呂にする? それとあ・た・し?』


「おーい、姫詩ひなた。帰ってこーい」


「……はっ。ゆ、悠雲ゆう。あたし、何か言ってた?」


「『おかえりなさい。あなた?』」


「忘れて! 今すぐに!」」


姫詩は耳まで真っ赤にしながら喚く。


「わかったわかった。それにしても、相変わらず妄想逞しいな」


「う、うるさいうるさい!」


姫詩ひなたは手にした包丁をブンブン振り回す。


「あ、危ないって」


姫詩ひなた先輩。落ち着いてください」


「はーっはーっ……」


姫詩ひなた千恵ちえちゃんの言葉に反応し、包丁を振り回すのをやめて、荒くなった息を整える。


「まったく、姫詩ひなた、怪我人が出たらどうするんだ?」


「はーっ……うるさいわね。元をただせばあんたのせいでしょうが!」


「俺のせいって……」


「あんたがあたしの野菜の切り方にケチをつけたのが発端でしょう」


姫詩ひなたはそう言って睨んでくる。


「ケチって……。正当な抗議だよ」


「何が正当よ。あたしはあたしのやり方でやってるの」


「そのやり方がなってないから言ったんだろ」


「何よ」


「やるか」


俺と姫詩ひなたは再び睨み合う。


「やれやれ。もう好きにしてくれ」


姫詩ひなた先輩は置いておいて、私達で調理を進めましょう」


周囲は俺たちに呆れて放置する道を選んだ。


「大体お前は普段から何でも雑なんだよ」


「何でもって何よ」


「この前、寝癖直しきらないで適当に整えて登校してたろ?」


「う……」


「美術の時間には彫刻の指折ってたよな」


「うう……」


「挙句の果てに鞄の中身が昨日のまま、なんて事もあったよな?」


「ううう……うるさーい!」


姫詩ひなたは耐え切れずに爆発した。


「何よ! あたしのやることなすことにケチつけて! 悠雲ゆうだって適当じゃない」


「俺のどこが適当なんだ?」


「ネクタイいつも曲がってる」


「う……」


「たまに髭の剃り残しがある」


「うう……」


「挙句、寝坊しても大して慌てずにこっちを慌てさせる」


「ううう……うるさいなあ! どれも些末な事じゃないか」


俺は耐え切れずに爆発する。


「二人とも凄いですね!」


そこに千恵ちえちゃんの声が響く。


千恵ちえ、何がすごいのよ」


「どこがすごいんだ?」


「だって、2人共互いのことをよく見てるなあって思いません?」


「え?」


「え?」


俺と姫詩ひなたは首を傾げる。


「お互いによく見てないと気付かないことばかりですよ」


「それは……いつも一緒だし」


「同じく」


「2人はきっと通じ合っているんですよ。だから、喧嘩する事なんてないんですよ」


千恵ちえちゃんの言葉に2人で唸る。


「うーん……そう言われればそうなのかな。悠雲ゆう、ごめん、言い過ぎた」


姫詩ひなた、俺もちょっとカッカしてた。すまない」


俺たちは互いに非を詫びる。


「はい、2人共仲直りしたところで、焼き餃子の完成でーす」


「え? 千恵ちえ、作ってたの?」


「はい。秋野あきの先輩、竜堂りんどう先輩、どうぞ」


皿に2種類の餃子が並べられている。


片方にはひだがあり、もう片方にはひだがない。


「どっちが姫詩ひなた達の?」


「ひだがあるほうです」


「じゃあまずはひだのある方から」


俺は餃子を口に運ぶ。かんだ瞬間に肉汁が溢れ出し、荒く刻んだ野菜の食感がたまらない。


「お、美味い」


「美味いな、これ」


俺と千太郎は顔を見合わせる。


「ふふーん、何が『雑な切り方はダメ』よ」


姫詩ひなたが胸を張る。


「これは参った。すまない、姫詩ひなた


「べ、別にもういいわよ。わかってくれれば」


「じゃあ次は御影みかげ先輩達の餃子をいただこう」


千太郎はそう言って箸を伸ばす。


俺も箸を伸ばし、餃子を口に運ぶ。


ひだのない餃子は口の中で肉汁を溢れ出し、ひだがないことによる均一な食感が癖になりそうな逸品だった。


御影みかげ先輩、これすごくおいしいです」


「美味い、美味いよ!」


「ふふ……喜んでもらえてなによりだ。この前TVでひだのない餃子の方が美味しいと感じる人が多いと聞いてな、早速試してみたまでだ」


姫詩ひなたには悪いけど、この餃子美味すぎ」


「確かに。今回は御影みかげ先輩の勝ちだな」


「へえ、どれどれ……」


姫詩ひなた御影みかげ先輩達の作った餃子に箸を伸ばす。


咀嚼し、姫詩ひなたは感嘆の声をあげる。


「なにこれ? とっても美味しい!」


姫詩ひなたは自分の餃子を口に運ぶ。


「……参ったわ。ひだのあるなしでこんなに違うなんて。やりますね、先輩」


「ふふん、やるものだろう? 私も」


御影みかげ先輩はこれ以上ないドヤ顔をする。。


他の部員達も互いの作った餃子を食べ始める。


「これ、食感がいいわね」


「うわ、本当だ。ひだがないだけでこんなに違うなんて……」


互いの餃子はあっという間に無くなり、部員たちは後片付けに入る。


「さて、じゃあ俺は行くわ」


千太郎が立ち上がる。


「俺も行くよ」


「お前は残れ」


「何でだよ?」


「お前は姫詩ひなたちゃんと帰るんだろ?」


「いや、そんな約束は……」


悠雲ゆう。すぐ片づけるから、一緒に帰ろ」


姫詩ひなたはそう言って物凄い勢いで皿を洗っている。


秋野あきの栗生くりゅう、私も一緒にいいか?」


「ええ、いいですよ。じゃあ悠雲ゆう、もう少し待ってね」


姫詩ひなたちゃんだけじゃなく御影みかげ先輩まで……お前なんて爆発しちまえー!」


妙な捨て台詞を吐いて千太郎は家庭科室を出て行ってしまった。


悠雲ゆう御影みかげ先輩。片づけ終わったし、帰りましょう」


「ああ」


「うむ」


俺は姫詩ひなた御影みかげ先輩と家庭科室を出た。


丘を下る坂道を3人で歩く。


「それにしても栗生くりゅう秋野あきのの痴話喧嘩は見ものだったな」


「もう先輩。忘れたいんですから蒸し返さないでください」


「同じく」


俺達の抗議に御影みかげ先輩はクククと笑う。


「まあ仲が良いのは何よりだ。ところで秋野あきの


「はい」


「お前、珠季ゆづきの容態は気にならないのか?」


「あ、そうですね。聞いてみます」


俺は携帯を取り出し、ゆづ姉に電話をかける。


『もしもし、ゆう君?』


「うん。ゆづ姉、足首どうだった?」


『ただ挫いただけだから、2、3日でよくなるって』


「そっか。大事なくてよかったね」


『そうね~。料理部の方は大丈夫だった?』


「大丈夫だったよ。ちょっと姫詩ひなたと喧嘩したけど」


『え? 何で喧嘩したの?』


「まあちょっとした事で」


ゆづ姉のため息が受話器越しに聞こえてくる。


『ゆう君。ちゃんと仲直りしてね』


「うん。わかった。じゃあ、また明日」


『ええ。明日ね~』


俺は通話を切る。


「どうだった?」


「どうだったの?」


2人が俺に詰め寄る。


「足は挫いただけだから2、3日で治るって」


俺の言葉に2人はホッと胸を撫で下ろす。


「良かったー。大事なくて」


「うむ。日頃の行いが良かったのだろう」


それから、ゆづ姉のドジっぷりについて3人で話していると丘の下に来ていた。


「それでは栗生くりゅう秋野あきの、またな」


「はい、お疲れ様でした」


「お疲れっす」


御影みかげ先輩と別れ、2人で帰り道を歩く。


悠雲ゆう


「ん?」


「その……今日はごめんね。くだらない事で喧嘩して」


姫詩ひなたは申し訳なさそうに頭を下げる。


「俺の方こそ……。余計な事言ってすまん」


俺も頭を下げる。


互いに頭を上げると視線が合う。


「ふふふ……」


「ははは……」


互いに笑いあう。


「それにしても、悠雲ゆう。あたしの事よく見てくれてるんだね」


「ん? あ、ああ……そうだな」


「何よ? その反応」


姫詩ひなたが頬を膨らます。


「いや、ちょっと恥ずかしいなと思って」


「恥ずかしい?」


姫詩ひなたは首を傾げる。


「その……、お前の事よく見つめているって、それって恋人同士みたいじゃないか」


「恋人!」


姫詩ひなたが大声をあげる。


姫詩ひなた、落ち着けよ」


悠雲ゆう、今日は美味しかった?』


『ああ。姫詩ひなた、いつも通り最高だったよ』


『ありがとう。悠雲ゆうが食べてくれると思うと、最高の味が出せるんだよ』


『ふふ、料理は愛情、ということかな?』


『そうよ。愛情は最高の調味料よ?』


姫詩ひなた-。はい、妄想タイムは終了」


「……はっ。あ、あたしまた変な事言ってなかった?」


「『愛情は最高の調味料よ?』」


「……」


姫詩ひなたはボンっと赤くなる。


「お前、本当に妄想逞しいな」


「う、うるさい! 悠雲ゆう、さっさと帰るわよ」


「はーい」


俺たちは家路を急いだ。

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