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私の本気

週明けの月曜日。


今日も待ちに待った放課後がやって来た。


帰ろうとすると、姫詩ひなたがこちらにやってくる。


悠雲ゆう、日曜日に言ったこと覚えてるわよね? 行くわよ」


「ああ、自信作。食べさせてくれるんだろ?」


俺は頷く。


「千太郎も誘っていいか?」


「いいわよ」


俺は帰りがけの千太郎の背中に声をかける。


「千太郎ー。料理部行かね?」


千太郎がピクリと止まって、こちらを振り返る。


「もちろん行くとも。今日は何を頂けるんだ?」


「肉じゃがだってさ」


「それは楽しみだ。じゃあ行こうか。友よ」


千太郎と姫詩ひなた、2人と家庭科室に向かった。


家庭科室に入ると姫詩ひなたとゆづ姉を除く部員がそろっていた。


そんな中、こちらに気が付いた千恵ちえちゃんがサイドポニーをピョコピョコさせながら出迎えてくれた。


「あ、秋野あきの先輩に竜堂りんどう先輩。いらっしゃい」


千恵ちえちゃん。今日も可愛いね」


千太郎の言葉に千恵ちえは動じることもなく答える。


「相変わらずですね、先輩。その手には乗りませんよ」


「うわーん、悠雲ゆう。何で俺だとダメなんだ―!」


千太郎が胸に抱きついてくる。


「暑苦しい。離れろ」


千太郎を無理やり引き離す。


悠雲ゆうまで! ひどい、ひどいわ! 私を捨てるのね」


「拾った覚えはない」


「ま、確かにそうだな。ところで千恵ちえちゃん。今日は肉じゃがだってね」


急に千太郎が真面目になる。


「はい。先輩方の口に合うかわかりませんが、一生懸命作ります!」


「楽しみにしているよ。なあ悠雲ゆう


「ああ、千恵ちえちゃん。期待しているよ」


秋野あきの上手く行ったら珠季ゆづきを思い切り褒めてやってくれ」


御影みかげ先輩は有無を言わせない迫力で言う。


「は、はい」


「期待して欲しいのはあたしなんですけどー」


隣に居た姫詩ひなたが不満そうに声をあげる。


「お前のも期待してるよ、姫詩ひなた


俺の言葉に姫詩ひなたの表情が一気に明るくなる。


「まかせなさーい!」


「あらあら、みんな元気ね~」


そこにゆづ姉が入って来た。


珠季ゆづき先輩。こんにちは」


千恵ちえちゃんの元気な声が響く。


「ゆづ姉。今日は負けないわよ―」


姫詩ひなたは挑戦的に言う。


「負けるも勝つもないでしょう? 楽しく作りましょう」


「う……ぐ、とにかく、今日は悠雲ゆうに美味しいって言ってもらうんだから!」


「あらあら、頑張ってね。ひなちゃん」


「……暖簾に腕押しね。まあいいわ。さあ作るぞ―」


姫詩ひなた達2年生組とゆづ姉と御影みかげ先輩、千恵ちえちゃん、安藤さんは互いに調理の準備に入る。


「ところで悠雲ゆうよ」


千太郎が小声で話しかけてくる。


「何?」


「おまえ、姫詩ひなたちゃんとキスしたって本当か?」


千太郎の言葉に心臓がドキリと動く。


「何故その事を知っている?」


「いやあ、たまたま見た奴がいてな。そいつに聞いたんだ」


「あまり言いふらさないでくれよ」


「何でだ? 別に隠れて付き合うわけじゃないだろう?」


千太郎は首を傾げる。


「付き合うも何も、姫詩ひなたとはそういう関係じゃないよ」


「何? じゃあお前は付き合う気もない相手とキスしたとでも言うのか?」


千太郎の声に怒気が混じる。


「キスしたというより、されたんだよ」


「な、何ぃ。き、貴様ぁ。リア充道を驀進しやがってえ!」


千太郎の声が大きくなる。


「千太郎。声が大きいって」


「うるさい! 貴様女子にキスされる、しかも姫詩ひなたちゃんのような可愛い子ちゃんに。どれだけ羨ましい状況か理解しているのか?」


「千太郎!」


俺は千太郎の言葉を遮るようにしたが、もう遅かった。


姫詩ひなたー。秋野あきのくんとキスしたって本当―?」


「やるわねー」


「な、何! 栗生くりゅう、それは本当か?」


俺と千太郎の話を聞きつけた料理部員たちが囃し立てる。


「ええ。キスしたわよ。それが何?」


姫詩ひなたは堂々としている。


「おおー。余裕の発言」


「二人は付き合ってるの?」


姫詩ひなたは首を横にふる。


「いーえ、フラれちゃったわ」


「ええー? キスまでいって?秋野あきの君、責任取りなさいよ」


「そーよそーよ」


まずい。立場が危うくなってきた。


「千太郎。お前のおかげで俺は非常に危うい位置にいる事になったんだが」


「うるさいうるさい! お前がいけないんだ。爆発しろ」


千太郎は聞く耳を持たない。


仕方ない。一つ深呼吸をして料理部員たちの方に向き直る。


「皆、責任も何も俺は不意打ちでキスされただけで……」


「またまたぁ。どうせキスしようと迫ったんでしょ?」


「えーっ? そうなの? 秋野あきの君って肉食系だったんだー」


秋野あきの。お前には珠季ゆづきというものがありながら……」


料理部員たちはやいのやいのと騒ぐ。


そこに姫詩ひなたの声が響く。


「はーい。みんな、くだらないこと言わない。悠雲ゆうの言う通り、私達はまだ恋人じゃなくて幼馴染のままです」


「まだって事はこれからってこと?」


部員の1人が姫詩ひなたに尋ねる。


「そーね。いつか絶対に恋人になってみせるわ」


姫詩ひなたの力強い宣言に料理部員たちがまた騒がしく囃し立てる。


「素敵ー」


姫詩ひなたー。応援するよー」


「ありがと。あ、砂糖取って」


「あ、ごめん。はい」


姫詩は砂糖を受け取るとひとつまみだけ入れる。


そこにボウルが床に落ちる音が響く。


全員の視線が集まる。ゆづ姉が刻んだ野菜の入ったボウルを落としてしまったらしい。


それを千恵ちえちゃんが拾っている。


「ごめんねー。千恵ちえちゃん」


「洗えば大丈夫ですよね?」


「ええ。頼めるかしら~」


「はーい」


千恵ちえちゃんはボールからこぼれ落ちた野菜を水で洗い始める。


その様子を見ながら千太郎は不思議そうな顔をして言う。


葉室はむろ先輩。どうしたんだろう? お前の話が始まってからぼうっとしてたけど」


「ゆづ姉のドジなんて日常茶飯事だろ」


「まあ、そうか。それにしても悠雲ゆう。お前、本当に姫詩ひなたちゃんと何でもないのか?」


「何でもない」


千太郎は理解が出来ないといった感じで首を振る。


「お前、ある意味凄いな。フラグ折りまくりか」


「ほっとけ」


そんなやりとりをしながら、料理が出来るのを待っていると、良い匂いが漂ってきた。


「お、いい匂い。期待できるな」


「何よ。失敗すると思ってたの?」


「そんなこと言っていると、食べさせないわよ」


「馬鹿にして。あんたの分はなし!」


竜堂りんどう。食べたくなければさっさと帰れ」


千太郎の言葉に料理部員たちが口々に文句を言う。


「ああ、ごめんよ~。俺が悪かったから、食べさせてください」


千太郎はそう言って机に頭をこすりつけるようにする。


「ふむ。よろしい」


「まあいいでしょう」


料理部員たちの怒りは静まったようだ。


「出来たわ! さ、悠雲ゆう竜堂りんどう、食べてみて」


「出来たわ~」


双方の班から完成宣言が飛び出す。


姫詩ひなたは皿に出来上がった肉じゃがを盛りつけて、俺と千太郎の目の前に差し出す。


所々に歪な形の人参とじゃがいもが目に入る。姫詩が切ったものだろう。それに対し、ゆづ姉の作った肉じゃがは綺麗な野菜の切り口をしている。


「相変わらずな見た目だな」


「うるさい。とにかく食べてみなさいよ。びっくりするわよ」


姫詩ひなたは胸を張る。


――妙に自信ありげだな。


姫詩ひなたの作った肉じゃがを口に運ぶ。


じゃがいもを噛むと、煮汁の旨味が染み出て来る。


「あれ? この味……」


どこかで食べたことがある。


「どう? 驚いた?」


姫詩ひなたがフフンと鼻を鳴らす。


「これ、ウチの肉じゃがの味付けじゃないか。何で姫詩ひなたが?」


「ふふふ、こんな事もあろうかと、おばさんに教わったのよ」


「いつの間に。しかしよく出来てるな。母さんと遜色ない出来だよ」


「そう言ってもらえると作った甲斐があったわ」


「……」


姫詩ひなたと盛り上がっている脇で千太郎は無言で肉じゃがを頬張っている。


「千太郎? どうかしたの?」


「……ましい」


「は?」


「うーらーやーまーしーい! キスだけでなく家の味まで継承してくれる女子がいるなんて。どこまで俺を突き放せば気が済むんだお前はー」


千太郎はそう言って俺の襟元を掴んで締め上げる。


「せ、千太郎。苦しい」


「俺にもそのリア充成分をわけてくれ! いや、わけてもらう!」


「そんなのどうやって分けるんだよ? そもそもリア充成分って何だ?」


「うるさい! こうなったら口づけでもすれば吸収できるだろう」


そう言って千太郎が顔を近づけてくる。


「うわあ。もしかして秋野あきの君と竜堂りんどう君ってそういう関係?」


「男子同士のキスなんてレアね―」


「見ちゃいけないような、見たいような」


秋野あきの栗生くりゅうだけじゃ飽きたらず、竜堂りんどうまで……」


その様子を料理部員たちは賑やかに見ている。


――まずい。このままでは男とキスする事になる。それだけは嫌だ。


「いいかげんにしろ」


千太郎の手を掴み、引き離す。


悠雲ゆう。貴様、リア充成分を渡さない気だな。そうはさせんぞ」


再び千太郎が俺の方に迫ってくる。


「うるさい。もう落ち着け」


千太郎の頭にげんこつを食らわす。


「痛っ!」


千太郎は頭をさする。


「千太郎。俺はリア充成分なんて持ってないよ。持ってたらとっくに……」


――ゆづ姉と恋人同士になっているはずだ。


言いかけてやめる。


「とっくに?」


「いや、何でもない」


「何だよー。気になるじゃないか。何を言いかけた?」


「何でもないって。ほら、ゆづ姉の方も食べてみようぜ」


「お、そうだな。いただきまーす」


ゆづ姉の作った肉じゃがを口に運ぶ。じゃがいもからはたっぷりの出汁の味が染み出し、肉や玉ねぎの味わいも完璧だ。


「美味い!」


千太郎は感嘆の声をあげる。


「本当? ありがとう~」


ゆづ姉はニコリと笑みを浮かべる。


「ふふん。腕には自信があるからな」


御影みかげ先輩はさも当然といった佇まいでいる。


「確かに出汁の味も完璧だし、見た目も綺麗だけど、俺は姫詩ひなたのやつのほうが好きかな?」


「ゆう君はそうよね~。家の味を出されたらね~」


ゆづ姉は苦笑する。


「家庭の味を出されてはな。仕方あるまい」


御影みかげ先輩も苦笑する。


そして互いの班で肉じゃがを食べ合う。


「うわ。葉室はむろ先輩の肉じゃが、美味しすぎ」


「これが秋野あきの先輩の家の味なんですね。あっさりとしていて美味しいです」


葉室はむろ先輩。何作っても完璧ですね」


口々に感想を言いながら、それぞれの皿の肉じゃがを平らげる。


そして部員達は片付けを始める。


「千太郎、料理も頂いたし、俺達はお暇しようぜ」


千太郎を連れて家庭科室を出ようとすると、姫詩ひなたが待ったをかける。


「待って。悠雲ゆう、一緒に帰ろ」


「千太郎も一緒でいい?」


「うん。いいよ」


「いや、良くない。俺は邪魔する気はないからな。1人で帰る! じゃあな、リア充、末永く爆発しろ」


千太郎は捨て台詞を吐いて家庭科室を出て行った。


食事と後片付けを待ち、俺は姫詩ひなたとゆづ姉、御影先輩と家庭科室を出た。


外はすっかり夕焼けの様相を呈している。


姫詩ひなた、お前いつの間に母さんから味付け教わってたんだ?」


「そうね~。ひなちゃん、いつの間に教わったの?」


「そうだ。いつ教わったのだ?」


俺達は興味津々いった様子で姫詩ひなたに尋ねる。


「去年よ。悠雲ゆうが出掛けてた時にね」


「そっかあ。それにしても驚いたよ。完璧に再現してたから」


姫詩ひなたは俺の言葉に胸を張る。


「でしょー? おばさんにも褒められたもの。どう? 惚れた?」


「それとこれとは別問題」


「えー。何よ、せっかく頑張ったのに」


姫詩ひなたは不満そうに頬を膨らます。


「あらあら。ゆう君。ひなちゃんが可哀相じゃない」


ゆづ姉はそう言って俺を見つめる。


秋野あきの。それで良い。お前には珠季ゆづきが……」


恭子きょうこ


ゆづ姉が有無を言わさない迫力で御影みかげ先輩に迫る。


「また言い過ぎたようだ。すまん、気にするな」


「? ゆづ姉、可哀相って言ったって、肉じゃが1つじゃ惚れないよ」


「あら? 結構欲張りなのね」


ゆづ姉はそう言って苦笑する。


4人で話していると丘の下に着き、俺達は御影みかげ先輩と別れた。


3人で帰り道を並んで歩く。


「ねえ、ゆう君」


「ん? なに?」


「私もゆう君の家に料理習いに行っていいかしら?」


ゆづ姉は真剣な顔で聞いてくる。


「もちろん。いつでも来てよ」


「むー……。それだとあたしのアドバンテージが」


姫詩ひなたは不満そうな声を漏らすが、気にしない。


「ゆづ姉だったら、きっと今日の姫詩ひなたと同じように完璧に再現するだろうなあ」


「も、もうゆう君。期待しすぎよ~」


ゆづ姉は恥ずかしそうにしながらも、満更でもない様子である。


「ゆづ姉。我が家の味の再現。期待してるよ」


「ええ、頑張ってみるわ。ゆう君。あ、着いたわね。じゃあね、2人共」


気が付くとゆづ姉の家の前にまで来ていた。


「じゃあゆづ姉。また明日」


「じゃあね。ゆづ姉」


「じゃあね~」


ゆづ姉が家に入って行くのを見送った後、俺達は再び帰り道を歩き始める。


「あーあ、悠雲ゆうを落とせると思ったのに」


姫詩ひなたはつまらなそうに両手を伸ばす。


「まあ頑張りは認めるけど」


「はいはい、そうですか。あーあ、絶対上手く行くと思ったのに」


「料理で俺を落とそうと?」


「そ。胃袋掴むと落としやすいって雑誌にも書いてあったし」


「それは残念だったね」


姫詩ひなたはため息をつく。


「そうね。この朴念仁には胃袋掴む程度じゃ足りないみたいね。胃袋を引きちぎるくらいが丁度良いのね」


「おいおい、物騒だな」


「それにゆづ姉にも悠雲ゆうの家の味を教えるのを許可するし、これはうかうかしていられないわ」


「うかうか? 何で?」


「それは、あんたを惚れさせるためよ。悠雲ゆう、見てなさい。絶対に惚れさせてやるから」


「わかったわかった」


そんな事を話していると、いつの間にか家の前まで来ていた。


「じゃあ悠雲ゆう。また明日ね」


「ああ」


姫詩と別れて家へと入る。


「ただいま」


「おかえりー。悠雲ゆう


母さんがニコニコした顔で出迎えてくれた。


「母さん。姫詩ひなたに料理教えてんだね」


「ええそうよ。姫詩ひなたちゃんにせがまれてね。でも私なんかに習ってどうするのかしら?」


「今日、姫詩ひなたが自信満々に肉じゃがを作ってくれたよ」


「あらあら。そういう事。姫詩ひなたちゃんもやるわねー」


母さんはカラカラ笑う。


「笑い事じゃないよ。母さん、今度はゆづ姉にも教えておいてくれよ」


「あら、悠雲ゆう珠季ゆづきちゃんがお気に入りなの?」


「……そうだよ」


姫詩ひなたちゃんも可愛いのにねえ。悠雲ゆう、罪つくりね」


「ほっといてよ」


「まあいいわ。じゃあ今度は機会があったら珠季ゆづきちゃんにも教えてあげるわ」


「頼むね」


階段を登り、自分の部屋へと入る。


制服を脱いで、読みかけの漫画の本を手にベッドに寝転がった。


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