荷物持ち
コンコン……。
日曜日の朝。
人が快眠している所に窓がノックされる音がする。
無視していると、その音は段々大きくなっていく。
「あー、もう! 人が寝ているのにうるさい!」
カーテンを開け、窓を開けると姫詩が向かいの窓から顔を出していた。
「おはよ。悠雲。随分遅いお目覚めね」
時計を見ると10時を回っていた。
「休みなんだからいいだろ、別に」
「あのね。あんた本気で言ってるの?」
姫詩の目が吊り上がる。
「ん? あれ? そういえば……」
――先週、姫詩と買い物に行く約束してたっけ。
「すまん姫詩! すぐ出る!」
「ええ。家の前で待ってるから急いでね」
姫詩の家の窓がピシャリと閉められる。
――やばい、怒らせた。
俺は慌ててTシャツとジーンズ姿に着替えて洗面台に向かう。
寝ぐせを整え、念入りに歯を磨く。
それが終わると食堂へ行く。
「あら、悠雲おはよう。ご飯、出来ているわよ」
母さんが出迎えてくれた。テーブルの上には炒飯が乗っている。
「ごめん母さん。これから姫詩と買い物なんだ。行ってくる」
「あら。あらあらあら」
母さんはどうしましょうといった感じでいる。
「どうしたんだよ?」
「悠雲、しっかりね」
母さんは真面目な顔で言う。
「何をしっかりするんだか」
「だって悠雲、姫詩ちゃんとデートでしょ?」
「違うよ。只買い物に付き合うだけだよ」
「立派なデートじゃない。だからしっかりね」
「はーい。じゃあ母さん。行ってくるよ」
「はーい。行ってらっしゃい」
俺は玄関を出て外へ出る。
外へ出ると、チェック柄のカットソーにジーンズ姿の姫詩が鬼の形相で立っていた。
「悠雲。よくもまあ、堂々と遅刻するわね」
「申し訳ありません」
俺は平身低頭する。
「ま、いいわ。じゃあ、行きましょ」
「はい」
俺達は駅前の方へと向かう。
羽ケ崎市は羽ケ崎川によって東西に分離されており、西側は住宅街と各種学校、駅のある東側は商業施設が立ち並ヒび、東側の南部は高級住宅街になっている。
歩くこと30分、俺達は駅前に来ていた。
駅前にはアーケード街とショッピングモールがあり、大抵のものここに来れば買うことが出来る。
「今日はどこに行く?」
「とりあえずブティックに行きましょ」
「オッケー」
俺達は駅前のブティックへ向かった。
「いらっしゃいませー」
店に入ると店員が笑顔で迎える。
姫詩は一直線にセール商品の売り場へ向かう。
「ねえ、悠雲。これ、どうかな?」
姫詩は青いカットソーを自分の前に被せて見せてくる。
「ん? いいんじゃない?」
「じゃあ、これは?」
今度は白い英語の入ったTシャツを見せてくる。
「いいんじゃないかな?」
「……むー、悠雲。適当に言ってない?」
姫詩は頬を膨らます。
「そんなことないよ。どれもよく似合ってるよ」
「ほ、ホントに?」
「うん」
姫詩は嬉しそうに頬を染める。
「じゃ、じゃあこれはどう?」
今度はベージュのシャツを前に持ってくる。
「うーん……。イマイチ」
「そっか。じゃあ……」
こうして、姫詩の服を30分以上選んだ。
「ありがとうございましたー」
「うーん! 良い買い物ができたわ」
姫詩は店を出ると大きく伸びをする。
「結構買ったな」
俺は片手に持った紙袋を姫詩に見せる。
「それでもセール品だから、値段はそんなにいってないわよ」
「そうだな。姫詩、相変わらず買い物上手だな」
「ふふーん。料理部で鍛えられてますから」
姫詩は薄い胸を張る。
「次はどこ行くんだ?」
「えーと、ショッピングモールの婦人服売り場」
「了解」
俺達はショピングモールへの道を歩いて行く。
「悠雲。月曜日は料理部に顔出す?」
「え? いや、決めてないけど」
「じゃあ、絶対来て」
「何で?」
俺は首を傾げる。
「明日は肉じゃが作るから。あたしの得意料理」
「お前の得意料理って時点で、嫌な予感しかしないんだけど……」
姫詩は俺の一言に頬を膨らます。
「あーっ。バカにして。ホントに得意なんだってば」
「はいはい。じゃあ月曜日は行くようにするよ」
「ホント?」
姫詩の表情が明るくなる。
「本当だよ。約束な」
「うん。楽しみにしててね」
「はいはい」
そんな事を話しているとショッピングモールに辿り着いた。
「着いた。さあ、悠雲、急ぐわよ」
姫詩が駆け出す。
「急がなくても服は逃げないよ」
「ほら早くー」
姫詩は笑顔で走って行く。
「まったく」
俺も姫詩の後を追って駆けて行った。
ショッピングモールに入ると早速エスカレーターに乗り2階の婦人服売り場に向かう。
姫詩はセール品の売り場に行く途中でふと足を止める。
「姫詩、どうした?」
「え? 何でもない何でもない」
姫詩はそう言ってある一点を見つめている。
それは薄い黄色のワンピースだった。
「あのワンピース。欲しいの?」
「え? え、ええと……。うん」
姫詩は頷く。
俺はワンピースの値札を見る。
4980円。結構な値段だ。
「姫詩、買ってあげようか?」
「え?! い、いいわよ。結構高いし」
「こちとらバイトで結構お金は稼いでいるんだ。あの位なら買えるよ。と、いうわけで早速試着してみよう。すみませーん」
俺は近くを通りかかった店員を呼び止める。
「このワンピース。彼女が試着したいんだけど」
「はい。わかりました。こちらへどうぞ」
店員はワンピースを手に取ると、試着室へと案内する。
姫詩は試着室に入り、ワンピースを店員から受け取ると着替えを始める。
「彼女さんですか?」
店員が笑顔で聞いてくる。
「違います。幼馴染です」
「そうですか。これからですか?」
「どうでしょう? 上手くいくかは今日次第かもしれないです」
「それなら頑張らないといけないですね」
「ええ……」
俺は笑みを浮かべる。
店員とやりとりをしていると、姫詩の着替えが終わり、試着室から出てくる。
「え、えと……、どう、かな?」
姫詩は恥ずかしそうにワンピース姿を披露する。
その姿は可憐で、姫詩にピッタリ似合っていた。
「バッチリ。完璧だよ」
「えへへ……、あたしもそう思ったんだ」
姫詩は笑みを浮かべる。
「すいません。これ買いますのでお勘定頼みます」
「はい、ありがとうございます」
姫詩は再び試着室に入り、自分の服に着替えると、ワンピースを店員に渡す。
店員はワンピースを受け取るとレジに向かう。俺はそれについて行き、代金を支払う。
「ありがとうございましたー」
「悠雲。ホントに良かったの?」
「いいよ。姫詩には料理部で散々ごちそうになっているからな。そのお礼だよ」
「ありがとう、悠雲。大切にするね」
姫詩は嬉しそうに笑う。
「さて、セール品を見に行こうか」
「うん」
俺は姫詩とセール品の売り場に行く。
姫詩は売り場に着くと、手早く5、6着の服を選んでくる。
「悠雲、これどうかな?」
姫詩は選んだ服を見せてくる。茶色の長袖シャツだ。
「うーん……茶色系はあんまり似合わないかも」
「そう? じゃあこれは?」
今度は薄い赤色の長袖シャツを見せてくる。
「お、よく似合っている。いいんじゃないかな?」
「そう? じゃあこれは?」
結局ここでも30分以上姫詩の服選びに付き合った。
「あー。沢山買ったわー」
「ホント、沢山買ったね」
俺は両手に紙袋をぶら下げる。
「悠雲。喉乾かない?」
「そう言われれば乾いたかもな」
「それならどこかお店に行かない?」
「そうだな……。クオリアで良いか?」
「いいわよ。じゃあレッツゴー!」
そう言って姫詩は元気に駆けて行く。
「あ、待てよ」
俺は紙袋を揺らしながら姫詩を追いかけた。
クオリアに着くと姫詩が店の扉を勢い良く開けて入っていく。
「悠雲、早く」
「はいはい」
俺は姫詩に続いて店に入る。
するとウェイターが寄って来る。
「いらっしゃいませー、二名様ですか?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
ウェイターがテーブル席へと案内する。
その途中でウェイターが小声で話しかけてくる。
「悠雲、この前と違う娘だけど、彼女か?」
「違うよ。只の幼馴染」
「お前、あんなに可愛い娘が幼馴染なんて羨ましいな」
「そうでもないよ」
「言ってろ。持つものは持たざるものの気持ちなんてわからないからな」
「はいはい」
ウェイターと会話していると席につく。
「ご注文は後程お伺い致します。ごゆっくり」
俺と姫詩はテーブルに向かい合って座る。
「あたしはアイスコーヒーにするけど、悠雲は何にする?」
姫詩はメニューを広げてこちらに見せてくる。
「メロンクリームソーダ」
「悠雲。いつもそれね。飽きないの?」
「好きなんだからいいだろ?」
「ま、そうよね。すいませーん」
姫詩はウェイターを呼び注文を伝える。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイターは注文を伝票に書くとカウンター奥へと向かって注文を伝える。
「悠雲。今日はありがとうね、付き合ってくれて」
「礼には及ばないよ。俺も結構楽しかったし」
「そう? ありがと……」
姫詩はそう言って頬を染める。
「いらっしゃいませー」
そこに他の客が入って来た。俺は入り口の方に目をやる。
するとそこには見知った影が2人。ゆづ姉と御影先輩だった。
ゆづ姉たちは俺達の隣のテーブルに案内される。
「あ……」
ゆづ姉と目が合う。ゆづ姉はこちらに近づいてくる。
「あら~ゆう君、にひなちゃん?」
ゆづ姉の声に姫詩が振り返る。
「あ、ゆづ姉。ゆづ姉達も買い物?」
「そうよ~。一息つきに来たの。2人はデートかしら?」
「違……」
俺の言葉を遮るように姫詩が言う。
「そうなの。悠雲に服も買ってもらっちゃった」
「あらあら。いいわねえ~」
「珠季、お喋りはそれくらいにして注文を選べ」
御影先輩はいつものように不機嫌そうに言う。
「あら、ごめんなさい。うーん、何にしようかしら~」
ゆづ姉は席につきメニューを眺めて唸っている。
「おい姫詩」
「何? 悠雲」
「お前、デートってどういうことだよ?」
「え? 違うの?」
「俺はそんなつもりはなかったぞ」
「そうなの?」
姫詩は不思議そうに首を傾げる。
「そうだよ。大体、お前とデートなんて……」
「悠雲は嫌だった? つまんなかった? 今日」
姫詩が悲しそうな表情をする。
「いや、そんな事はなかったけど……」
「じゃあデートってことでいいじゃない」
姫詩はパッと明るい表情に戻る。
「お待たせしました。アイスコーヒーとメロンクリームソーダです」
「あ、来た来た。飲みましょ、悠雲」
「ああ」
俺はメロンクリームソーダを一飲みする。
「あ、このコーヒー。美味しい」
「コーヒーはここのオーナーがこだわっているからな」
「そうなの? うーん、いい香り」
姫詩は満足そうにアイスコーヒーを飲んでいる。
俺もメロンクリームソーダを飲む。アイスクリームとメロン味のソーダの組み合わせは最高だ。
「悠雲。今日は付き合ってくれてありがとう」
「礼には及ばないよ」
「あと、ワンピース、ありがとうね。あたし、大切にする」
「ああ……大切にしてくれ」
俺は上の空で答える。
「悠雲? どうしたの? ボーっとして」
「どうもしないよ」
「そう?」
姫詩は不思議そうに首を傾げる。
ゆづ姉に目撃された。
デートでも何でもないと言っても納得されないだろう。傍から見ればデートにしか見えないこの状況。
――どうする? どうやって誤解をとく?
「悠雲。どうしたの? 難しい顔して」
「どうやっても不可能だな」
「何が不可能なの?」
「え? あ、いや……何でもない」
「? 変な悠雲」
姫詩は首を傾げながら、コーヒーを飲む。
「それにしても、姫詩。普段からこんなに服買うのか?」
「今日は特別よ」
「特別?」
「そう。だって……悠雲が選んでくれるだもの」
姫詩は小声で何かを言う。
「え? 何だって?」
「何でもない! あ、悠雲。早く飲んで行きましょ」
そう言って姫詩はアイスコーヒーを一気に飲み干す。
俺もメロンクリームソーダを飲み干す。
「じゃあ行きましょ」
姫詩は伝票を持って立ち上がる。
「じゃあね。ゆづ姉」
「ひなちゃん、じゃあね」
隣のテーブルを通り掛かる際に姫詩はゆづ姉に挨拶してレジに向かう。
俺も隣のテーブルを通り掛かる際にゆづ姉に声をかける。
「ゆづ姉、御影先輩」
「どうしたの? ゆう君」
「どうした? 珠季を裏切った罪人よ」
「これは違うから」
「はい?」
「ん?」
2人は首を傾げる。
「今日はたまたま姫詩の買い物に付き合っただけで、デートじゃないから」
「ゆう君。別にいいのよ~。隠さなくても」
ゆづ姉はそう言ってニコニコと笑う。
「どう見てもデートだろうが」
御影先輩が刺々しく言う。
「隠してなんかいない。とにかく、勘違いしないで」
「? わかったわ~」
「まあデートでないというなら、信頼しよう。秋野、お前は珠季を……」
「恭子」
「っとすまん。忘れてくれ」
ゆづ姉と御影先輩は首を傾げながらも理解してくれた。
「悠雲。置いて行くわよー」
姫詩がレジから声をあげる。
「すまん、待ってくれ」
俺はレジに急いで向かい、支払いを済ませた。
姫詩は店を出るとこちらを振り返りながら言う。
「ゆづ姉達と会うなんてビックリしたわね」
「ああ、ビックリしたよ」
「悠雲。席を立った時ゆづ姉達と話していたけど、何話してたの?」
「え? えーと……。ちょっと世間話を」
「ホントにー?」
姫詩は切れ長の目で訝しげな視線を向けてくる。
「本当だよ」
「ふーん。ねえ悠雲」
姫詩がすっと顔を寄せてくる。
「な、何?」
「今日のお礼」
「!」
姫詩は俺の唇に数秒触れるか触れないかのキスをする。
「……悠雲、帰りましょ」
「……あ、ああ」
俺達は家路につく。
「……」
「……」
互いにキスのことが頭にあるのか何も言わずに帰り道を歩く。
「なあ、姫詩」
「何よ?」
「どうして……いや、何でもない」
「キスのこと?」
「ああ、突然どうして……」
「だって、あたし、悠雲の事好きだもの」
「姫詩、悪いけど、俺は姫詩をそんな風には見れないよ」
「今はいいの。でも絶対、悠雲を振り向かせてみせるの!」
姫詩は力強く宣言する。
「俺、融通は効かないよ」
「それでも、よ。はい、キスの話はおしまい。それにしても今日は沢山買ったわー」
「これで服はしばらく買わなくていいんじゃないか?」
「そうね。結構買ったから、しばらくはいいかな」
「そういえば特別だって言ってたけど、何が特別なんだ?」
「え? えーと……。そう! セールが色んな所で行われていたからよ」
姫詩は思い出したように言う。
「ふーん……、珍しいのか? セールが色んな所で行われるのは」
「そうそう。珍しいのよ。セールが一斉に行われるのは」
「普通同じような時期にやりそうだけどな」
「そ、そんな事も無いんじゃない?」
姫詩はそう言って乾いた笑いを浮かべている。
「そっか。まあ、いいか」
「そ、そうよ。そんなに気にしないで。ところで悠雲」
「ん?」
「今日。楽しかった?」
姫詩は真剣な眼差しを向けてくる。
「……楽しかったよ。女子の服選びなんてなかなか無い経験だからな」
「ほ、ホントに?」
「本当だよ」
「よ、良かった―」
姫詩はホッとした表情を浮かべて崩れ落ちそうになる。
「姫詩。大丈夫か?」
「大丈夫よ! あ、着いたわね」
気が付くとお互いの家の前まで来ていた。
俺は姫詩に持っていた紙袋達を渡す。
「悠雲。今日はありがとうね」
「ああ。じゃあな」
「じゃあね」
俺達は互いの家に入った。




