第一節 戦場での恒常化した非日常という名の暇つぶし
あれから1週間程が過ぎた。
慣れとは恐ろしいもので、数日同じような事を繰り返していたら、人を斬るという行為自体には抵抗を感じなくなってしまった。
どちらかと言うと、初陣の興奮未だ冷めやらぬ、ということなのかもしれないけど。
ただ、その結果どうなるとか、気持ちの部分とかは、まだ納得出来ていない。
それはそうだ。これで簡単に覚悟が決まるくらいならば、育成機関など必要なくなってしまう。
「はああ……」
ああ、ダメだ。そう思って無理やり思考を止めた。
戦場についてから考え事しかしてない気がする。
どちらにせよ、やらなきゃいけないのは変わらない。であれば選択肢なんて自然と限られる。
やらなきゃいけないのなら、やるだけ。それに、慣れるだけ。
私個人の気持ちと、背負っているものを秤にかけるなら、当たり前のように後者の方が重いに決まっている。
「何だアディ、また考え事か。ほれ水。考え過ぎるとハゲるから程々にな」
「失礼ですね。ありがとう」
通りがかりにジャッドさんが水を渡してくれた。
今ではすっかりお兄ちゃん枠だなあ、あの人。
そう。私は一人じゃないんだ。
あの時団長に目をつけられて、もとい、見つけてもらったあの日から。
私には新しい家族が出来た。それも50人ほど。
何故か、誰も彼も図体ばかり大きいだけの弟みたいな感じだったけど。
なんで生活無能力者しかいないのこの団は。
よく今まで生きてこられたわね。お金だけあったって人は生きていけないのよ。
「おうアディ。今日もやるって言うし、準備運動がてらやろうぜ」
この人はフォシャールさん。
とかく体を動かすのが好きで、良く私を使って訓練と称したチャンバラをしている。
そこだけ除けば、良く気がつくし戦術眼も悪くないし、自己主張も激しくなく無いわけでもないので、団長の信もそれなりに厚い。
言葉が少しおかしかったわね。反省よアディ。
仕方ないよね。身体を動かしながら考え事なんてしてる私がいけないんだから。
ああ、ダメ。
考えがとりとめなく、その上まとまる気配がない。
なんでこんな散文的な考えをしてるんだっけ。
そうだ。人を斬る覚悟というか、意味を考えてたんだっけ。
「ここで疲れても本末転倒ですから。以上、ですね」
フォシャールさんの首筋に切っ先を突き付け、訓練を終わらせる。
「そうだな、続きは本番でだ。邪魔したな」
そして何事も無かったかのように手をひらひらさせて去っていく。
何なの、もう。
そしてまた地面に腰を下ろす。
「はああ……」
本日10回目のため息。
別に元気が無いわけじゃないんだけどね。いや無いけど。
やると決めたからには、やる。ただそれだけの事なんだけどなぁ。
今日もまたやるって言ってたし、少し休んでおこうかな…
「ここに居たのか」
「団長」
そして今度は団長が現れた。暇人ばっかりね。
「もう聴いてると想うが、今日もやるからな」
「はい」
「で、だ。今日はようやっとアンシュージの軍隊…っても、その一部だが。それが追いついてきたんで、合同で作戦にあたる事になった」
腰を下ろした私の横で、座らずに立ったまま頭上から話を続ける。
「いつの間にそんな話になったんですか」
「今さっきな。先立って伝令とその交渉を兼ねた奴が来たんで、話をまとめた所だ。長旅で疲れてる所悪いが、まず一働きしてもらう」
「えぇと…他国の戦場での立場の確保、でしょうか」
「まあ、向こうとしてはそれが一番の理由だろうな。手っ取り早く手柄をひとつ立てて、何事も有利に運びたいって事だな」
「兵士達にとっては災難ですね」
「それが奴らの仕事だからな。俺らがどうこう言う部分じゃねぇ」
「それは確かに。少々複雑ですが」
「まあお前はアンシュージの貴族様だからな。本来ならお前が領主軍として率いてきててもおかしくはないんだ。年齢と戦歴が見合ってないけどな」
「余計なお世話です」
「ま、そういうわけだから今は休んでな。ただし、余計なことに体力と頭使うんじゃねぇぞ。いざ出発の時に眠気がきましたなんて言ったら殴って目さますからな」
「心得ておきます」
「ああ。じゃ、そういうことでよろしくな」
以上、親子の会話終了。
実際の所、ここまで気にかけてくれてるのは私だけなのよね。他の団員には適当に喝入れたり茶々入れたりして、テンションが落ちないように維持してるだけ。
そこは、少し自惚れてもいいのかな。私の剣の腕が、得た知識が、そういう風に評価されてるって。
というよりも、まだ若い私が潰れたり暴走したりしないように気にかけてるって所かしらね。
ああやだやだ。自意識過剰な上に被害妄想。疲れてるのかな。疲れてるのよね。
そろそろ一息入れるって言ってたから、明日は休みかな…久しぶりにゆっくり眠りたいわ。
そうしたら、こうやってあれこれ考えたり悩んだりする事も少なくなるだろうし。
身体の疲れは心の疲れに繋がる。
心が疲れたら、こうなる。
ああ、なるほど。
私、疲れてるんだ。
天幕の中に敷いてある毛布でふと目を覚まして思った。
仮眠のつもりが、結構しっかり眠っちゃったみたい。
外で考え事してた時はまだ明るかったけど、もう夜の帳が降りようとしてる。
そして、今日も西方同盟北部方面軍への嫌がらせに出発。
今日はアンシュージの軍隊との共同戦線だって言うし、頑張らないと。
向こうの偉い人の目に止まれば一番だけど、少なくともうちの団が活躍すれば、足がかりくらいにはなるかもしれない。
なるかなあ。ならないかなあ。なるといいなあ。
方向は間違ってないと思うんだけど、すごく牛歩で進んでる気分。
あまりまごまごしてられないんだけどな…いつお家の取り潰しに話が進むかわからないし。
とは言え、今は他に方法が無いわけで。
「今日も一日頑張ろう」
誰に言うでも無く、ひとりごちた。
もう一日の大半は過ぎてるのに、変な感じよね。
そう想い、小さく笑みをこぼして、私は立ち上がった。