色々と遠くなりにけり
朝、あてがわれた部屋で目を覚ます。
私が女というのを気遣ってくれたらしく、場所は団長の部屋の隣で、なんと個室。
他の人達は3.4人の相部屋らしい。正直ありがたいけど、申し訳なくもある。
「……」
一夜明けて家のことを想うが、考えてもままならぬと着替え始める。
「…あ、おはようございます」
階段を下り、昨夜地獄絵図が繰り広げられた広間へ出ると、団長が居た。
「ああ」
何でこの人朝からお酒飲んでるんだろう。迎え酒、だっけ?
「皆さんは…まだのようですね」
「こんな時間に起きてくるやつぁ居ねえよ」
ちなみに今は、ようやく市場が開きはじめる時間。ようやく空が群青から白みがかり始めたあたり。
「そうですか…ところで」
「なんだ。水場なら昨日教えた場所だ」
「いえ…その、朝食はどうしてるのかなと想いまして」
元々酒場なので、カウンターの中にキッチンはある。食材もその辺に転がっている。
でも、料理出来る人って……
「いつもジャッドが作ってる。メニューはスープ。あいつスープ以外作れねぇからな」
ジャッドさんが料理出来るのは、思ったより意外じゃなかった。
ていうか、ちょっと待って。
「え…他のメニューは無いんですか」
「他に料理出来るやつ居ないしな。別に文句も出てねぇ…というか、言わせねぇが」
これだから男って…と、いけない。それは女のくせにと同じよ。
だめだめアーデルハイト。もっと建設的に考えましょう。
「えぇと…私が作ってみても、宜しいですか?」
「あ?お前料理できんのか」
「ええ…家では良く使用人たちと一緒にやってましたから、一通りは。一応」
「ふぅん…まあ、いいんじゃねぇか」
わー適当。いいけど。
「それでは…えぇと、色々お借りしますね」
「ジャッドに言え」
居ないじゃない!
「ん…と。小麦粉…うん、生地作ってパン焼けるわね。スープは…玉ねぎがあるか…卵は…買ってこようかな……」
がさごそと棚を漁っていたらジャッドさんが起きてきたので、パン関係をお願いすることにした。
「まさかパン生地作る事になるとはなぁ…」
「生地は力を込めてこねた方が美味しくなるんです。私よりジャッドさんの方が適任かと思ったので…すみません」
「いや、これはこれで新鮮だ」
それはもう物凄い音を立てながら生地を叩きつけてはこねくりまわす。
ちょっと、かなり、怖い。
と、忘れるところだった。
「ちょっとお願いしますね。私買い出しに行ってきます」
「おお。あ、ちょっと待て」
手近にあった大きめの籠を抱えて出ようとした所で止められた。
「おぉい団長。油売ってんなら付き合ってやれよ」
カウンターの隅でグラスを傾けていた団長が、ほぼ睨むようにこちらを見やる。
「別に何も売っちゃいねぇよ。何で俺が」
「量が多いんだ、可哀想だろう。後、金。出してやれよ」
「お前は」
「パン生地作るのに忙しい。できたら焼きに行かないといけないしな」
「ふふっ」
それを得意げに話すものだから、少しおかしくて吹き出してしまった。
「……ちっ」
ややあって、グラスの残りを一気に煽ると勢い良く立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
「…はい」
この場はジャッドさんの勝ち、と。何だかんだで団長優しいのよね。
「…おい」
「あら、もう少し安くならない?…あそう、ならない」
「…おい」
「ちょーっと下げてくれたら、全部買うんだけどな…」
「…おい」
「あは、ありがとう。また買いに来るわねっ」
「……」
「で、何ですか?」
卵を売っている農家の人と、恒例の値切り合戦をこなしてきたら、妙に不機嫌そうな顔。
「…買いすぎじゃねぇのか」
団長が手にした籠には、肉やら野菜やらが満載されている。そこに、今買った卵をのせる。
「何言ってるんですか。全部で何人居ると思ってるんです」
「ジャッドのやつぁもっと少ない食材でこなしてたぞ」
「皆が文句も言わないし、失礼ですけどジャッドさんもそこまで料理上手じゃないみたいですからね。大方適当に野菜を刻んで放り込んでただけなんじゃないですか。それなら、さして食材も減りませんからね」
「…こいつ本当に貴族の娘か?」
「何か?」
「…いいや」
聞こえたけど聞こえないふり。
まあ、ここまで出来る貴族の娘は中々居ないんじゃないかな。自分が珍しい部類だっていうのは認める。
でもだって、楽しいんだもの。仕方ないじゃない?
「…手際良いなぁ」
「慣れれば、これくらいならジャッドさんにも出来ますよ」
買ってきた食材を整理して、調理にかかる。
じゃがいもの皮を剥いて煮込みつつ、卵は目玉にすると時間かかるからスクランブルに、良いバターが手に入ったからフライパンに溶かして焼き上がったパンを少し炒める。
じゃがいもが大分ほぐれた所で、キャベツも入れてさらに煮込む。スクランブルには塩胡椒を振りかけて混ぜあわせ。
そうして出来上がったものを、順繰りお皿に…って。
「…わっ」
盛り付けの為に振り返ると、カウンターに人だかりが出来ていた。
「…うまそうだ」
「…何か豪華じゃねぇ?」
「…嫁にきてくれねぇかな」
どうやら、匂いと音に釣られて集まったらしい。
ちなみに団長はまた隅のほうに座って、今度は寝たふりを決め込んでいた。
「えぇと…皆さんのお口に合いますかどうか」
妙な気恥ずかしさを感じながら、一人ずつ盛った皿を渡してやる。
「うめぇ!!」
「なんだこれなんだこれ!!」
「くぁswでfrtgyふjきお!!」
口いっぱいに頬張って、もう言葉にすらなってない人までいる。
「…驚いたな」
カウンターで隣に座り食べていたジャッドさんが嘆息を漏らす。
「その年でこれだけ作れるのは大したもんだ」
「ぇあ…ありがとう、ございます。でも、大したものじゃないです。うちの使用人達はもっと美味しいもの作りますよ…」
真正面から褒められて顔が紅潮するのを自覚した。つい照れ隠しまで言っちゃうくらいに。
「……おい、アディ」
それまで黙って食べていた団長が、ふと声をあげる。
「あ、はい。何ですか」
「お前、次から飯当番な。ジャッドは手伝ってやれ」
「……はい?」
何言ってんのこのおっさん。
「美味しいから、また作ってくれって言ってんのさ。素直じゃねぇなぁ」
ジャッドさんが笑いながら言う。えー。
「いえ、それは…構いませんけど。あの、お金とか…」
「ジャッドに渡しておく。好きに使え」
えー。何それ責任重大。
「……はい」
もう、頷くしかないよね。
そして毎日のご飯を担当する傍ら、わかったことがある。
ここの人たちは、なんていうか、その。適当。大雑把。
あちこち破れた服を着まわして、他のは無いのかと聴けば、
「ん?あー、まぁ、まだ着てられるしいーんじゃね」
ときたもんだ。
正直、その、許せない。
いや許せないっていうか、我慢できない。
いくら傭兵だからって、そのくらいは気遣ってもいいんじゃないかなぁ!
とか思ってたらいい加減我慢の限界がきたので、丁度目の前を歩いていた団員を脱がしにかかる。
「ちょ、アディ?!いやーん!」
「黙ってきりきり脱いでください」
後から聴いたら、この時の私は完全に目が座っていたらしい。
そして有無を言わせず脱がし、せっせと繕い、返してやる。
「いいですか。余裕があるなら新しいのを買ってください。じゃないなら渡してください。見た目もそうですけど、不衛生です」
「は、はい」
ようやく衝動を抑えこんで一息ついていたら、どこかで見たような人だかりが出来ていた。
「あの、お、俺のも…」
「俺はズボンなんだけど…」
「俺も脱がしてくれないかな…」
またか。
「わかりました!わかりましたから、そこにまとめて置いといてください!出来上がったものは、自分で見つけて持って行って下さいね!」
すると我先にと服を脱いではカウンターに重ねていく。
ちょっと!乙女の目の前でそんな、大胆に…ああ、もう!
「それと…ああ、貴方。お使い頼んでもいいですか。これじゃ糸が足りません」
「おお、任せとけ!」
本当にもう勢いだけで生きてるわねこの人達。
そんなこんなをこなしていたら、すっかり団の使用人みたいな役回りに。
今は誰よりも物の在り処を知っている自信がある。
でも…形はなんであれ、歓迎して、仲間って認めてくれてるんだと思うと嬉しくはある。
あるん、だけど。
「これって、絶対傭兵の仕事じゃないわよね…」
こんな功績稼いだって、家は復興できないのよ!
「戦場は…まだかしら…」
ああ、窓から差し込む陽の光が気持ち良いわね…