第二節 実力主義
第二節 実力主義
連れこられたのは、王城から伸びる大通りから裏へひとつ入った所にある、ひなびた酒場だった。
傭兵団の拠点は何でこうも表通りを避けるんだろう。
何て思いつつ目の前の男について中に入ると、その理由が分かった気がした。
「お帰りなさい、団長」
「おう」
私より頭2つくらいはありそうな大男が、その中間くらいのギザームと呼ばれた男に寄ってくる。
中に居た男たち…何人居るだろうか。それらも一斉にこちらを見やる。
「……っ」
この空気は一体何なんだろう。
入った瞬間から、異様な空気が漂っていた。
戦闘前か、戦闘後の様な張り詰めた空間に、隠し切れない高揚感。
確かに、こんなのが表通りに並んでいたら色々と問題な気がする。
「ジャッド。この嬢ちゃんの相手してやんな」
「…いつものですかい」
「ああ。遠慮はいらねぇ」
「わかりました」
大男…ジャッドにそう言うと、カウンターに腰を下ろす。
「まさかお嬢ちゃんみたいなのが、こんな所に来るなんてな」
身長的にどうしても上からになる視線で、こちらを値踏みするように見る。
「…女のくせに、ですか」
ただ、それは不快なものではなく、単純に力量を推し量っているように感じた。
「いいや、理由は人それぞれさ。確かに女が傭兵になろうなんて聞いたことねぇが、その気がある奴を止める権利なんて誰にもねぇやな」
「そんな考え方する人も居るんですね…正直、驚きました」
「ここに居るやつぁ大体何かしら抱えてるからな。それに、うちの団長は基本的には実力主義だしよ」
そう言って見やる視線を手で払いのけた。
「いいからさっさと始めろ」
「へい」
頷いて腰に帯びていた剣を抜く。剣と言っても随分分厚く、どちらかと言うと鈍器に近い。
「まあ、単純な力試しだ。ここにゃ木剣なんて無いからな。一応寸止めだが、うっかり怪我しても手前ぇのせい…どうだ、やるかい?」
「…お願いします!」
一も二もある訳がなかった。願ってもない。
やっと与えられたチャンスを掴まないと!
「ほう、中々立派なもの持ってるじゃねぇか」
私が剣帯から引き抜いた物を見て、少し驚いたような顔をする。
これは、16歳の誕生日に父から貰ったものだ。女の子に剣っていうのもどうかとは思うけど…
ただこの剣、普通と違って私が使いやすいように短めに出来ている。
どうしても受け止めるのは難しいから、捌きやすくってしてくれたらしい。
「お父様が私の為に作ってくれたんです」
去年の事なのに、もうずっと前の事のように思う。
「良い親父だな……じゃあ、行くぜ」
言うや否や、その体躯に似合わぬ鋭いステップで踏み込んできた。
「…っ」
でも、甘い。
上段から袈裟に振り下ろされる剣を、その軌道に水平になるように姿勢を変えつつ、こちらの剣を振り上げる。
「おお……」
その様子を見守っていた男たちから嘆息が漏れる。
「…これでよろしいでしょうか」
剣を振り下ろした態勢のままのジャッドさん。その首筋にぴたりとあてがわれた私の剣先。
「お、あ……」
冷や汗を垂らしつつ、言葉にならない声が漏れ出る。
「…なるほどな」
ただ一人、特に表情を変えること無く見ていたギザームさんが立ち上がった。
「ジャッド、下がりな」
「へ、へい…」
僅かに目を見開いたまま、ギザームさんと入れ替わる。
「…動きは中々のもんだ」
「それじゃあ――」
「おっと、待ちな。気が早いぜ。誰もジャッドに勝ったら入れてやるなんて言ってねぇぜ」
口端を釣り上げ、少し嫌らしい顔になる。
むう、確かに言ってなかったけど、状況的に普通そう思うでしょう!
「まあ、別に意地悪したいわけじゃあねぇ。単に嬢ちゃんが思った以上だったってだけだ」
「…どういう事ですか?」
「こういうことさ」
その腰から引き抜かれたものは、私の物よりもさらに細い剣。エストックほどはいかないまでも、あれは刺突用なのは間違いない。
「意外か?」
「素直な感想を言うならば…それで、貴方に勝てば今度こそ認めて下さるのでしょうか?」
今度は念を押しておく。じゃないとキリが無いもの。
「そうだな…勝ち負けよりも、内容次第だな」
こちらを皮肉るように片頬を上げる。何て嫌らしい顔なのかしら!
「では、お相手……願います!」
言うや、相手の懐目掛けて飛び込む。騎士道には反するけれど、私の中の何かが叫んだ。行けっ、て。
体格差もそうだけど、刺突用なら間合いを詰めてしまえばこちらのもの!
隙を見せない為にも大振りせず、小脇に抱えるようにしてからの払いを、相手の握り手目掛けて繰り出す。
「ふむ」
剣の用途的に受けには回らないはず。なら躱すしか。そこへさらに踏み込めば!
なんて思った矢先。
「…狙いは悪くないんだがな」
あろうことか、剣身を使って軌道を逸らされた。
結果、明後日の方向へ飛んだ剣を抑えるために制動を掛けた、私の首筋に逆手に持った短剣が添えられていた。
「真っ直ぐ過ぎだ」
「受けずに流すなんて…その突剣は囮用ですか」
動くに動けず、なんとも間抜けな姿勢のまま、せめてもの抵抗に思い切り睨みつけてやった。
だのに、さっきから嫌らしい表情のまま変わらない。ああ憎たらしい!
「いいや?然るべき間合いで、然るべき獲物を使っただけさ。確かに目は良いし身のこなしも鋭いが、その間合いに自分から踏み込んだお前の負けだ」
言いながら、短剣の腹で頬をぺちぺちと叩く。
「…使い物になりませんか」
「女ってのとその歳を考えれば、上等な部類じゃねぇか。まだまだ伸びるしな。今後が楽しみだ」
互いに剣を腰へ収める。
「一応の様子見を兼ねて、俺の従士…ていうと聞こえが良すぎるな。見習いって所でどうだ」
「!それじゃあ…」
私の声を背中に背負い込み、席に座りグラスを手に取る。
それを軽く傾け、中の氷を鳴らす。
「ようこそ、"貫く槍の傭兵団"へ」