第一節 女のくせに
「馬鹿言うんじゃねぇよ」
「遊びなら他に行ってくれ」
「女のくせに何言ってんだ」
この街を拠点にしている主だった傭兵団の反応は大体こんな感じだった。
馬鹿も言ってないし遊びでもないし本気なのに、あいつらったら女ってだけで話も聴きやしない!
とは言っても、他の街に移動したりしてたらその間に皆エルヌコンスに行っちゃうし、何とか早いうちにこの街で見つけないと。
なんて事を考えつつ、まだ訪れていない傭兵団の拠点の前に立つ。
「…はぁ」
ここまでいくつも頭ごなしに断られて、げんなりというか、正直落ち込んでいる。
でもダメ。ここで諦めるわけにはいかない。
貰った髪飾りに手を触れて勇気を出す。
日も傾いてきたし、頑張らないと!
「…何か用か?」
扉を叩くと、ややあって中から強面のおじさんが出てきた。
「あの、私を団に入れて頂けないでしょうか」
「はぁ?」
「こちらの傭兵団も、今回の戦で雇われてエルヌコンスへ向かうのですよね。私もそれに加えて頂きたく…」
幾度となく繰り返してきたやりとり。
「はっ、馬鹿言ってんじゃねぇよ。お家に帰りな」
幾度となく繰り返された言葉。
「お願いします!こう見えても、そこらの相手に引けをとらない腕は持っているつもりです!せめてそれを試してからでも…」
「無理だって言ってんだろ。しつけぇぜ」
扉を閉めようとするのを押さえ、なおも食い下がる。
「何故です!」
「わからねぇ嬢ちゃんだな!んなもん、アンタが女だからに決まってんだろ!」
また、それか。
「…女の、何がいけないと言うのです」
「何がも何も女が戦場に出るなんて聴いたことねぇや。女ってのは、黙って子供の面倒でも見て男の帰りを待ってりゃいーんだよ」
「どいつもこいつも……」
「…あ?なんだって?」
あ、やばい。なんて思った時にはもう止められないわけで。
「口を開けば、女だから!女のくせに!女が!それしか知らないわけ?!」
その声に何事かと道行く人々が足を止める。
「あーもー、わかったわよ!女じゃなければいいわけでしょ?!」
腰に差していた剣を抜き払う。
「お、おい…」
目の前の馬鹿野郎が困ったような声を出す。今更なんだっていうのよ!
「何、髪切ったらいい?顔に傷でもつくる?!それともこの胸をそぎ落としましょうか?!」
後ろでひとつに纏めていた髪を掴み、剣を振り上げる。
「勿体無い事するもんじゃねぇや」
もう勢いのままざっくりいってやろうかと思った所で、腕を掴まれた。
驚いて背後を見ると、顎全体に広がる髭のせいで何歳か良く分からないが、妙に鋭い眼光をした男が居た。
「あ、ギザームの旦那…」
私の相手をしていた強面さんが、会釈する。
「一体どうしたってんだ」
「ああいや、それが…」
今までの経緯を説明し始める。
私はというと、ギザームと呼ばれた男の妙な威圧感に気圧されて、腕を掴まれているのも忘れて動けないでいた。
「…なるほど。何か訳ありみたいだな」
そう言ってこちらを覗き込んでくる。
「なんで傭兵なんかになりてぇんだ?」
腕を離しこちらを見る目は、茶化しているわけではなく、真剣だった。
だから私もようやく落ち着いて、これまでの事を話した。
「貴族ってのも大変なもんだな」
馬鹿にしてるわけでも、同情してるわけでもない。
「…本気、なんだよな?」
単なる好意でもない。
「…そうよ」
「なら、チャンスをくれてやる」
ただ、真剣に話を聴いてくれた。
「おい、こいつ連れてっても構わねぇよな?」
「え、あ、そりゃあ…」
だから。
「付いて来な。お前の本気を見てやる」
「…はい!」
ただ、嬉しかった。
「そういや、名前はなんて言うんだ」
「アーデルハイト・レインディア・バルシュミーデ=ヘルゲン」
「貴族ってのは名前が長くていけねぇな」