第一節 雨の修道院
振り続ける雨のおかげで、木々もしとどになっていた。
山奥では街の喧騒や戦場の騒乱とは無縁だ。
特に今は深夜で、雨が地面を叩く音以外に響くものはない。
私は今ウランドゥール修道院領の、とある修道院に逗留している。
あのままアンシュージに戻るわけにはいかなかったし、一旦キュイーズに向かうにも遠い。
近場でどちらの勢力の影響も無い…少なくとも手が回っていなさそうな所となると自然と限られた。
ここならば、他にも商人などが世話になっているので、多少はごまかしが効いた。
とりあえずお布施を渡している間は大丈夫だろう。
「……」
ただ、今はそんな事よりも。
後悔や憤りや、その他色々な物がない混ぜになり思考が纏まらない。
こんな状態では、どこで何をしようなどと考えるに至れなかっただけのこと。
雨が地面に当たり飛沫を散らすのを見つめながら、ほんの数日前の事を考え続けていた。
あの時こうしていれば。こう言っていれば。なぜ、どうして。
そんなどうしようも無いことに、どうしようもなく想いを巡らせ続ける。
不毛だってわかってる。
やらなきゃいけないことがあるってわかってる。
…こんな所で立ち止まってちゃいけないって、わかってる。
だからって、そんな簡単に割り切れるもんじゃない。
「…まだ起きてたのか」
庭に面した柵にもたれていると、後ろからジャッドさんが声を掛けてきた。
「なんだか…寝つけなくて」
「そう言ってこの2.3日ずっと寝てないだろう。少しは休まないと身体が持たないぞ」
言いながら隣で同じように柵にもたれ掛かる。
「……」
「……」
重い沈黙が流れる。
互いになんと声を掛けたものか迷っている…のかな。
「……ジャッドさんは」
纏まりきっていない思考で、なんとなく沈黙が嫌で声を出す。
「…ジャッドさんは、どうなんですか」
「何がだ?」
帰ってくる声はいつも通りに聞こえる。
「その、団長が…いなくなって、悲しい……とか」
我ながら拙い言葉運びだなと思う。
「そりゃあ…悲しいさ。一緒に過ごしてきた仲間だったからな」
「その割に…その、割りと平然として見えるのですが…」
失礼な物言いだったかなと思い顔色を伺うが、苦笑にも似た微笑みを返してくれた。
「団長の…あいつの想いが、この胸にあるから……かな」
「想い…ですか」
「そうさ。敵に向けた武器にしろ、守りたい信念にしろ…止まったままじゃ、貫けないからな」
「……っ」
槍か剣を前に出すように手を動かす。
「…なんてな。男があんまりめそめそしてると、格好つかねぇからさ」
突き出した手を後頭部にあて、いたずらっぽく笑う。
これもしかして、この人なりの慰めなのかな。なんて。
「…守りたい信念……か」
ふと手のひらを開いて見つめる。
この手は、まだ信念を握っているのだろうか。
まだ、何かを掴めるのだろうか。
「あいつ…団長はさ。口下手だからさ。ちゃんと口には出さなかったけど、アディの事…」
「…わかってます」
まだ頭に載せられた手の感触を思い出せる程に。
「はは…さすが、娘だな」
そう言われた途端、身体が軽く跳ねた。
「そう…ですよね」
正直、気持ちの整理なんてついていない。つくわけがない。
「私、あの人の娘ですものね」
ほんの短い間だったけど、とても暖かかった。
「俺達は、アディについていくぜ。やりたいこと…やらなきゃいけないこと、あるんだろ」
「そうですね…」
ふと、髪飾りに手を触れる。
あの日、家を背に門を潜った時を思い出す。
「……でも、これは私のやらなくてはならないことです。それにジャッドさん達を…」
「何言ってんだ」
不意に遮って、優しい笑顔をくれた。
「俺たちは家族だろ」
「…っ」
「それにさ。正直行くあても無いしさ。だったら、アディの手伝いでもしようかってなってな」
優しかったのは一瞬で、またいたずらっぽい笑みになる。
「…なんですか、それ」
それに巻き込まれるように、軽く吹き出してしまった。
「おお、そうそう。アディにはそういう風に笑っていて欲しいからよ」
「取ってつけたような理由ですね」
言って、柵から身体を離す。
「今日は…もう休みますね」
「ああ。そうした方が良い」
割り当てられた部屋に戻ろうと踵を返した所で、背中越しに言う。
「ジャッドさん」
「なんだ」
「…明日の朝、出立します」
「何処へ向かう?」
さして驚いた風でもなく返す。ずるいなぁ、もう。
「エルヌコンスへ。王都へ行けばエルヌコンスの軍本隊や、他の傭兵団の方たちと合流出来るでしょうから」
今でも気を緩めると涙が出そうになる。というか出る。
でもこんな姿、天国の父達には見せちゃいけないよね。
や、あの人は地獄かな?
「そうか。わかった、野郎どもにも伝えておくよ」
ほんの数人だけど、一緒に生き残って、こんな私についてきてくれるって言う人たち。
「ええ、お願いします」
故郷に残してきた母や、この身を案じてくれたあの娘。
「頑張って、貫きませんと…ね」
そうだ。
「…おやすみなさい」
この手には、まだ折れずに残っている物があるのだから。
"貫け。それが、俺達の誇りだ"




