第三節 お父さん
なんで、どうして。誰が、なんのために。
戦闘の真っ只中にそんな事を考えていたら、そりゃあ隙だって生まれる。
経験不足だとかそういう、自分の未熟な部分が生み出したものだ。
だから。だからこそ。
私は、私を到底許せそうにない。
「団長!これは一体…っ!」
目の前から振り下ろされる白刃をいなし、体当たりをかますように相手の腕を思いっきり切りつけてやる。
かと思えば抜けた先に新たな敵が待ち構えていた。
「余計なこと考えんな!今はここを抜けることだけ考えろ!!」
それを背中から貫き、さらに迫っていた敵へと放る団長。
本当に、なんでこんな事に…!
私たちは夜の帳が降りる頃、いつものように森の中を通り敵陣の近くまで迫った。
それに、追いついてきたアンシュージの軍勢も付いてきていた。
とは言っても、全軍ではなく数百程度のものだけど。
そりゃ何千もの規模で動いたらさすがにバレるしね。
そしておなじみの火矢を放ち敵陣に奇襲をかけた…んだけど。
乱戦に持ち込んでそろそろかなと思った所で、何を思ったかアンシュージの軍が襲い掛かってきた。
こっちは総勢50人足らず。だけど、西方同盟の部隊も残っていたから三つ巴状態。
もう、混乱も混乱。大混乱!
何が何だかわからないまま、ひとまずここを抜けようって事で、全員で多少なり手薄な方へ突撃を仕掛けた。
で、今に至る。
「何でアンシュージの軍が…!」
ほぼ絶え間なく襲いかかる鋼の雨を何とか掻い潜りながら、少しずつだけど陣の端へと向かっていく。
「大方、金か何かに目が眩んだ馬鹿野郎が裏切ったんだろうさ!」
「そんな事をしても明日は我が身だと言うのに!」
既に型も何もなく、ただひたすらに剣を振っていた。そして目の前の相手を退けた所へ槍が2.3本伸びてきた。
「細けぇこた後でいくらでも調べられる!…ジャッド!!」
私の襟首を掴み引き寄せ槍の射線からそらし、頼れるお兄様の名前を叫ぶ。
「おおさ!!」
それに間髪入れず応じる声と共に、脇を抜けていった槍と共に敵がまとめて数人吹き飛んでいった。
「お前は目が良いんだから、脇見してねぇでちゃんと周りを見てろ!ひよっこが余計なこと考えてたって何もできねぇよ!」
相変わらず汚い言葉で的確に助言してくれる。
もう少し綺麗な言葉なら素直に聞けるのにな!
とは言え、どうしても頭にこびりついて離れてくれない。
何故アンシュージが…祖国が。
なんて思っていたら、いつの間にやら陣の端にある柵まで辿り着いていた。
これは悩むでもなく、目の前でそれを飛び越えていく団長やジャッドさんに続く。
勿論これで終わりではなく、そのまま森の中を駆けていく。
これで何とか逃げ切れるかな…
あの乱戦の中を何とか切り抜けたことで、一息…とまではいかないけど、少し気を抜くことが出来た。
そしてやはり思う。
本当に裏切ったんだとしても、一体どんなメリットがあったのだろうか。
お金だけではとても割に合うとは思えない。ていうか、反故にされてやられちゃったら意味ないし。
いや西方同盟がそんな手を使うかはわかんないけど、当然警戒してしかるべき事よね。
となると、お金以外の何か…
「アディ!!」
なんて考えてたら唐突に名前を呼ばれ我に返る。
そして呼ばれた方へ顔を向けると…
「え…なに……団、長…?」
私に覆いかぶさるような体勢の団長がそこに居た。
「…お前は人の話聴いてるようで聴いてねぇなぁ…ちゃんと周り見ろっつったろ…?」
胸の当たりから槍の穂先が飛び出していて、傷口や口からは血がしとどに流れている。
これは、通常の槍より細く軽く作られた、いわゆる投げ槍というものだ。
なんて。動かない身体の代わりに頭で考えていた。
「くそっ…手前らぁ!!」
そうやって私が固まっている間に、ジャッドさんが槍を投げた相手とか追ってきていた数人をまとめて叩きのめしていた。
「おい、アディ…呆けてんじゃねぇよ」
そう言って、いつものように私の頭に手を乗せる。
「お前にはやる事があんだろ…そのために、俺に付いてきたんだろ…」
ゆっくりと撫でるその手は、いつもより重く、優しく感じた。
「だったら、手を動かせ…足を動かせ……頭を働かせろ」
いつもの様に皮肉めいた口端も、今は優しい曲線を描いていた。
「胸に灯した火を消すな…前に進み続けろ…想いを貫き通せ」
ふと手を離したと思うと、手にしていた突剣を押し付けるように渡してきた。
「それが…俺達の……誇りだ」
そしていつもの様に、憎たらしいけど自信に満ち満ちた、皮肉めいた笑みを浮かべて。
「団長…だん……お父さああん!!!」
私は二度目の、父との別れを迎えた。




