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序章

遙かなるかな空と海 外伝 "ひとひらの刃となりて"



序章


「お父様、私も連れて行って下さい!」

戦装束を纏い軍馬に跨る父に食い下がる。

「ならぬ」

それをこちらへ目もくれずに一蹴する父。

このやり取り自体は、もう七日も続けていた。

「何故です!今日この日の為に剣をお教え下さったのではないのですか!」

「勘違いするな。私がお前に剣を教えたのは、武門に生まれた子として、自らを守れる程度の術を身につけさせるためだ。決して戦場へ出す為などではない」

「武門に生を受けたからこそ、戦場で武功を上げる事こそ誉れではありませんか!」

「男児ならばそうであろうがお前は女だ。それも16になる。この戦が収まれば良き相手を見つけてやるから大人しく待っておれ」

「お父様!!」

そんな私の叫びも聞こえぬかのように、どんどん父の背中は小さくなっていった。


開闢歴二九九七年春。

大陸西方にて、ヴァイゼーブルヌ神聖同盟…通称『西方同盟』なるものが結成された。

目的は、東方エフォンマリンド帝国の支配下にある聖地サントゥアンの奪還、次いで聖地巡礼。

さらには大陸万民の教化なんて事も謳っているらしい。

そんな理屈をこねて大陸東方へと矛先を向けたわけだ。

正直私には狂信者どもの行進にしか思えなかったが、それはそれ。

向こうには向こうの、一応は筋の通った正義があり、狂ってなんか居ない人が、整合性を以って軍を統括し、自らの正義を信じて前進している。

そう理解するだけの教養はある。というより、教えこまれた。

私の家はアンシュージ王国にある、武を以って立っている貴族だ。

とは言っても、国自体がさほど豊かなわけでもなく、例に漏れずうちもいわゆる貧乏貴族というやつだった。

だからか、幼い頃から良く良く精神論を語られていた気がする。

曰く、常に高潔なれ。曰く、常に優雅たれ。曰く、曰く、曰く。

ついでに礼儀作法や刺繍や読み書きに加えて、剣まで習っていた物だからさあ大変。

西方同盟の巡礼軍が聖地奪還の為に、アンプロモージ王国から隣国のエルヌコンス王国へ10万の大軍で進軍してるなんていう報告が届いた。

次いで、エルヌコンス王国国王発で回廊諸国へ援軍を求める声が届いた。

そりゃあ、放っといたら自国まで来ちゃうんだもん、各国こぞって軍を編成したよね。

当然うちの国も国内の騎士や貴族を掻き集めて軍を編成して送ろうとした。

それに先んじて、エルヌコンス王国の大貴族であるランサミュラン=ブリュシモール家と縁のあったうちが、手勢のみを率いて出立する事になった。

何でも、二百年前に起こった紅回廊戦争での借りを返さねばならぬとか何とか。詳しくは知らないけど。

で、さっきのやり取りになった、と。

仕方ないよね。あれだけ散々言っておいて、いざとなったら連れて行ってくれないなんて信じられない!

常に高潔なれなんて、要するに信とか義とかを果たせって事でしょう?だったら、今回の戦なんて正にその両方じゃない。

だっていうのに、あのお父様は……!!

と、いけないいけない。曰く、貞淑なれ。剣を振るっていても、女としての自覚は忘れちゃダメよね。

本当は今すぐにでも具足を纏って愛剣を担いで駆け出したいけど、我慢我慢。

ここにはお母様も使用人たちも居るけど、戦えるのは私だけ。一人っ子だしね。何かあったら皆を守らないと。

代わりにお父様が帰ってきたら、嫌って言うほど文句を言ってやろう。

なんて思ってたら、帰ってきたのはお父様ではなく、その死を告げる書状だった。

その日の夜、お母様の部屋からは絶えることなく嗚咽が聞こえてきた。


あれから数日が経って、屋敷全体には未だ重い空気が漂っていた。

いきなり当主が死んだのだから無理も無いけど。私も1日中泣いて目が痛かった。

でも、色々考えて決めた事がある。今日はお母様にそれを話さないと。

深呼吸をひとつしてから、扉を叩いた。

「どうぞ」

中からは、少し沈んだお母様の声が聞こえてきた。

「入るわね。お母様お話が…何してるの?」

窓際にあるテーブルに宝石箱の中身を広げて、何事かを紙にしたためている。

「これを売って、使用人達の持参金の足しにしようと思ってね」

「ああ、そういうこと…」

女に家督は継げない。そして我が家には男は居ない。となると、待ち受けているのはお家の取り潰しだ。

そうなると、使用人たちも奉公先を失ってしまう。

使用人の嫁ぎ先を面倒見るのも、預かっている家の役目。

我が家に先が無いとなって、少しでも良い所へ嫁げるようにと、お金を工面しようとしているわけだ。皆を可愛がっていたお母様らしい。

でも。

「…お母様。私、家を出ようと想うの。だから、私の為に溜めてくれていた持参金を、皆の分に回してあげて頂戴」

ああ、言っちゃった。ほら、お母様すごい顔してる。

「あなた…何を言っているの?それに、その格好は…」

私は今、具足に身を固めて、愛剣を腰に差し、必要最低限の荷物を背負っていた。

「うちに男が居ない以上、先はないじゃない?領地も他の家に割り振られるか、国王様に戻すかでしょう?」

「それは…そうだけれど…」

本当に何を言っているのかわからない、て顔ね。そりゃそうだろうけど。

「でも…私、それじゃ納得がいかないの。女は家督を継げないってなってるけど、それを返上させて、私がこの家を継ぐの」

「そんな、出来もしないことを言わないで頂戴!」

「出来るか出来ないかじゃなくて、やるの!武門の家なんだし、相応の武勲を立てれば認めてくれるはずよ!」

「だからって…女の身じゃ騎士になんてなれないわよ。一体どうやって…」

顔を真っ青にして、今にも倒れそう。ごめんねお母様、もう少し頑張って。

「今ね…エルヌコンス王国で戦力を集め直してるの。各国の援軍はもとより、傭兵団にも声をかけてね」

「あなた、まさか……」

そう。

「私、傭兵になるわ」

「馬鹿な事を!貴族が傭兵などに身をやつすなどと…ましてや、それで武勲を上げるだなんて…!」

「聴いてお母様!我が国は気候が厳しくて農業も盛んじゃないし、交易にしたって海の物を中心に細々やってる。だからこそ、騎士とか…言ってしまえば、腕っ節の強さで持ってる部分が大きいわ。そんな国だからこそ武門の家は大きくなれるし、それが誇りだわ」

「その誇りを捨てて傭兵になることに――」

「違うわ!誇りを捨てないためよ!お父様は私に言ったわ。常に高潔なれ、ってね。それは、武門の、貴族の…騎士の娘として恥ずかしくないようになんかじゃない。その心を忘れるなって事よ!」

多分、今までの人生で一番真剣に話をしている。

それに気づいたのかどうかわからないけど、お母様も少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。さすが、騎士の妻。

「……」

「……」

沈黙が流れる。互いに視線を外さぬまま、微動だにしない。

ややあって、お母様が口を開いた。

「…それでも、私は認めるわけにはいかないわ」

考えた可能性の中で、一番高いやつが来た。

「母として、親として、あなたを良い相手の所へ嫁がせるのが義務であり、責任よ」

「…家が潰れたとしても?」

「悲しい事ではあるけれど、嫁いでいく女が関与すべき事ではないわ。家を守るのは男の仕事で、女は嫁いだ相手も含めて、幸せになるのが仕事よ。そも、女の幸せは結婚にこそあるわ」

と、思い込んでいるのがお母様の悪い所よね。勿論普通ならば貴族の娘にそれ以外の選択肢なんてあり得ないんだけど。

「それでも私は、行くわ」

「…私は、認めませんからね」

そう言うお母様に深く頭を下げてから、部屋を出る。

お母様の、怒っているような泣きそうなような表情が、強く胸に刻まれた。


「あの、お嬢様…本当に行かれるのですか?」

屋敷を出て庭に入った所で使用人に声をかけられた。私より1つ上で一番仲が良かった娘だ。

「ああ、うん。ごめんね。お母様の事よろしく頼むわね」

「それは勿論…ですが、その…」

わかってる。私の事を案じてくれているんだろう。

「大丈夫。こう見えて頑張り屋なんだから、私。成すべきことを成すまでは、絶対に死なないし、諦めない」

だから。

「だから、見ててね。絶対…絶対、認めさせてやるんだから」

「…あの、これをお持ち下さい」

そう言って差し出したのは、彼女がいつもつけていた髪留め。

「私、不相応にもお嬢様には本当に良くして頂いて…友人とまで言って頂けて、本当に嬉しかったんです。なので…お手伝いは出来ませんが、せめてこれだけでもお供に。その、お邪魔でなければ…」

私が男だったら抱きしめてキスしてる所ね。それくらい胸が熱くなった。

「ありがとう。辛い時はこれを見て頑張ることにするわ」

受け取った髪留めを早速前髪につける。

「それじゃあ…元気でね。良い相手が見つかるといいわね」

「お嬢様もどうか、お気をつけて…」

そして、父が戦場へ向かうのに抜けた門を潜り、私の戦場へ向けて歩き出した。


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