表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タソガレ/ちぇいさー!  作者: 夜斗
第2章 人の世界のオモテとウラ
7/30

第2章 人の世界のオモテとウラ 《1》

 目が覚めると、そこに広がっていたのはあの黄昏色に染まった自分の町。


「え……は? 何で俺、またこっち(、、、)に来てるんだ?」


 自宅であるラーメン屋こと『斜陽』の入り口の前で、寝間着に着換えたはずの身体には少々よれた制服。右を左を見回しても、普段見慣れている自分の町と何ら変わらない奈月町。濃いオレンジ色の空には黒いカラスが一羽だけ飛んでいる。カー、カー、と当たり前の鳴き声だけが響く無人の町。自分が置かれている状況が読めず、どうしたものかと彰二はポツンと一人で立ち尽くしていた。


「……えーっと?」


 あの時と変わらず人の気配は感じられない。

 ここにあるのは小さな風の音と、幾許かの静寂。風情があると言えばあるのだが、人の居ない町の風景には温かさが無い。あるのはどうしようもないほどの違和感、或いは、虚無感。少し路地を歩いてみても誰も見当たらない。前に“迫鬼”に壊されていたコンビニに訪れてみると何故か綺麗に直っていた。そこからさらに歩みを進め、普段から通学路として利用している中央街道まで足を伸ばしても、やはり人っこ一人見当たらない。


「あれ……?」


 そう思っていたのだが、急に彰二の視界の中に人の影がゆったりと浮かび上がってきた。友達と並んで歩く女子中学生。道路工事に勤しむ作業員と監督。犬の散歩に興じる主婦たち、喫茶店でコーヒーを振舞うマスター。大人も子供も、男も女もみんなそれぞれに町を歩いている。ただ、それは皆あの時のサラリーマンと同じく身体がうっすらと透けていた。

 目の前に広がる、灰色に透けた人間が歩く町。

 そして、彰二はそれぞれの影にもちゃんと人間らしい表情があることに気がついて――ギョッとした。


「…………」


 誰も、笑っていない。

 友達と談笑し合っていたと思っていた女子中学生も、片方は視線を反らし、もう片方は非常に剣呑な表情を浮かべて隣の女子を睨んでいるようにさえ見える。作業員は皆疲労困憊して憂鬱そうな、監督は眉間に皺を寄せて手にしたファイルに視線を落としている。焦っている、のだろうか。他の人も皆同様に表情が暗かったり、険しかったりと、誰一人として明るい表情を浮かべていない。

 異常としか思えない光景にぞくりと怖気が奔る。

 自分の知っている町のはずなのに、彰二は異邦人になったような心地でそれらを見渡していた。


「ここは、人間の影が生活する世界。……前にそう言ったな」

「え、ぅっわ!? アンタ、確か」


 ふと気が付けば、彰二の傍らにあの白衣の――鏡子と名乗った女性が火の点いていない煙草を咥えながら立っていた。


「この“影”っていうのはな、人の心の中に浮かび上がった負の感情のことを指す。外の世界では笑いあって歩いている二人も、この世界の影になると行動こそ同じであれ内面に潜む感情が剥き出しになって……ああなる。他のどの人間も同じだ」

「ま、マジかよ……恐ろしいな」


 それが、この“タソガレ”という世界の仕組みと彼女は語った。


「負の感情の塊と化した人の影は基本的には無害だが、いつ何時に何をきっかけに爆発するか分からない一種の爆弾。だから本来、カゲガミというものは常に外の世界と此処とを監視できる場所に居るのが望ましい。そのまま外に居てくれたって構わないし、場合によってはその方がずっと楽な事もある」

「……夕陽を任せるって話はそれも関係してたってことか」

「とはいえ、アイツはまだまだ未熟過ぎる子供。あのコにとって“迫鬼”退治は完全に遊びに過ぎない」

「遊びって……あ」


 最初に出会った時、夕陽が声高らかに叫んでいたあの言葉――“鬼ごっこ”。

 鬼を追いかける様は構図としては真逆だが、あの時の夕陽は完全に鬼ごっことして戦闘を楽しんでいた。


「まぁ……ある意味“鬼ごっこ”というのは間違ってないんだがな。鬼ごっこの起源とされているのは大昔の神官が行っていた鬼払いの儀式。その儀式では“鬼”を払う役目を担った神官が神社などの境内を掛け声を上げながら練り歩いて“鬼”を追い払っていたんだそうだ。つまり、今の鬼ごっこと逆になるな。……さて、野良猫が何処でそんな遊びを覚えたのやら」

「……? それ、どういう……むぐッ!?」


 不意に、胸に重い苦しみが襲い掛かり彰二の息が詰まる。見えない何かに強烈に圧迫され、思うように呼吸が出来ない。


「なん……だ!? こ、れ……ぅわ!? カッ、は……!? 息が、でき、ね……ぇ!」

「まぁ何はともあれ、しばらくの間夕陽を頼んだ。私は色々と忙しいしめんどくさいから、用がある時以外はこっちに来ないでくれよ」

「ま、っま……! ちょ、今スゲェ胸が苦し」


 苦しむ彰二を他所に、というか一切無視しながら鏡子は指を立てる。


「っと、そうそう。一つ言い忘れてた。霖のヤツが君の制服のポケットに餞別を入れておいたそうだ。使い方も、アイツのことだからメモでも添えてあるんじゃないかね。んじゃ」

「んじゃ、じゃねッ……が! も……げ、げんか……」


 意味不明の窒息に襲われ徐々に彰二の視界がぼやけ意識が朦朧としていく。というにも拘わらず鏡子はヒラヒラと適当に手を振りながらそそくさと反対方向に路地を往き、あっという間に姿を消してしまった。片膝をつき、そしてばたりと路地に倒れ込む。息が出来ない。胸の上に重い物が圧し掛かっているような圧迫感に蝕まれ彰二の意識は遠い闇の向こうへと追いやられていく。


「……だ、れ………か……たす…………け……」

「はーい! えーちゃーん、あーさーでーすーよー!」


 突然、広がりつつあった暗闇がビリビリとハリボテのように破れたかと思うと、そこから現れたのは満面の笑みを浮かべた彰二の母親こと鏡花だった。


 ※


「うぉっわぁああ!?」

「みぃゃあッ!?」


 鏡花に抱き付かれキスされる寸前で運良く脳が覚醒したお陰で、彰二のファーストキスはどうにか守られた。後味の悪過ぎる悪夢にぜぇはぁと荒く息をしながら、ふと自分が平然と呼吸出来ていることに気付き胸をなで下ろした。


「や、やっぱ夢かぁ……てか、窒息死しかける夢って何だよ。俺そんなにメンタル削れてな……ん?」


 そういえば、と身体を起こした時に何か小さな悲鳴のようなものが聞こえたような。寝ぐせが残る頭を掻きながら右に左に視線を動かしてみると、部屋の隅に夕陽が転がっているのを発見した。


「……お前なぁ、そんなトコで寝てたら風邪引くぞ」

「えぇにゃあ……はえ、寒いぃ……にゃんでぇ……?」


 もぞもぞと蠢いたかと思えば、毛布にくるまっていた夕陽は芋虫のようにのそのそと前進し、さもそれが当然のように彰二の身体の上にぼふりと圧し掛かってくる。


「お、重いって。……って、息苦しかった原因はお前だな!?」

「にゃあー……」


 それが返事なのかただの鳴き声なのか曖昧な言葉を浮かべ、そのまま彰二の上でくるりと小さくなってあっという間にすぅすぅと可愛らしい寝息を立ててしまった。お陰で彰二は思うように身動きが取れない。


「お、起きてくれって。今日はこの後学校だし、一応下で仕込みの手伝いとか色々やらにゃいけなくて」

「……が、こう? しこ、み?」


 聞き慣れていない用語に夕陽の三角耳がピクピクと揺れ、かなりのスローペースで夕陽が身体を起こす。そして、そのあられもない姿を見て彰二は驚き耳の芯までカーッと火照るのを感じた。


「な、ばば、ばっ馬鹿!? お前何て格好で、おま、おま……!?」


 てっきりワンピースのまま眠っていたのかと思えば、いつの間に着替えたのか夕陽は真っ白いワイシャツ、しかも上はそれオンリーという所謂裸ワイシャツ状態だった。辛うじて下は何か穿いているようだったが当然直視するわけにもいかず、かと言って視線を上にずらせばボタンが一つも引っ掛かっていない始末。上を見ても下を見ても思春期的なリビドーが大火事状態で、彰二は苦し紛れにエビ反りで天井を見上げた。


「…………きのー、おべ……さん、これ、あげる……て。わらし……にょ、ふく、あららって……」

「わわわわかった! わかったから替えの……は、俺が取ってくるからとりあえず毛布で」

「……さみゅいぃ」

「おおおうひょっいい!?」


 寝ぼけた夕陽が突然がっしと自分の身体にしがみ付き、自分の何処から出てきたのか見当もつかないような奇声を上げる。ただでさえ白く、そして生地の薄いワイシャツの所為で服越しに小さな膨らみが触れるやら、なめらかな肢体がうっすら透けるやらと無垢でしかも悪意ゼロパーセントのエロスが全開になっている。なけなしの理性が滅びかけたその瞬間、トントンと若干早いテンポで近づいてくる足音に気付き滅びかけの理性が凍りつく。


「っばい! ほら夕陽、今すぐ毛布被って隠」

「えーちゃーん、おっはよー! 今日も私が目覚めのチッスを……あら!」


 ノックも何も無しに襖をがばーっと勢いよく開き現れた鏡花は彰二とそれにくっ付き離れない夕陽の姿を見せ「あらあら! まぁまぁ!」と付けたしてから口元を手で覆った。


「あらぁ、嫌よぉえーちゃん! いくら人肌恋しいからってそんな子猫ちゃん相手に朝の処理なんて! そんなに寂しいなら一言言ってくれればいつでも」

「朝飯は要らないから!?」


 とりあえず思い付いた言葉をぶちまけ、彰二はすぐさま襖を閉じて自らをバリケード代わりにともたれ掛かり大きな溜息を吐く。朝起きて、数分ともしない出来事。夕陽が増えたというだけで彰二の日常の難易度はハードモードからノーフューチャーモードにレベルアップしてしまった。


「エージ、がっこって何だ? しこめ、って何だ?」

「……」


 ドタバタ騒動のお陰で完全に目が覚めた夕陽の瞳は好奇心という名の宝石が詰まった箱のように色取り取りの輝きを放っている。この時点で、彰二の脳内にあった『夕陽にお留守番をさせる』という選択肢がどだい不可能な選択肢だと悟ってしまった。


「……まぁ、これも社会科見学だと思えばいい……のか?」


 とりあえず、着替えて飯作って支度をしよう。

 細かいことを考えるのはそれからでもいいだろうと楽観しながら彰二は欠伸を一つこぼした。

本日より、第2章「人の世界のオモテとウラ」のスタート。

光あれば闇あり、って色んなトコで聞いたり見掛けたりしますけど現実もまた然りっすよね。

笑ってる人もいれば、泣いている人もいる。

勝つ人もいれば、負ける人もいる。

ガルーダスパイン手に入って狂喜乱舞する人もいれば、タイタンボウ手に入れてガッカリする人もいる。

……そんなニュアンスがこもってるかもしれない第2章です。


次回更新は10月28日。

……あ、俺の誕生日の次の日じゃん。


では、待て次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ