第4章 陽はまた暮れる 《3》
「彼も律儀だねぇ。何も、わざわざこっちに来てまで遊びに来ることは無いだろうに」
「……そうね」
奈月町公民館の二階、夕焼けが眩しいベランダに並んだ霖と鏡子は公園でじゃれあう二人を見下ろしながらぼやく。
「それにしても、鏡花さんは結局僕らの方には何一つ連絡寄越さなかったんですね。個人的に、ちょっと会ってみたかったんですけど」
「……私の携帯に連絡はあったわよ。諸々の事後処理を全部お願いします、って。しかも留守電で。結局は“四ツ足”もどきで終わるわ、散々引っかきまわして勝手に暴れて帰って……迷惑以外の何物でもないっての」
「その割に、ちょっと嬉しそうだったりしません?」
「しない」
「はいはい」
怒らせると恐いというのは長い付き合いの上で承知しているので、霖もそれ以上は敢えて何も言わずそのまま視線を公園の方へと移す。遊具が点在する中、一切目もくれずに少女と少年は全力で走りまわっている。明らかに少女の方が有利だが、多少は加減してらしく見ている分にはいい勝負を繰り広げている。
「……またしばらくは通常業務で良さそうですね」
「そんな頻繁に出てこられても私がめんどくさい。この後だってまだ報告書とか色々あって死にそうなんだから」
「僕も手伝いますって」
「当たり前」
吸い終えた煙草を、日頃の鬱憤と今回の鬱憤とを込めながらサンダルで踏みつけると屋内へと戻っていく。めんどくさいとか言いながらしっかり仕事をこなすその姿勢は評価できるし尊敬だってしている。それを真正面から言おうが背後から言おうが受け流されるので張り合いがないけれど。
「おーい、君たちもあんまりはしゃぎ過ぎないようにね。ここが“タソガレ”だってことを忘れちゃダメだよ」
「うぉおおおおおおわあああああああああ了解ですぅううううううう!!」
「あっははは! まてまてエージ!」
加減、と言ってもそれは彼女の遊びの範疇からの加減であって、“カゲガミ”の血を多少引いているという程度の、あくまで普通の人間である彰二にとってはミサイルのような破壊力を持ったスズメバチに追いかけられているようなもの。それでも全力で付き合ってあげている律義さに苦笑しながら、霖は手にしていたマグカップの中身を飲み干す。
「エージと遊ぶのは楽しいな! エージ、これから毎日遊びに来てくれるよね?」
「こ、これを毎日か!? それじゃ、俺、近いうちに死ぬ……!?」
「にっひひ、つっかまっえ――たッ!」
彰二の足がもつれたのを好機と見、夕陽はジャングルジムを駆け上り中空から大の字になって彼の背中に飛び込む。少女とはいえ一人分の体重に加速が付けば、例え振り向きざまだったとしても受け止められるわけがなく。
「んのわああああああああああ!!」
「んん~! またまたまた夕陽の勝ちだな! エージももっと頑張れ!」
「うぐぅ……あ、明日から身体鍛えるか……その程度で意味があるのか分からんが……」
砂埃だらけになった体を起こし、その先で夕陽の天真爛漫な笑顔が飛び込んでくる。心の底から彰二戸の鬼ごっこを楽しんでいるその表情を見るだけで、今までの疲れが吹っ飛んでいくような気がする。……あくまで、気がする。
「あははは! 毎日エージと遊べて夕陽は幸せ! ずっと、ずっとずっと遊ぶんだぞ! 約束!」
「わ、わかったわかった。約束でも何でもするからさ、ちょちょ、ちょっと休ませて……」
“オニ”も、他に誰もいないそんな公園の真ん中で彰二は服が汚れようがお構いなしに仰向けに倒れ空を見上げる。
何処までも遠く、果てなく続いている黄昏色に染まった空。
いつまでも遊んでいたい、だけど、いつかは帰らなきゃいけない時間の色。
不思議な感情に挟まれながら、ふと彰二は馬乗りに圧し掛かっている夕陽の方に視線を動かす。
「……? どした、エージ?」
「いや……なんでもないよ」
とりあえず、終わったんだ。
何もかもが終わった今、ひとまず他の野暮なことは何も考えず、頭をからっぽにしてここにいる。無責任な気がしなくもないが、あとは全て時間が解決してくれるだろうと彰二は目を閉じた。
「……人間って、大変だよな」
あくまで他人事のように小さく呟いて、彰二はゆっくりと身体を起こした。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
本作のあとがきは……後日活動報告の方で軽く。
次回作で、お会いしましょう。
それでは。




