第4章 陽はまた暮れる 《2》
やや人目を避けながら、彰二たちは以前に須川がイジメられていた体育館裏に移動した。
「何かちょっと、今の気分だと嫌な場所になっちまったな」
イジメていた当人はそう言いながら腰を下ろし、彰二もその隣に座る。校舎から離れている所為で、昼休み特有の喧騒がとても遠くに感じる。互いに座ったもののしばらくは無言で、時折鳥の声が聞こえる程度。先に口を開いたのは古島だった。
「……まぁ、その、なんだ。お前だって誰かが羨ましいとかそういうのはあるよな」
「そりゃ、な」
誰しも、一度は抱くであろう“嫉妬”という感情。一切嫉妬を覚えないなんて人間は世界中探したっていないだろう。少なくとも自分という存在以上の人間は必ず存在する。それが例えば体格であったり、頭脳や性格であったりスキルであったり。二つのモノを比べるともなれば、そこには何かしらの格差が生じるもの。今まで一度もアイスの当たりを引けず、目の前で他の友人が当たりの棒を空に掲げるあの瞬間、その強運を何度羨んだことか。
「でさ、それが原因でまぁ……あぁなっちゃったわけで、さ」
「……」
彰二の無言をどう取ったのか、古島は自嘲するような弱い笑みを浮かべる。
「流石に、引くよな?」
「まぁ、別に。お前にもお前なりに事情があったんだろ? ……で、もうそれを止めるつもり……なんだよな?」
古島の内情というか、事情に関して彰二はその身を以てして知ってしまっている。その嫉妬の理由も矛先も何もかも。彰二としては、彼の知らないところで全て見ていたという事実に後ろめたさを感じていて普段のように接することが出来ない。もっと軽くあしらってくれるのかと思っていた古島は目を丸くさせて彰二の方を覗きこんできた。
「……お、お前仄宮でいいんだよな? 何か、態度とかそういうのが別人みたいだぜ?」
「お、お前だって何か変わりまくってる気がするぞ。この前は取り付く島も気配も無かったってのに、何か嫌に明るいというか」
「それは、んー……これ言うと笑われる気がするんだよなぁ」
「なんだよ」
「……夢、見たような気がして」
「夢?」
「そうそう」
視線はそっぽを向いたまま、古島は何処か遠い所に言葉を馳せるようにしながらぼそぼそと呟き始める。
「こう……何て言うのかな。夢の中の俺はな、自分の感情が止まらなくなってバケモノに変わっちゃうんだ。真っ黒い感じの。あ、厨二どうのこうのじゃなくてだな」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、彰二の脳裏に“タソガレ”の中を駆ける“四ツ足”の姿が過ぎる。まさか覚えているのだろうか、とハラハラしながら次の言葉を待つ。
「むしゃくしゃしてやったとかいう言葉に凄い共感を覚えたのはこれが初めてだよ。バケモノになった俺はさ、この街の中を延々と走り続けるんだ。誰もいないから走り放題、何を壊そうがお構い無し。いくら走っても疲れることも無くて、何かもうとにかく走ってた。……で、誰もいないと思ってた所に……」
「……誰かいたのか?」
「なんつーんだろな……黒っぽい影みたいなのに追われてたんだよ。それも凄い速さの。バケモノになった俺も普通の身体じゃ出せないような速度出してたんだけど、普通に追いついてきてさ。まぁ、簡単に言うと夢の中で“鬼ごっこ”状態になってたわけよ」
「……お、おう」
古島からしてみれば滑稽な夢の話を駄弁っているに過ぎないのだろうが、それがほぼ現実として成り立っていたことを、それを目の当たりにしあまつさえ解決までの顛末を見届けている彰二としては胸をざわつかせて落ち着かない。
「ほら、追われる夢を見てるヤツってつまり後ろめたさがあるって言うじゃん。正しくその通りな俺は、かといって正面から刃向かうわけにもいかなくて逃げたんだ。街中を走り回って、屋根とか飛び乗って、時々その黒いヤツが追い付きそうになった時には体当たりだとか攻撃をしたりするんだよ。そこだけすげぇ迫力でさ、ちょっとしたゲームのシーンみたいで」
その迫力満点の戦闘シーンもばっちり見ていたし、お前にも追いかけられたりしたんだよ。……と、口が裂けても言えるわけがなく、彰二はただただ気のない笑いを浮かべようとして口の端が引き攣る。
「で、だ……最後はどうなったと思う?」
「……その、黒いヤツに掴まったのか?」
「掴まった……や、掴まりに行ったんだ。俺がさ」
「そりゃまた……どうして?」
「…………そこは、ちょっと俺にも分からなくて」
「おいおい、そこが肝心なトコロじゃないのかよ」
ひ弱な笑みを浮かべる古島の脇を小突くと、何故か彼はフッと真顔を浮かべて彰二の方に向き直った。
「身体が勝手に動いた……というか、夢の中だとそこから先は身体の感覚が無くなってたというか……俺の意思で動いてたって感じじゃなかったんだ。勝手に動いてる最中、頭の中には色んな人の声が聞こえてた」
「……声?」
「はっきりと何かを言ってる声ってんじゃなくて……何だろ、環境音みたいに自然に流れてくる感じの声だよ。誰かの話声とか、笑い声とかそんなの。別に俺を引き止めようとするようなちゃんとした言葉じゃないんだ。……お前とか須川とかがさ、笑ってたり怒られたりしてる声とか」
十中八九俺が後者だよなぁ……と邪推しながら彰二はそのまま古島の言葉の続きを待つ。
「その声が、物凄く胸を締め付けるんだよ。ちょっと前まで知ってた日常というか温かさというか……そういうの? 俺は、自分で捨ててたようなもんだったから」
「……」
「で、夢は黒い影に掴まって……終わり。目が覚めたらビビったよ。寝坊なんて今まで一度もしたことないのに、今日に限って起きたのは11時ちょっと前。起こしてくれたって良かったろうに、とっくに出かけたと思われてたとさ」
そう言うと古島は徐に立ち上がってズボンについたホコリをぱたぱたと叩いて落とす。見上げた彼の背中は、何となく寂しそうでほんの少し小さく見える。
「ちょっとスッキリした。変な話聞かせて悪かったな。今度何か奢るわ」
「まぁ、期待しとく」
「……じゃ、俺はアイツに謝りに行ってくるわ」
そんな背中がさらに小さくなるのを見送りながら彰二はぼんやりと空を見上げる。
ひとまずの、終わり。
もうこれ以上彰二に出来ることは何も無く、気になったのであれば事の顛末をそこはかとない場所から傍観すればそれでいい。
気が抜けた彰二は体育倉庫にもたれ掛かって小さな溜息を吐く。何もかも、めでたしめでたし。
「エージ!」
「…………ッあ」
一つ、大事なことを忘れていた。
ギリッギリで今月中に終わりそうです。
というか、終わります。
遅れに遅れた新作もそろそろ公開せねば……
次回、ラストとなります。
あとがき……は、書くか書かないかでちょっと悩んでます。
3月31日、更新。
では、待て次回。




