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タソガレ/ちぇいさー!  作者: 夜斗
第3章 四ツ足ノ足音
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第3章 四ツ足ノ足音 《5》

 何時からだったか、もうその記憶は遥か遠くに行ってしまってもう覚えていない。

 ただ、やることは児戯に等しくシンプルなモノだ。

 “迫鬼”を見つければ、指を差して高らかに号令を上げる。


「鬼さん、みーつけた」


 その一言は“鬼”からしてみれば一方的な死刑宣告だ。

 恐怖に怯え外に向かって逃げるか、理不尽な宣誓に怒りを覚え刃向かうかの二択しか道が無くなる。その割合はちょうど半々と言ったところ。目の前の鬼は――後者だった。唾液に塗れた牙を見せながら轟々と街を震わさんばかりの唸り声を上げ、塀の上で見下ろしていた彼女を威嚇している。


「ま、私はこっちの方が楽しいから好きだけど」


 逃げる背中を蹴っ飛ばすより、刃向かってくるヤツをコテンパンにする方がずっと楽しい。路地に舞い降り、向かってくる“鬼”を往なし、蹴飛ばし、へし折り、潰して叩き付ける。数分と経たないうちに“鬼”は黒い煙となって霧散し何処かへと消えていく。服についたホコリを払いながら彼女は他の鬼を探すべく民家の屋根の上に飛び乗る。


「……」


 寂しげなオレンジ色一色に染まった町を見ながら彼女はふぅと溜息を吐く。

 決して、今の生き方に不平や不満があるわけではない。

 人を脅かす存在である“迫鬼”を見つけ討伐すること自体は決してつまらなくはないし個人的に言ってしまえば楽しい。楽しいのだが、こうも長い間張り合いが無いと退屈になってくる。立場上、言ってしまうとかなり不謹慎だがもっと強い鬼がのさばってくれた方がもっと嬉しい。


「グガァアアアアアアアアアアアッ!!」


 また遠くから“鬼”の声が響く。

 彼女は声の方向にくるりと身体を向け屋根瓦を吹き飛ばしながら上空へと飛翔する。物探しは高い所から。武術や諸々を教わった師匠の言葉に則り空へと飛び上がり、見つける。


「もうこのままやっちゃいましょうか」


 着地してから宣誓するのがめんどくさくなった彼女はそのまま身体をくるりと回転させながら“鬼”に向かって急降下。


「鬼さん、みっ――つけッ――たぁッ!!」


 年甲斐もなく声を張り上げながら神速の踵落としを決め断末魔を上げる間もなく“鬼”を数十メートル横っ跳びさせる。ごろごろと転がって、転がり続けてそのまま霧散してしまい予想以上の呆気なさに彼女は大きな溜息を吐いた。


「なんだかなぁ……」


 “カゲガミ”同士で競争するわけもなし、いくら“鬼”を見つけて叩いたところで得も無ければ損も無い。別に何かを求めているわけではないのに、胸の内にはいつの間にかぽっかりと虚ろな気持ちが浮かんでいた。


「……外の世界、か」


 ふと、彼女は“鬼”たちが目指す先――この“タソガレ”と外の世界との境界となっている場所に視線を映す。それまでほとんど興味の無かった外の世界に無性に惹かれている。

 何故?

 それは全てこの退屈の所為。

 そして彼女は、ほんの気まぐれに鳥居を目指して夜龍山を訪れた。空を飛んだ時、視界の端に映った小さな社が気になって、麓にある大きな社ではなく山の頂上を目指した。途中で、六つ並んだ鳥居を見つけ足を止める。


「……ふぅん」


 特別な気配や雰囲気といったものは感じられない。

 ただくすんだ色の鳥居が等間隔で六つ並んでいるだけでそれ以外に目立つ物も何も無い。普通の人間であれば何か神秘的な何かを感じるかもしれないが、彼女自身としては何だか寂れてるわねぇ程度の感慨しか浮かばない。

 期待外れ、というほど何かを期待してたわけではなかったので彼女はクルリと踵を返して――人影を見つけて足を止めた。


「……?」


 野放図に跳ね回るボサボサの髪が目立つ黒い影は何やら慌てた様子で鳥居を一気にくぐり崩れかけた石段を二段飛ばしながら駆け上がっていく。他に特筆するようなことも無かったのだが、彼女は何となくその影が気になって足を延ばしてみた。

 一つ、二つ。

 三つ、四つ。

 五つ、六つ目をくぐった瞬間不意に強い風が吹き彼女の髪をふわりと舞い上げる。乱れた髪を直しながら石段を上り続け、やがて彼女は空から見つけた小さな社に辿りついた。


「…………不思議な、場所ねぇ」


 境内に一歩踏み込んだ途端、それまで何も感じなかったのに自分でも出所の分からない感情がふんわりと胸の内から湧き起こりそんな呟きが無意識のうちに漏れ出てしまった。

 社が特別に綺麗だとかそういうことは一切無い。むしろ、手入れなんぞ行き届いてなどおらず屋根瓦が剥がれていたり、賽銭箱の字が消えかかっていたりと相当な年季を感じさせる。それは同時に、ここに参拝する人間が全然来ていないということも意味する。コツ、コツ、と石畳の上を音を立てて歩いていると――木々の隙間がぽっかりと空いた見晴らしのいい場所を見つけた。ここからなら奈月町から隣町に掛かる鉄橋まで一望できる。普段見下ろしている景色が、地に足を付けている所為か普段より新鮮に見える。


「お、おぉ!? 君、何時の間にこの場所に? つか、何て格好してるんだい……!」

「……あら?」


 そんな素っ頓狂な声が聞こえたかと思い振り返ってみれば、そこには見知らぬ男が驚きに顔を歪ませ彼女を指差している。この時、彼女は首を傾げる。


「……あなた、私が見えてるの? というか、どうして色がついてるのかしら?」

「ふっつーに絶世の美女が見えてるし、色が……ついてる? そりゃ、普通服には色があるでしょ。君のその……チャイナちっくな衣装だって」

「そうじゃないのよ、えっと……」


 そしてよく見れば、彼の表情もくっきりと見えていることに気付き徐々に言葉が減っていく。目の前には“影”ではない人間がいて、黒い人影ではなくきっちり彩色されたアロハシャツなんて着ていて、そして――ゆっくりと太陽が沈んでいく様を見て彼女は確信した。……同時に『やらかしたなぁ』と心の中で舌を出す。


「なぁ、よかったら名前聞いてもいいか? 俺は影次って言うんだけどさ」

「……鏡花、だけど」


 名乗っている場合じゃないのだけれど――と言いかけた鏡花の肩を、影次はがっしと燃えるような眼差しでまっすぐに見上げた。


「俺と、付き合ってくれ! 一目惚れだ!」

「へ……? あの、えっと……」


 今まで退屈過ぎて枯れかけていた鏡花にとって、このアクシデントも含め怒涛の奇異の訪れは自分の犯したタブーをすっかり忘れさせるほどの衝撃だった。

 あぁ、こっちの方が面白いかも。

 鏡花は久々に――笑った。


「……えぇ、わかりました。お付き合いいたします」

「ほ……ホントに!? よ、よっしゃあああああああ!!」


 狂喜乱舞し兼ねない勢いの影次は鏡花の腕を引っ張って石段を駆け下りていく。

 何処に連れていってくれるのか。

 何をしてくれるのか。

 ……というのも、この時の鏡花は「付き合う」の意味すら知らなかったのだが。


 ※


 それからは目まぐるしく月日が過ぎ去り、気が付けばお腹の中には子供が出来ていて、ご近所付き合いの中で『仄宮鏡花』という人間がしっかり出来上がっていた。妊娠四カ月ほど経過した頃、郵便受けの中に黒い封筒を見つけ封を開く。


「あら……」


 封筒の中には一枚の紙切れ。

 そこには自分の書く字とよく似た字で「召喚状」と、それから何やら小言がいくつか記されていた。あまりにも外の世界が楽し過ぎてすっかり忘れていた自分の本業。それと、やっちゃったタブーを思い出して冷や汗が一滴だけ滑り落ちる。


「どうしたー、鏡花サン?」

「え? えぇ、っと……うぅん、何でもないのよぉ」

「……また真っ黒な封筒だな。不幸の手紙って、そういや昔流行ったっけなぁ。俺は貰う側だったけど鼻紙にしちゃってたよ。ハハハ」


 事情を知る由も無い影次はケラケラ笑いながら厨房の方へと戻っていく。

 どうしようかと思って、悩んだ挙句――とりあえず、妹にだけ顔を出しに行くことにした。紙切れによれば、例の神社に迎えに来てくれるとのことだった。仕込やら何やらを手伝い、そして影次に「ちょっとだけ出かけてくるわね」と一言告げてから、鏡花はつっかけサンダルにエプロンという出で立ちで夜龍山の頂上へパタパタと駆けていった。


「ずいぶんと、所帯染みた格好になってるのね」

「そりゃ所帯を持ったんですもの。当然でしょ」


 賽銭箱の前で仁王立ちする――自分の記憶と違わぬ妹の姿を見つけ、鏡花はほんの少し懐かしい気持ちに包まれながら笑んで返す。その能天気な態度に鏡子は心底めんどくさそうに溜息を吐く。


「仕事ほっぽり出して馬鹿なコトしてないで、早く帰ってきなよ。おかげでここ最近無駄な事件が増え過ぎてて困ってるんだ。私が荒事嫌いなの知ってるでしょ。最強の姉さんが仕事しないでどうするの」

「……私ねぇ、カゲガミ飽きちゃった」

「は、はぁ……!?」


 そんな声を上げるのも無理はないか、と苦笑しながら鏡花は続ける。


「だって、こっちの生活の方がよっぽど楽しいもの。この世界を見て御覧なさいな。温かくもある、寒くもある。人は形がちゃんとあって、何かがあれば笑うし泣くし怒るし喜ぶし、匂いだって風だって何だって。あっちの世界じゃ手に入らない素敵なもので溢れているのよ? こんなの知っちゃったら……戻れるわけないじゃない」

「冗談でも笑えないわよ! アンタ……戻るつもりないっての!?」

「今は無い……かなぁ。今までが今までだったから、戦う事が野暮に思えてしょうがないの。というか、もう鬼ごっこ(、、、、)って歳でもないでしょう?」

「歳も何も無いアンタのいう言葉じゃない!」

「もぅ、聞き分けのない妹だこと」

「勝手過ぎる姉に言われたくないわよ!」


 激昂する鏡子を言いくるめることは無理だと判断した鏡花は何を言うでもなく踵を返し石段を降りる。


「ごめんねぇ。私はもう少しこっちに居たいから。何かあれば報せて頂戴よ。そうしたら、その時だけ帰ってくるから」

「……」


 我儘なのは重々承知してる。

 だけど、今戻りたいと思うほどあっちの世界に焦がれてるわけも無し、今はお腹にも子供がいるわけで。


「あ、そうそう。私いま子供もいるし戦うなんて無理無理……あら」


 振り返っても、既に鏡子の姿は忽然と消えてしまっていた。

次のお話で彰二君のツッコミが入ります。

……今日はめちゃくちゃ温かかったなぁ。


次回更新は2月3日。

では、待て次回。

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