表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タソガレ/ちぇいさー!  作者: 夜斗
第1章 鬼とパンツと猫耳少女
2/30

第1章 鬼とパンツと猫耳少女 《1》

 放課後のチャイム。

 それは、勉学という名の重苦しい鎖から解き放たれ、青き春を謳歌すべき生徒たちのために鳴り響く大いなる福音。


「あー彰二ちょうどいいところに! 今日の清掃担当変わってくれよ、どうせ暇だろ? 暇すぎて清掃頑張っちゃう系男子だろ? 俺さー、今から陸上部の先輩と一緒に合コン行かなきゃなんねぇんだ。お前だって掃除と女の子ってなったら当然女の子を取るよな? お、そんな反吐が出そうなほどの満面な笑みで引き受けてくれるか、いやぁありがとう! お土産話は耳にタコが出来るまでたっぷり聞かせてやるから楽しみにしてろよな? じゃ、アデュー!」

「あんのアホがぁあああああああああああああ!!??」


 行き場のない怒りを込めたモップが放物線を描きバケツへとホールインワン。中身の汚水が縦横無尽に跳ねまわり、たまたま近くを通りがかった校長先生の足元にべっちゃり。直後、彰二の頭上に霹靂が響き渡った。彼の目尻に、しょっぱい雫がひとつふたつ。


「……ったく、ツイてないなぁ」


 怒号を受けてヒリヒリする耳を抑えながら、仄宮彰二ホノミヤ エイジは廊下に飛び跳ねた水をモップで恨みがましく擦っていた。

 清掃担当を変わってくれと友人に頼まれたのはこれで何度目だっただろうか。

 彰二が入学式を終え、クラスが決まってから今日に至るまでずーっと言われているような気さえしてくるのは気のせい……じゃない、全て事実だ。

 世には天を仰いで嘆きたいほどに不幸な人物というものがいるが彰二もそれとほぼ同類の人物だった。少なくとも日に十回以上は不幸な目に合っている。特に今日は朝から酷かった。

 朝食からは謎の触手が生えていて、母親はそれを笑顔で「はい、召し上がれ」と語尾にハートマークが付くような愛らしい言葉で彰二を脅し、どうにか処理して玄関を出れば新人の新聞配達人に頭突きを喰らい、そして後ろから忘れ物を届けてくれるはずの母親からドロップキックを貰い(本人は事故と主張している)、若干曲がった腰骨を抑えながら歩いていれば近所の小学生に笑われながら指差され、注意しようかと思えば鼻先に4トントラックがかすめるという奇跡(悪い意味で)。その後も野良猫に集られる、他校の生徒にアイスクリームをぶつけられる、絶滅危惧種と思っていたヤンキーからの鋭いメンチビーム……などなどなど。学校の門をくぐる前に死ぬんじゃないかという体験を彰二はほぼ毎日繰り返していた。

 不幸体質。

 そんな、一部の界隈ではありきたりな四文字は仄宮彰二という人間性を十二分に表現してしまっていた。生まれてこの方、不幸な目に遭わなかったという日は一度も無かったように思える。母の話では難産だったとか言う話だし、ぶっちゃけ生まれた瞬間から不幸である。


「はい、廊下の掃除終わり! ……で、まだ教室が残ってるわけで」

「あ……ほ、ほのみ」

「あぁッ!? 誰がアホの仄宮だ!? ……ってあ、おあぁああ!? あ、あああ、朝月紫苑さん!? 何故ここに!?」

「そんな、なにもフルネームで呼ばなくても……」


 教室掃除に無理やり精を出そうとした彰二に声を掛けたのは、同じクラスの朝月紫苑アサヅキ シオンだった。ふんわりとウェーブの掛かったセミロングの髪に慈母のような天使のようなおっとりとした柔らかな瞳。ちょっぴり猫背気味なのだが、それがまるで小動物かのような愛らしさを醸し出していて思わず『守ってあげてぇ!』と男子諸君は無性に使命感を駆り立てられる。特別目立つ風貌というわけではないのだが、例えるのであれば野に咲く一輪の白百合のように可憐なクラスのヒロイン的存在。緊張のあまり、彰二は思わずモップの動きを三倍に高速化させてしまっていた。


「ど、どどっしたっすすすか朝月さん? あの、俺みたいなアンラッキーの塊みたいな屑になな、にゃにゃにゃに」

「ふふ、また変なこと言ってる。私はただ……その、掃除のお手伝いに来ただけだよ?」

「い、いやそんな! 担当でもない朝月さんが掃除なんかしなくても! 俺一人で何とか出来ますし、むしろ俺と一緒にいると嫌ぁな目に遭っちゃいますよ!」

「……そんなこと、一度もないけど?」


 そんな言葉を上目遣いに、か細い声で囁かれ彰二の心臓が血液でビートを刻み始める。

 潤んだ瞳、薄く桃色に染まった瑞々しい唇。胸の前で両手を組んでいながら、若干はみ出るほど豊かな胸部装甲。彰二の脳内における彼女にしたい女子ランキングぶっちぎりに不動の一位。予期せぬ事態に、そろそろ自分でも思ってもないようなアホな発言が飛び出しそうである。


「じゃあ、私が黒板の方やるから」

「お、俺ちょっとゴミ箱に入ってくる!」

「……へ?」

「あああああああちちち、違う!! いや、そのあの! 俺が、ゴミ箱を、持っていくから! だから、その…………お手伝い、感謝致しますで御座候」

「仄宮君、言葉遣いめちゃくちゃになってるよ? ふふふ」


 クラス一可愛い女子が微笑む、イコール女神の微笑み。

 彰二に降りかかっていた今日一日分の不幸が、そんな紫苑の微笑みひとつで全てふっ飛んでいく。実際、思春期男子の人生なんてそんなもん。

 そして意図せず始まった二人っきりの清掃作業。

 何か意味ありげにほんのりと頬を染める紫苑に、顔からフレアが出かかってる彰二の真っ赤な顔。残念ながらその表情は交差せず、傍から見たらなかなかにじれったい数十秒。


「い、いやぁ朝月さんに掃除手伝ってもらえて嬉しいっす! 光栄っす! 恐悦至極っす! そりゃもう明日には死んじゃいそうなくらい!」

「そんな、それじゃ私の所為で仄宮君が死んだみたいで何か嫌だなぁ」

「お、俺は本望ですます!」

「もー、そうじゃなくて」


 若干困ったように眉根を寄せる紫苑。そんな些細な仕草も非常に可愛らしく、窓から差し込んだ夕焼けが神々しく彼女を包みこんでいる。九月の爽やかな風がふわりと彼女の髪を揺らし、何だか告白のワンシーンのようにさえ見える。あくまで、見えるだけ。こんな不幸な自分にそんなチャンスが巡ってくるわけも無し、そんな自分に彼女が惹かれるなんて露にも思っていない。彰二としては、それを夢見ることすら禁忌に思えてならなかった。


「仄宮君はいつも元気だよね。明るくてさ、面白くって……眩しくって」

「そ、そう? こういうのは元気とか明るいって言わないで、煩いだとか鬱陶しいとかって言う気がするけど」

「元気で明るいってとっても素敵で全然悪いことじゃないでしょ? 私はこんなだし、ちょっと羨ましいなって思って」

「大袈裟だよ。これくらいやろうと思えば誰だって出来るし、朝月さんだってこう……俺みたいに頭空っぽにすれば……」

「空っぽにすれば?」


 そう言って、彰二は頭の中で馬鹿騒ぎする紫苑の姿を想像しようとして――全然想像出来ず、脳天からもこもこと黒煙が浮かんでいく。


「だ、駄目だダメダメ! 俺みたいになるとかとんでもない! 朝月さんの清らかな雰囲気をぶち壊しちゃう!?」

「ふふ、仄宮君は昔から変わらないなぁ」


 彰二のお馬鹿な言動に、紫苑は何故かシニカルに微笑む。憂いを帯びた紫苑の横顔は彰二の低スペックな頭では言い表せないような寂しげな色香が漂っていた。そして彰二は、申し訳なさそうに頬を指でかく。

 彰二と紫苑は幼馴染……らしい。

 らしい、というのは彰二はそんな記憶がこれっぽっちも残っていないからだ。幼稚園や小学校が一緒だったのは卒業アルバムの類を見れば判るのだが、当の本人は迫りくる怒涛の不幸イベントの所為で甘酸っぱい思い出なんて欠片も記憶していなかった。話した覚えはないし、話しかけられた記憶もないような、ないような……どう思い出そうとしても結局出てこない。


「……私も、そうなりたいんだけどな」

「え、なんで? もしかして何か……悩みとか?」

「うぅん、そんなんじゃ……ないんだけど」

「紫苑ちゃーん、どこー? こっちも終わったからそろそろ帰ろーよー」


 外からそんな声が聞こえてきて「うん、今行くから」と手短に返事をすると、紫苑は清掃用具をロッカーにしまい、教室を出る前に一度彰二の方を振り返った。


「ごめんなさい、私もう行かなきゃ。じゃあ、また……ね?」


 彼女の後ろ髪が見えなくなるまで見送り、彰二はほぅっと緩い溜息を吐いた。


「朝月さん、マぁジで可愛いよなぁ……」


 ひらひらっと手を振って消えていった彼女の後ろ髪に見惚れるあまり、彰二は足元のバケツに躓き、二人の共同作業で磨いたばかりの床に汚水をありったけぶちまけてしまった。

初めましての方、初めまして。

そうじゃない人、こんばんは。


本日より新作『タソガレ/ちぇいさー』が始まります。

今までのどのお話よりも明るく、おちゃらけていてガラッと雰囲気が変わっております。

自分でも、ちょっと意外なくらいには(笑)


次回更新は来週の火曜日こと9月23日の22時に。

感想やコメントなど、些細なツッコミでも何でもいつでもお気軽にどうぞ。

今作も、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


では、待て次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ