表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タソガレ/ちぇいさー!  作者: 夜斗
第3章 四ツ足ノ足音
19/30

第3章 四ツ足ノ足音 《3》

 イジメ、というものはどういう状況で起こり得るのかというのを考えたことがあるだろうか。

 彰二も幼少から色々と不幸ではあったものの、それこそ不幸中の幸いとでも言うべきか“イジメ”という類のことに巻き込まれたことは無かった。


「……」


 彰二自体は巻き込まれなかった。

 だが、今まで一度も現場を見なかったかと言えばノーだ。小学校の頃もイジメというにはあまりにも幼稚な出来事はあったし、中学では歳に見合わないような女子のドロドロとした争いを目の当たりにしたことだってある。基本的に、当事者でなければ他人事と一線を画して距離を取るのが普通。イジメられている人と、イジメている人は、自分には無関係。仮にイジメられているのが友人だったとしても、巻き込まれるのを嫌って距離を開けるのではないだろうか。

 仮に、友人がイジメられていたのを見て自分の正義感を全開にして行動したとする。それで運良く解決に導けたとした場合、イジメをしていた側の人間の矛先が何処に向くかというのはもはや語るべくも無し。そうしてまた新しいイジメが始まって、誰かが手を伸ばせばその人に、誰の手も述べられなければ、ロクな結末を迎えない。それが、たぶん、普通の“イジメ”の問題だろう。

 ただ、今回はそれとは少し違う雰囲気があった。


「事情が事情とはいえ……やっぱり、何か嫌な気分になるよな」


 古島の表情の真意。

 それを知るべく、彰二は“タソガレ”の世界に立っていた。理由は至極単純、古島の心を覗くためだ。この“タソガレ”という世界には、現実世界を生きる人の影が浮かび上がる世界。浮かび上がった影は、元の人間の負の感情を具現化させてこの世界を歩いている。妬み、嘲り、現実の世界では滅多に表に出さない暗い感情。それを垣間見れる、今の彰二にのみ許された一種の特権とも言える。ただ、彰二の表情は重い。言ってしまえば相手のプライベート、隠したい事を自分から覗きに行くのと同じだ。人の心の分かる人間になれ、という何処かの誰かの格言は今の彰二にはちっとも共感できなかった。その場の空気読める程度の人間になれりゃそれで十分。そんなことを考えつつ、彰二は影の集団を追い越しながら消えた古島の影を探す。


「……ったく、なんか納得いかねぇよなぁ」


 と、不意に聞こえた荒い声に足が止まる。

 声の方に視線を動かすと彰二と同じ高校の制服の男子の影が二人並んで歩いていた。組章が彰二と同じ学年、一年生だ。


「ここ最近アイツ調子乗ってる感あるよなぁ。見た目あんなんなくせに順風満帆ってか」

「ちっくしょー。しかも成績まで上がってきてるし……なんかなぁ」


 その二人に浮かんでいる色は“嫉妬”だ。

 誰かの成功を妬んでいる、羨んでいる。

 そして、どうもその対象とやらが心底気に入らないらしい。二人の言葉からして、自分よりも格下と見ている人間に対する反応だ。彰二は意味が無いとは思いつつも何となく電柱の陰から二人の様子を見つめていた。


「……所謂、高校デビューってヤツ? 中学の時ってなんかパッとしなかったよアイツ。高校入ってっからじゃん」

「彼女なぁ……アイツに出来るんだから俺たちにだって……はぁ」


 二人が同タイミングで肩を落としてため息。そういう気持ちは分からんでもないとその後を追いかけながら

彰二も頷く。して、その肝心のアイツとは誰なのだろうか。ここまで耳に入ってしまうと気になってしまう。


「須川のヤツ……羨ましいよなぁ」

「そうか、須川が…………………………な、なにッ?」


 予想もしなかった名前が飛び出し思わず彰二は電柱から身体を乗り出し二人の話に前のめりになる。

 あの須川が?

 眼鏡で背も小さくて、ぶっちゃけて言わずもがな地味系男子のアイツが? ちょっと信じられない。


「世の中不公平だっての。あんなモブっぽいヤツに彼女出来て俺らに出来ないってのはちょっと納得いかねぇって」

「そうだそうだ、チャンスは平等に振り撒いてほしいもんだ。そんなんだから人口減少だの少子高齢化だの……ぶつくさ」


 お前らの会話の方がよっぽどモブっぽい、と突っ込んでも無駄か。

 しかし、その会話のお陰で一つわかったことがある。

 この前見掛けた時に一緒にいたあの女子、あれが須川の彼女なのだろう。……もうちょっとよく見ておくべきだった。見た目を一切覚えてないぞ。


「だからってよ、お前もあんな風になるんじゃねえぞ」

「そこまで落ちぶれねえよ。でもあれはぁ……なぁ?」

「……あんな風、か」


 その言葉の行き着く先は何となく彰二は察しがついていた。恐らく、須川の友人である古島のことだろう。仲の良い友人だった彼が、急に転じてイジメする側に。何があったのかは今もまだ分からない。それを知るためにここに来たのだが、思わぬところで手掛かりが飛び込んできた。

 何か他に手がかりになるような話は――と、続きを期待したところで二人は道を違えて分かれていってしまった。どちらかを追い掛けようか、とも思ったが独り言を期待するわけもなく彰二は途中で足を止めた。


「……」


 徐々に見えつつある全容。

 恐らく古島も彼らと同じように“嫉妬”の念を抱いているに違いない。ただ、それだけでイジメに発展するのかというと、それはそれでおかしな気もする。まだ、何か知らない部分、古島だけが抱えているような部分があるのだろう。それを知るためにも今は急がないと。彰二は思い切って進路を変え、もう一度学校方面に向かおうとして――ドスン、という大きな地響きが背後から響いてきて足を止める。


「…………夕陽、何処行ったんだよぉおおおお!?」

「ゴルルルァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 背後から異臭を放ちながら聞こえてくる荒い息使いは言わずもがな、この世界にだけ現れる“迫鬼”。何処から飛び出してきたのか脈絡も何も無い“鬼”のダイナミックエントリーに、彰二は靴を滑らせながら全力疾走する。路地は広く、隠れるような場所も細い抜け道のようなものもない。戦闘力も夕陽に比べたら雀の涙ほどにだって無い彰二に勝ち目などなく、本来であればそれを討伐するのが仕事の夕陽も何処へ行ったのやら姿も見せず。結論から言ってしまえば彰二は“鬼”の気が反れるまでの地獄のマラソンをおっぱじめる羽目に。体育の成績は3、全力での長距離走に自信は無い。十分にも満たない時間の間で彰二の体力に限界が訪れ、そして徐々に息遣いが接近してくる。可愛い女の子だったらどれだけ嬉しいことか。いやアレが仮に女の子でしたとかカミングアウトされても嬉しくないが。


「うぉおおおおああああああああああああああ…………あっ、だぁ!?」


 疲れも加わって足がもつれ、マヌケなことに彰二は何も無いコンクリートの道で派手に転んでしまった。ドジっ子属性を備えたつもりではないのだが、こういうところで不幸に見舞われるのが彰二のスペック。這ってでも前に出ようとする彰二を嘲笑うかのように、目の前にその巨体がコンクリートを散らしながら立ちはだかる。ぎらついた眼に轟々と唸るような息吹。何度見ても怖気の走るその巨躯から勝鬨のような大声を張り上げる。二度目の絶対絶命。空を見上げてもパンツのパの字もない。完全に、詰みだ。

 そう思っていた彰二の視線の端、数十メートル先の電柱の上に小さな影を見つけた。形こそ人型だが夕焼けの所為ではっきりと姿は窺えない。ただ、それがこちらを見つめているというのは何となく感じられた。呆ける彰二を他所に“鬼”が腕を振り上げ――叩き付ける。硬いコンクリートをズタズタに砕いていく様を、彰二は何故か近くで二つ並んでいた自動販売機の上で傍観していた。


「……え? あ、あれ!? 何で俺こんなとこに!?」


 戸惑う彰二と同様に件の“鬼”もキョロキョロと辺りを見回し、そして自販機の上の彰二を見て軽く動揺していた。獲物が瞬時に消え、そして目の前にまた別の見知らぬ人間が立っていれば誰だって狼狽えるだろう。そこに人も“鬼”もない。気を取り直し、彰二は新たに現れた人物に視線を動かす。その人物は女性……と、思われた。


「……?」


 拳闘着、と言えばいいのだろうか。カンフー映画の中国人が着てそうな少々ゆったりとした袖に、艶やかな刺繍の施された衣服。胸の辺りがはち切れんばかりに出っ張っていて、長い髪は後ろでひと括りにまとめられ腰元あたりまで垂らしている。そして極めつけに、顔には目も鼻も口もない不気味な仮面をつけていた。敵か、味方か。状況が状況で判断できず、彰二は二人を交互に見比べながら固唾を飲む。ピリピリと頬が痺れてくる。お互いの気迫のようなものがぶつかってこっちにまで飛び火している。

 先に動いたのは、“鬼”だった。


「ゴァアアアアアアアアッ!!」


 長くもなく短くもない咆哮。それと同時に女性に向かって巨木のような腕で掴みかかる。指先が仮面に触れるか触れないかの所で彼女の姿が消える。空を掴んだ“鬼”も彰二も彼女の姿を探し――“鬼”の身体が一直線に吹き飛ぶ。勢いを乗せたまま二度三度と地面にバウンドしながら遠くに転がっていく様に彰二は言葉を失い、そして今しがた吹き飛ばしたであろう彼女に視線を戻す。ビシッ、と伸ばした右掌。中国拳法の構えのようなポーズから腕や足をゆったりと動かしまた別の構えを取る。完全に格闘技の世界に生きているような女性は大きく息を吸い込んで息を整えている。やがて、吹き飛ばされた“鬼”が起き上がり、怒りに塗れた闘牛のような怒涛の剣幕で突進する。彰二ならチビってそうなシチュエーションにも拘わらず女性は至って冷静に見据え、やがて両腕を上下に構え“鬼”を真っ向から受け止めるように右足を開く。


「む、無理だろいくら何で」


 闘牛士だって赤い布で避けるのが精々で、真っ向から受け止めるなんて無謀。

 そんな彰二の懸念は僅か数秒の後に崩れ消えていく。

 “鬼”とかち合うその瞬間、彼女の腕がゆらりとスローモーションに動いたかと思うと“鬼”の進路が不意に急転し反対側の塀に思い切り頭から突っ込んでいった。完全に言葉を失い、果てはぽっかりと口を開ける始末。何が起こっているのか、何となくは分かったが目の当たりにするのは初めてだった。


「合気道……? いや、でも何でそんな技……?」


 合気道とは日本における武術のうちの一つで、専ら女性の護身術として有名な武術。

 体さばきに重きを置いており、体格や体力などに左右されず相手を制することを可能とし、相手を“倒す”という技ではなく“往なす”という技が多い。まさに『柔よく剛を制す』。彼女は相手の突進の勢いを逆手にとって壁面にぶつかるよう力の流れを最低限の力と動作で動かしたのだ。


「グゥ……ググル……!」

「……まだやるの? もう、勝てないっていい加減わかりなさいな」


 しかし“鬼”の闘志は未だ消えず、唸り声を上げながら彼女をじっと睨みつけている。

 いくらやっても、勝てない。

 素人の彰二が見ても二人の力量の差は歴然で、彼女が負ける姿が一切想像できない。


「まぁ……リハビリには、いいかしら」


 “鬼”が吠える。地面を蹴飛ばし、ドスドスと重厚な音を立てながら女性に向かっていく。また往なされるのがオチ。それを理解する知力は無いのだろう。

 件の女性は小さく肩を上下させ、そして次の瞬間“鬼”を飛び越えて電柱に片足を掛け、もう一度蹴っ飛ばして華麗に三角飛び。その一連の動きに既視感を覚え、彰二は目が離せなくなった。


「――崩 龍 鎚(ホウリュウツイ)


 “鬼”の額に流星のような速度の右足が炸裂し、ゴギッ、という嫌な音を十二分に響かせながらその身体が垂直落下。“鬼”の身体が地面を貫き、削岩機のように地盤を削りそして水道管にぶち当たったのか大きな水柱が上がる。それきり“鬼”は這い上がってくることもなく、周囲には激しく溢れる水の音だけが響いていた。


「……さて、と」


 呆気に取られていた彰二の方へ仮面の女性が身体を動かす。ぼんやりしてるわけにもいかず、慌てて自販機から飛び降り何となしに姿勢を正す。間近に見ると……彰二よりも若干背が高い。


「た、助けてくれてありが……?」


 お礼を言おうとする彰二に、何故か仮面の女性はクスクスと笑いだす。何か失礼なことをしただろうか。……まさか、ズボンのチャックが開いている? 一応確認したがセーフだった。


「あらあら、まだ分からない? えーちゃんが無事だから私はいいんだけど」

「……は? えーちゃん、って……まさ、か……!?」


 女性は彰二の前でゆっくりと仮面を外す。

 彰二の表情が見る見るうちに驚愕に染まっていく。


「積もる話もあるし、ちょっと場所変えましょうか?」


 そう言って女性――仄宮鏡花は小さくウインクしてから彰二の肩をポンと叩いた。

そういえば今年のおみくじは『控えめが良し』って感じの小吉でした。

だけど、俺が気に入ってる星座占いでは今年は大活躍がどうのこうの。

……さて、どっちでしょ?


次回更新は1月20日。

1月なんてあっという間っすね……あ、次の更新の時に活動報告書きます。


では、待て次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ