9.アドバンスド・クラフト『キャリーフライヤー』
9.アドバンスド・クラフト『キャリーフライヤー』
「ドクターは私とすめ……、セカンド、サードが追います!あのお侍さんはフォースとフィフスに一任します!」
01、つまり纏の指示にフォースとフィフスが了解と言いかけ、指示の内容に耳を疑った。フォース、つまり04は御深山であり、フィフス、つまり05は衙門だ。
「え、マジかや!」
「こいつと二人かよ!?」
面体越しでも分かるほどの二人の露骨な不満を、01はぴしゃりと遮った。
「追いかけるのが第一です!セカンド!」
01の指示に02、つまり住良木が左腕の装置ブロー・コーラーに声を発する。
「来い、ビッグブロー!」
01は彼の理解の速さに満足し、ちらりとイゴロクを見た。そこで彼女は目を疑う。
「追わせはせん!」
イゴロクの胸や脛の装甲が、内側から開かれた。そこから現れたいくつもの穴から、煙と共に長いものが飛び出し宙を飛ぶ。ぱしゅぱしゅという音と共に煙を引いて近づくそれは、花火に似ていた。
「え、あれって……」
「ミサイルだ」
当たり前のように、セカンドが言った。
01達の視界を覆わんばかりに広がり、迫るミサイル。どうしよう、と01が慌てるよりも早く、彼女の視界で変化が起こった。
ミサイルの前を阻むように、何本もの直線が現れる。様々な方向に伸びたそれが、金属のような光沢をもつワイヤーだと01が理解した直後、ミサイルは次々とワイヤーに着弾し、爆音を立てて煙を散らせた。熱を持ったその煙が、面体の前やレスキューメイルの表面を流れ、辺りのトマトの葉を揺らす。煙で覆われた視界がようやく明るくなった頃、03がワイヤーを持つ右手の握りを緩めた。それだけで電柱や街灯、石造りの花壇の角といった至る場所に何本もひっかけられていたワイヤーが同時に緊張を失いたるむ。
「いつの間に……」
事態を察した01が03を見、03がふふ、と自慢げに笑みを漏らした。彼女はすぐさまワイヤーを片手で巻き取り、腕に巻きつける。その腕前を見たイゴロクが、ほお、と感心したように呟いた。
「腑抜けていたと聞いたが、腕は落ちてないようだ」
「元からこれが得意やけんね」
03の言葉の後、五人の背後に駆けつけた赤い大型車が慣性によって大きく弧を描いて止まった。レスキューメイト最大のアドバンスド・クラフト、ビッグブローだ。
「頼むぞ二人とも」
02が車体を駆け上がり、車体上部にある乗り込み口からビッグブローに乗り込んだ。01、03もすぐさま彼に続く。
「追わせはせん!」
ビッグブローに近づこうとするイゴロクの前に、04、05が立ちはだかった。
「今度は俺等がいいトコ見せにゃなあ」
04がイゴロクにそう言いながら、片手を05に向けて何度も握ってみせる。05にとってはかつて何度も見た仕草だ。忌々しそうに唸るも、彼はすぐに求められたものを04に差し出した。あらかじめアタッシュケースから出していた、銃に似たアドバンスド・クラフトだ。以前の火事でフックシューターとして使っていたものだが、今は鉤爪も、糸を巻きつけたリール部分もそれにはない。外付けのアタッチメントでその機能を変えられるそれは、セーフティーガンと呼ばれるものである。04は受け取ったそれと自前のものとの二丁を構え、05は素手で構えを取ってイゴロクを見据えた。
ビッグブローのタイヤが回り、01達三人を乗せた車体が発進する。イゴロクはこれを追わず、二本の短杖をそれぞれ上段と中段とに構え二人を見据えた。
「邪魔するならば、ただではすまさん」
「こっちの台詞だ、カラクリ野郎」
05が緩やかな動きで両手を広げ、ほぉぉぉ、と口から息を吐いた。
01のメットを脱いだ纏は、初めて入ったビッグブローの操縦席を物珍しそうに何度も見回していた。三人も入れば両手も広げられなくなる程に狭い空間をいくつものダイヤルや小型モニター、針を揺らし続けるメーターといったもので埋められており、住良木の座る操縦座席の前には何本ものレバーが並んでいた。その様子を見て、纏は古い映画に出てくるハイテク機器のようだと思った。
外の様子は、視線を上げればすぐにフロントガラス越しに見る事が出来た。操縦席は変形後に顔となる部分の為、一般の車両と比べて見渡せる範囲は狭い。その代り、ガラスを挟むように設けられた一対の大型モニタが中にいる三人の視界を補っていた。
03も慣れた様子で住良木の後ろに設けられた助手席に座り、メットを脱ぐ。長い髪が広がり、清原はうっとうしげにそれを払いながら住良木に尋ねた。
「ドクターは今見えるん?」
「今、視界に収まった。前方上部の赤い風船だ」
そう言って、未だメットを脱がない02は正面に見えるそれを指差した。ビッグブローの走る道路を挟むビルとビルとの間に見える曇天で、真っ赤なヘタを持つトマトのような風船がのったりのったり浮かんでいた。
「徹底してますね……」
「こんなトマトびいきやなかったけんどね」
清原が不思議そうに首を捻る。纏にもファンの目論見がまるでわからず、考える材料を探そうとして、ふと別の小さなモニタを見た。そこに映っていたものを見て、纏の動きが止まる。
「……住良木先輩」
「何だ?」
「こういう小さなモニタって、何が映ってるんですか?」
「街のあちこちにある防犯カメラの映像をハッキングして映している。生憎と、そこまで見る余裕は今ない」
「いや、見た方がいいと思います」
纏の言葉に、02と清原が怪訝な顔をして彼女を見た。そしてその視線を追い、揃って硬直する。
Dr.ファンが、いた。
小さなモニタの中、ビッグブローが走るには細すぎる薄暗い一方通行の道路を、真っ赤な白衣をたなびかせ、板のようなものに乗って滑走していたのだ。そのファンが三人の見ていたモニタから消え、すぐに隣に並ぶ別のアングルからのモニタに現れ、画面の奥へと遠ざかっていく。
「乗っているのは、おそらく自前のアドバンスド・クラフトだな」
住良木が他人事のように感想を漏らした。
「あれ、じゃあ、あれ何よ?」
清原がフロントガラスの向こうに見える風船を指す。その風船の底には、依然としてファンがぶら下がっているのだ。
「ここにもいるぞ」
至極冷静な声で02が自分の右斜め上にある別のモニタを指した。それは住宅街にある個人用の防犯カメラに映ったもので、その家の向かいの屋根の上を、ファンが赤い白衣をたなびかせ、赤い風船で宙をゆっくり進んでいるのが見られた。
「これは一体……?」
未だ状況を分かりかねている纏が清原に問う。
「多分どれかが本物なんやろうけんど、この映りやったらよう分からんねぇ……」
上空を漂うファンは遠く、肉眼では本人かどうか三人には判断できなかった。防犯カメラからの映像は解像度や明度がまちまちで、他の二人のファンとの見分けも付かない。
「でも、風船で逃げて行ったのは見ましたよ?」
「その後イゴロクに視線を移された。少しでも目を離せば、ファンは何をしているか分からない。奴め、こちらの分断を狙ったか」
02の言葉に清原がなるほど、と頷き、背後にある操縦室の扉を開けた。
「ど、どうする気ですか?」
「確かめるしかないろうけん、路地裏の方を追ってみる。あいちゃんと住良木は風船追っとって!」
返事も待たず、清原は再びメットを被り操縦室を出た。纏は追おうとするが、彼女の背に住良木が言う。
「追うな部長。あいつの邪魔だ」
つっけんどんな言い方に纏はむっとしたが、ふと気付き気持ちを切り替える。
「そう言えば、まだもう一人……」
「うむ、いるな。あの住宅街はビッグブローには狭すぎる」
暗に「追え」と言われ、纏は戸惑った。ふとビッグブローの上部を映したモニタを見ると、03が胴に回したワイヤーをほどき、どこかにそれを投げつけて車体を蹴り、姿を消していた。
「で、でも私、どうすれば……」
場所は分かるが、足がない。住良木のように自分で使える乗り物はなく、清原のような器用な真似もできない。どうすればいいか思案に暮れる纏に、住良木はコンソールを操作し、彼女の顔のすぐ傍にあるモニタの画面を切り替えてみせた。目の前での変化に少し驚いた纏だったが、モニタに映った薄暗い部屋を見てその目が点になる。
その部屋は狭く、中心には見慣れない機械が鎮座されていた。乏しい光源によって金属の鈍い光沢を放っているのは、未だかつて纏が見た事のないものだ。強いて言うならば、羽を折り畳んだ戦闘機から機首を取り除けばこうなるのだろうか。しかしその大きさは、一人用の机の上にどうにか乗る程度と小さい事がうかがえた。
「ビッグブローの格納室だ。そこにあるのが飛行用アドバンスド・クラフト、キャリーフライヤー。最大時速100キロ、最大持続飛行時間30分。場所を選ばぬ移動用のアドバンスド・クラフトとしてこれ以上最適なものはない。ただし装着者に求められる体重は50キロ弱、適正身長は150センチ未満。我々にはどうあっても使えないものだ」
そこまで言って、02はちらりと纏を見た。
「部長なら使えるだろう」
それが信頼からのみ来るものではなく、身長、体重を加味しての言葉だというのが纏にはすぐに分かり、嫌そうな表情になってモニタに映る機械を見つめた。彼女にはそのアドバンスド・クラフトの前方に付いた一対のライトが目のように見え、そしてその目が、静かに主を見る目でこちらを見ているように思えてきた。代替案は無く、根負けした彼女が「はい」というのに、さほど時間はかからなかった。
格納室に入った纏は背中のアタッシュケースを取り外し、メットと面体とを装着すると、背中にあるアタッチメントを背後の土台に鎮座しているキャリーフライヤーの中心部に合わせた。全体的にコの字の形をしているそのアドバンスド・クラフトの中心には、纏の着ているレスキューメイルの背部アタッチメントに噛み合うように接続部が設けられているのだ。コの字の中に収まった纏、つまり01の背後で、やがてカチリ、という音が上がり、自動的に固定用のねじが締まると、キャリーフライヤーの完全な装着がなされた。それを合図としたように、キャリーフライヤーの下部に畳まれていた一対の操作レバーが、うぃぃんと静かな音を立てて01の腰の高さで前方に伸びる。
『操作はレバーに付いたトリガー型のスイッチやジョイスティックで可能だ。ハッチが開き始めたら、両方の人差し指と中指にかかったスイッチを四つ全て同時に押し続けておくんだ』
格納室に設けられたスピーカーから、ビッグブローの操縦席にいる02の声が上がる。見上げた先にある格納室の天井が左右に開き始めるのを見て、01は指示通りにスイッチを押した。彼女の腰を挟むようについた機体の一部が、畳まれていた翼を静かに広げ始める。同時に、各部に付いたエアダクトを通る空気の流れが生まれ、タービンの回り始める音が上がった。
『中指は左右の飛行用エンジンの稼働、人差し指はいわばブレーキと思えばいい。エンジンが温まり次第、人差し指を離せば部長は飛べる』
操作方法の簡単な説明に01は黙って頷く。
『前方左右への移動はジョイスティックで可能だ。中指を離せばエンジンは停止し始める。上下移動がしたかったらそれをうまく利用すればいい』
ハイテク機器を扱うための説明なのだが、01には02の言っている事が、まるでテレビゲームの操作方法の解説のようにも聞こえ、緊張感が抜けそうだった。
『脅す訳ではないが、空で何かあれば部長は墜落する。もしそうなればレスキューメイルを着ていれど、重傷は免れないだろう』
この一言に纏は唇を強く結んだ。緊張感を取り戻した彼女に、02が尋ねる。
『そう言えば部長、なぜあの二人を残したのか、理由を聞きたい』
01は中央公園に残した04と05の事を聞かれているのだとすぐに分かり、ああ、と声を上げた。
「お母さんが言ってたんです。『いがみ合う二人が組めば敵は無し』って」
『プロレスファンだったか』
「あれ、何で分かったんです?」
『業界の常識だ』
そこまで02が言った時、01の見上げる先でハッチが完全に開き切った。01は面体の下で神妙な面持ちになって唾を呑み、そして腹を決める。
「では、行きます!」
『グッドラック』
抑揚のない声での返事を聞き届け、01は両方の人差し指を離した。




