6月2日 恋する乙女(相手は残念)と口下手な眼鏡
6月2日、天候晴れ。
『株式会社・兎山』の新入社員にして『月刊うろNOW』編集部に入った布浦歌風は、一途な乙女である。初恋の相手には手作りのお菓子やら、手作りのマフラーを作ったりするくらい乙女なのである。料理も人並み以上にしっかりと出来る乙女らしい乙女なのである。
「兎山課長……♡ 喜んでくれるかなぁ♡ 喜んでもらえると嬉しいなぁ♡」
ただ1つ――――――その想いの相手さえ間違わなければの話だが。
布浦歌風、あろう事かいつも頭に兎の被り物をしているような男を好きになってしまった少女である。彼女は今、恋する兎(山課長)に好意を伝える手段の1つとしてお茶を入れていた。そのやり方は数十年前のOLくらいしかやってなさそうな今では絶滅危惧種並みのやり方だと思うのだが。
「美味しくな~れ♪ 美味しくな~れ♪」
「そんな急須で入れるような事で、愛情を込めようとするのは無駄な行為でしか無いと思うがな。それをするならば、調理とかにしておくべきだ」
と、急須でのお茶を入れている歌風に対して、『株式会社・兎山』のアイドル編集部の忘路光世は不満そうな顔でこっちを見ていた。
「誰が入れたって、お茶は大して美味しくはならない。ある程度は美味しくはなるだろうけれども、お茶なんて茶葉とお湯しかないのだからあんまり美味しくはならないだろうよ」
「そんな事はないよ! 愛情は最高の料理の味付けですし。それならばお茶だろうと美味しくなるよ♪ ねぇ、"コウ君"♪」
と、親しげな様子で歌風は光世に話しかけた。
布浦歌風と忘路光世。2人はこの会社に入る前からの知り合い、それも幼なじみである。
「で、歌風はまたしても片思いか? どうせすぐに恋も破れると言うのに無意味だな」
「む~! コウ君には分からないんだよ! 恋をする事の大切さとか、恋をする事で生まれる無限のエネルギーとか! 恋をしている時、女の子は無限の力を発揮するんだから!」
「へいへい、それは凄いな。なんなら、その無限のエネルギーとやらを日本のエネルギー事情に当てて少しでもより良い生活空間になるために電気エネルギーとして交換して貰って来い」
「む~! いっつもコウ君はそうやってバカにして~!
良いもん! 恋なんかした事がないコウ君には一生分からないんだよ~だ!」
そう咎めるような、怒っているような顔でイーッとした後、お盆に急須とお茶を載せて給湯室から出て行った。その際、光世を通り過ぎる時は物凄く嫌そうな顔をしながら。
そして出て行ってから数分後、誰も居なくなった給湯室の前で構成は1人呟いた。
「……分からないのはどっちだよ」
はぁ~と溜め息を吐きながら、この怒りをどうあのアイドルに向けるかを思案する光世だった。