11月24日、28日 見えない雨&電話の表裏
11月24日、天候雨時々晴れ間。
11月28日、天候晴れ。
11月24日。
雨がしんしんと降りつつ、寒い北風が身に染みる今日この頃の、『株式会社・兎山』の『うろNOW』編集事務所。
---------やっぱり完成度、高いよなー。
俺、赤城正義は『黒口穂波』先生のデビュー作、『オーダーメイク』(全4巻)を読み終わり、そう言う感想を持った。普通、デビュー作とかを見ると、その人がどう言う風な成長を遂げて、ここまで来たのかと言う事が分かる物なのだが、この作家先生の場合は違う。最初から完成されていて、徐々にその完成度が上がっている。最初が悪いと言う事ではないし、連載が進むにつれて絵のクオリティーも上がっている事は分かるが、それでも最初から高い作品だと言う事しか読み取れない。
「すげーや」
「おぅ、そっちは簡単そうだな」
と、横に座っていた御手洗城さんがそう言って話しかけてくる。御手洗さんはポテトチップスを無造作に食べつつ、出来上がった原稿を読んでいる。
「『黒口穂波』先生といやー、漫画家界の中でも大御所中の大御所じゃねえか。多少、気難しい所があるとしても、良い漫画を描いてくれる分、マシだと言えるな」
「そっちは……確か『二人羽織』先生、でしたよね? 原稿はどんな感じ?」
と聞くと、「全然!」と答えた。
「伝えたい事は分かるし、ストーリーも悪くはねぇ。ただ、絵の質がねぇし、45年前の雰囲気もない。今、その辺りを修正したのを読ませて貰っているが、ようやく出来たという感じだ。後は仕上げだな。急ピッチでやって貰うため、アシスタントを派遣してたところだ。そっちは?」
「全然……。完璧すぎて、何も手伝える事がない。手直し所か、連載内容についても未だ未定だよ」
「それはそれで不気味だな」と御手洗さんは言う。そして、川西さんの方に話を振る。
「川西さんところの『CS4.8』先生は大丈夫か? うちの可愛いヒロイン担当を担っていると、あの兎から聞いたが。心配ならば、俺の方からアシスタントを何名かそっちによこすぞ?」
「……はい。ご心配なく。今、連載するとして、モブの手直しに入っています」
モブの手直し?
「それってどういう事?」
「……連載して言った場合、『死亡予定少女』では同じクラスの別の少女がヒロインになる事があります。そう言った場合、1話でその姿が確認出来る方が、読者としても面白く思われるでしょう」
「なるほど……」
モブの再利用……か。1話だとただのモブ(A)だったのだが、途中でいきなりヒロインに抜擢されたりすると言うのは、面白い展開である。それに読者からも「このモブが可愛いから、ヒロインにしてください!」と言う意見が来るかも知れないしな。最も、『黒口穂波』先生はその辺りも手抜きなく、出来ているようだけれども。
「……『輝き閃光』の原稿はありますし、後は『二人羽織』先生と『CS4.8』先生の原稿、そして澤金さんの取材内容があれば、大丈夫ですね? そうですよね、澤金さん?」
と、川西さんが大きな声で言うと、取材内容を書いている書類を再度チェックしている澤金さんがビクリと肩を揺らす。
「え、えっと……だ、大丈夫ですよ? わざわざ眼鏡を毎月ごとに変えている川西……さん」
「余計な情報は要らないから、今の状況を教えて頂戴」
「え、えっと……30日には『ビストロ』の取材、12月4日には清水夫妻の取材をする予定……ですよ?」
と、おずおずと答える澤金さん。
一応、『うろNOW』を連載に向けて、俺達は着実に成功していると言える。しかし、俺としてはこの原稿を読んでいる限り、『黒口穂波』先生の今後に心配するしかなかった。
窓の外には雨が降る音がポツポツと聞こえ、それなのに雨が落ちている様子は見えず、それが今の状況に合っている気がした。見えない問題があるかのような。
☆
11月28日、晴れ。
寒空ながらも、身体を温めてくれる太陽に感謝をしている今日この頃。
黒口穂波は電話の液晶画面を見て、『赤城正義』の名前を見て、一瞬固まる。そしてその後、ゴクリと喉を鳴らした後、電話を取る。
「……はい。もしもし」
ちゃんと緊張していないか?
どこか間違っていなかったか?
何か不備があったか?
面白くなかったか?
黒口穂波はそう言った気持ちを抑えつつ、電話を取って声を出す。
『どうも、先生。赤城です。原稿、読ませて貰いました。良かったですよ? この次もこの感じで行きましょう』
「そう、良かったわ」
と言いつつ、黒口穂波は小さくガッツポーズをして、赤城の言葉を待つ。
『で、来月号からの話なんですが……確か先生は別作品を描くつもり……なんですよね? 人気のあるなしに関わらず』
「えぇ……」
『でしたら、ちゃんと連載会議をやろうと思いまして。12月6日の午前10時にビストロにて話をしたいのですが?』
「良いですよ。午前10時ですね」
『よろしくお願いします。では、また』
「えぇ、またね」
ガチャリと、ちゃんと相手の方から電話が切られたのを確認した彼女は、ふぅーと小さく息を吐く。そして言葉を出す。
「……な、何度やっても、緊張しますね。い、いつだって、怖いですもの」
と、端正な顔に似合わないおずおずした口調でそう言うのであった。