3月14日 魔女と人間
3月14日、天候晴れ。
――――――――世界を転移する事は、極めて簡単な事である。転移の穴と転移するだけの力を使えば、世界に飛ぶ事が出来る。しかし最も大切となってくるのは転移した後の事である。
ピクニックもそうだけれども、ピクニックは終わるまでが大切なのである。転移先の世界はどう言った場所かも良く分かっては無いし、転移した途端死んでしまうような危険な場所だと言う場合もある。
しかし私、高名な魔法使いであるエミリアはそんな世界転移を見事成し遂げた。それがこの地球にあるうろな町と呼ばれる場所である。最も当時はうろな町なんて名前なんてなかったんだけれども。
転移した世界の味が自分の舌にあっていた事もあって、エミリアはこの世界を偉く気に入っていた。元の世界に戻るにはこの世界の魔力濃度が薄いと言う面も理由の1つではあるんだけれども。
魔女であるエミリアはこの地球でもそれなりの魔力を毎日のように回復出来る。勿論、前の世界と比べると魔力の回復量は雲泥の差なんだが。その少なからず回復出来ている魔力から生きていけるのに必要な分だけを残して、寂しさを紛らわすために使い魔やゴーレムを作っていたのだけれども。
――――――――そうやって、退屈な日常を送っていたエミリア。気付けばこの世界にやって来てから1000年以上が経ってしまっていた。
前の世界と違って食べ物が違う事か? それともこの世界に転移した事が理由なのか? はたまた別の理由か? 高名な魔法使いであるエミリアにも理由は分からなかったが、ともかくエミリアは不老不死の存在になってしまっていた。そんな退屈な日常を送りながら、エミリアはいつしかこの世界を灰色の世界だと思い込んでしまっていた。
そんな退屈で灰色な世界を送っていた彼の前に、1人の男が来た。
エミリアの住んでいた場所の温泉に目を付けた、天塚四迷と名乗る人間だった。天塚四迷は温泉の力を使って、フグと言う魚とモヤシと言う植物を作った。そしてエミリアはその様子をただただ、じっと見ていた。
「―――――何をしてんだろ、このただの温かいだけの水を使って」
彼はその温泉の力を分析し、フグとモヤシをさらに効率良く、そして美味しく作る事に成功した。僅か1年、エミリアの生きて来た時間に換算すれば短い時間だった。
「――――――――あれ、そんなに美味しいんですかね?」
エミリアは少し興味を持って、使い魔に命令を下した。気付かれないように彼から、彼が育てている魚と植物を持ってくるようにと。
使い魔はその命を見事に果たして、魚と植物、つまり温泉で養殖された温泉トラフグと温泉モヤシを。
――――――それを一口食べた彼女に激痛が走った。
「お、美味しい! な、なんなのこれ!?」
フグには、ちゃんと処理しなければ人を殺すほどの毒、テトロドトキシンがあるのだけれども、前の世界では毒すら食べられないと生きていけない場所もあり、そんな経験をしていたエミリアにとっては、些細な問題であった。それよりも彼女にとって大切なのは、味だった。
エミリアにとって、あの温かい水でこれだけの味を作れると言う事に衝撃を受けた。
「――――――――この味の秘密、興味ある。それにこれを作った彼にも」
それから先の話は、詳しく語るほどの事では無い。
天塚四迷は、あの天塚柊人の叔父であり、天塚柊人以上の籠絡術の使い手である。会話をさせれば、彼の思うがままになる。
―――――――そして今。
「はい! 今日もお客様獲得を目指して頑張るで、ございますなのです!」
使い魔を旅館経営と温泉街の発展に使い、自分は魔女屋敷エミリアと言う名前で女将として天塚四迷を助けている。
天塚四迷……天塚旅館の主人。うろな高原の温泉で、トラフグとモヤシを美味しくする事に成功し、旅館を経営して設ける事を始めた。天塚柊人の叔父。
魔女屋敷エミリア……過去にこの世界に渡って来た魔女。天塚四迷の温泉トラフグと温泉モヤシの虜になり、今では天塚旅館の女将として日々を送っている。