3月12日、13日 温泉旅館の相談会
3月12日、13日、天候晴れ。
男女が揃って温泉旅館に行き、さらには同じ部屋を所望する。それで2人に何も無いと、返って怪しく思われる。
故に天塚旅館に私、黒口穂波は赤城正義と『婚約を間近に控えた夫婦』と言う設定で泊まったのである。夫婦と言う時に、若干緊張してしまって震えてしまったが、初々しい間柄だとすれば可笑しな事では無いので納得してくれたようだ。
今、私は温泉旅館に来ている。正義君に促されるまま、ここまでやって来たのは良いけれども、
(まぁ、差し迫った締切も無いですから3日くらい良いんですけどね)
けれども、正義君は何か相談があって私をここまで呼んだんだと思う。それくらい思いつめた顔をしていたから。けれども、どうしたのと聞いても喋ってはくれなかった。
(まぁ、寝る前にゆっくり尋ねよう、かな?)
私はそう思い、温泉に向かった。温泉に入ってゆったりと浸かる。美肌効果や切り傷、やけど、慢性皮膚病に効くとされている温泉が自慢と言うだけあって、入っていると本当に心地良い気分だった。効能以外にも、良い成分があるんじゃないかってくらい良いお湯でした。さっぱりとした、本当に良い気分でした。
……出る前にエミリアさんが入って来るのを見て、愕然としましたけどね。和服で隠されていたから分からなかったんですが、あれはかなりの巨乳です。いえ、爆乳と言っても過言ではないくらい大きかったです。私もそれなりに巨乳だとは思っていたんですが、あそこまでのサイズを見ると女として負けた気分になります。
身体的には完全回復、精神的には轟沈直前くらいの私が部屋に帰って来ると、そこには1人の優しげな笑みを浮かべた男性が居ました。
青色の和服が良く似合う、糸目の身長が少し高めの男性。まるでどこかの中国人のように髪をゴムで結んでポニーテールのようにしていて、透き通るような肌の持ち主。私がもし漫画で出すとするならば、【良い笑顔だけれども、黒幕】と書きそうなキャラクターの人でした。
「おや、お客さん。温泉はいかがだったでしょうか?」
「えっと……はい。良い温泉でした。えっと……」
「大変申し訳ございません。紹介がまだでしたね。私、当旅館の支配人の天塚四迷と申します。以後、お見知りおきを」
天塚……? そう言えば、良く感想を貰っている人の苗字が確か天塚だったような気がする。【柊人】と言う名前だったが、親戚か何かだろうか? まぁ、そんな事を私なんかが言う訳にもいかないだろうから、その場は口を閉じた。
「当旅館の温泉はご満足いただけたようですね。では、もう1つの名物、天塚温泉とらふぐも味わってください」
「温泉……とらふぐ?」
「ここいらの温泉の塩濃度は1.2%ほどで、海の1/3程度なんですが、その分美味しさの原料となるミネラルと言った成分はそこいらの海の1.5倍はあるんですよ。その温泉の水を使って育てた、極上の養殖フグ。美味しいですので、ご賞味ください」
「あっ、えっと……連れが来てから美味しくいただきます」
「それではごゆるりと」と天塚さんは部屋を出て行った。後で帰って来た正義君と一緒に食べたんだけれども、天塚温泉トラフグの味は今まで食べたどのフグよりも美味だった。
―――――――夜。
私達が夕食後に温泉に行っている間に、魔女屋敷エミリアさんが布団を敷いてくれたみたいで、私達は夜も遅いからと言う理由でそのまま横になった。
「……」
「……」
お互いに無言で、私はどう返事をしたら良いか迷っていると、正義君が口を開いた。
「輝き閃光先生が――――――」
「新しく担当になった?」
「はい。その、輝き閃光先生が――――――――"新しく別の雑誌でデビューしたい"と相談してきまして」
「……」
その質問に私は何も答えられなかった。
私はこれでも人気ある作家であり、引く手数多である。しかし、輝き閃光先生とやらはいつ終わっても可笑しくない。だからこそ、別の雑誌でデビューして安定したいと言う輝き閃光先生の考えが間違っているとは、私は言えなかった。
「俺……。先生の担当で……。頑張ろうと思って……。それなのに、向こうの担当が来るから、来る日を少なくしてくれって言われて……」
「それは……」
「……分かってます。自分が面倒だって。けれども俺、ちゃんと編集としてやりたかったんです」
「先生に言っても、関係無いですけど」と正義君は言った。確かに関係無い、関係無いけど――――――
(あなたが傷つくのは、見てられない!)
私はそう思い、ガバッと布団をめくって起き上がる。
「だ、大丈夫だよ! 正義君!」
「黒口、先生……?」
「き、きっと正義君の気持ちは、輝き閃光先生に届くよ! 私に届いたみたいに! だから、正義君は正義君らしい姿で居て! それが正義君だから!」
「黒口、先生……。そう、ですね……。
俺、間違ってました! そうですね、俺らしく居ないといけないですね! ありがとうございます、黒口先生! 元気でました!」
私はそれに対して、本当に良かったと心の底から喜び、眠りについた。
次の日の朝、部屋で見た朝日はとっても綺麗で、さわやかだった。
移籍問題。かなり辛辣な問題ですよね。
ここでは詳しく語っては居ませんが、実際はかなりシビアな問題でした。赤城君が来る前から移籍話はあって、その当時の担当は相談できない女、折原遊紙。ですので、相談出来ないまま、赤城君に担当が変わって初めて輝き閃光先生は相談出来たのです。最も、その頃には移籍話は確実でしたが。
赤城君も心底不安だったでしょう。初めての相談が、別紙での原稿についてでしたから。彼は悩みつつ、答えを出せずに黒口先生に相談するしか無かったと言う感じです。
まぁ、黒口先生が言っていたように赤城君にはいつまでも彼らしく、まっすぐで居て欲しいのが作者としての印象です。以上、作者のアッキでした。