3月12日 天塚旅館にようこそ
3月12日、晴れ。
うろな本線より、うろな駅から4駅乗り継いでうろな高原へ。
うろな高原より、さらにバスで揺られる事15分。
そこから山道を歩く事5分。
その山の中に天塚四迷が営んでいる温泉宿、『天塚旅館』がある。ここの名物は美味しいフグ料理と美肌効果や切り傷、やけど、慢性皮膚病に効くとされている炭酸水素塩泉の温泉が自慢のお宿である。
主人の天塚四迷、そして女将である魔女屋敷エミリアを初めとした優しげな女将達が人々の心を癒す温泉宿である。
「いらっしゃいませでございますなのです。当旅館の女将、魔女屋敷エミリアと申すでございますなのです」
と、女将であるエミリアが俺、赤城正義ともう1人の宿泊客、黒口穂波を見ていた。
魔女屋敷エミリアは不思議な格好の女性だった。綺麗な藍色と紫色が合わさったような不思議な色合いの着物を着ていて、その上に魔女が被るような黒い三角帽子を被っていた。手足は細長く、それでいて日に焼けた事がないような白い肌であり、金髪と蒼い瞳が彼女が外人である事を教えていた。
「3日間のお泊りでよろしいでございますなのです?」
外国人が変な知識で着ているみたいな感じを受けるエミリアがそう尋ねる。俺はそれに黙ったまま返答せず、慌てて黒口先生が「は、はい。そうです」と答えた。
「分かりましたなのです。当旅館では美肌効果や切り傷、やけど、慢性皮膚病に効くとされている、私を魅了した炭酸水素塩泉と、魔女だった……い、いえ、この近くにあったとされている古いお屋敷を利用した温泉トラフグが人気なのでございますなのです!」
「温泉トラフグ……?」
「この近くには炭酸水素塩泉以外にも様々な温泉が湧いているんでございますなのですが、その中の1つの温泉水にて養殖する事によって極上の味に仕上げる事が出来た、我が旅館自慢のふぐなのでございますなのです。この旅館ではふぐ料理がとっっっっても美味しいので、一度食べたら病み付きになる事間違いなし、なのでございますなのです!」
と、頬がとろけているような顔でそう力説するエミリア。それに対して、黒口先生は「は、はぁ……」と力なく言うしかなかった。
「温泉は朝7時から夜22時まで、食事は朝7時、昼12時、夜18時の3回が基本コースなのでございますなのですが、ここまで来るのに疲れたでしょうからお食事をお早めに用意させていただきますでございますなのです」
「い、いえ……。精々、山登りで5分くらいの歩きだったので大丈夫ですよ」
と黒口先生はそう言う。道なき道、と言うほどでもなく、軽いハイキングコースと思えるくらいの道だったのでそこまで俺達は疲れていなかった。
「そ、そうなのでございますなのですか。……最近の人間は四迷様と言い、魔力が低い割に体力が多い奴ばかりなのでございますなのです」
「な、何か言いましたか?」
「いえ、特には何もございませんなのです。では、お部屋に案内させて貰うでございますなのです」
「こちらでございますなのです」と、相変わらず良く分からない喋り方で案内するエミリア。
「ここがお二人が泊まる【黒猫の間】でございますなのです。何かありましたら、フロントの1番に押してくださいでございますなのです。では、夫婦揃って仲良くお楽しみくださいなのでございますなのです」
そう言って、エミリアは部屋から出て行き、俺と黒口先生は顔を赤くして部屋の中に入って行った。
天塚四迷……天塚旅館の主人にして、温泉トラフグ養殖に精を出す。
魔女屋敷エミリア……天塚旅館の女将。魔女帽子と和服がトレードマーク。口癖は「ございますなのです」。何か秘密があるみたい。




