2月13日 抗議に兎はひるまない
2月13日、天候晴れ。雪が溶けるような暖かさ。
「これはどう言う事ですか? 兎山則之さん?」
と、久々の大雪の日から晴れた13日。兎山課長の居る『株式会社・兎山』は嵐だった。もう既に何発か雷が落ちたんじゃないか。そう想うくらいの曇天だった。その理由は兎山課長は良く知っていた。何せ、先日自分の手で決めた事なのだから。それを起こしている張本人である黒口穂波先生がバン! と机を強く叩いて抗議する。
「なんで、私の担当が赤城正義ではなく、折原遊紙に変わっているのですか?」
そう。黒口穂波先生の担当の変更の事だ。担当の変更と言うのは、別に珍しい話ではない。担当を変える事によって、新しい展開やネタなどを考えるために役立つからだ。だから、担当の変更自体は可笑しな事はない。問題は時期だ。
ようやく赤城正義と黒口穂波が公私共に仲良くなった今この時に、担当の変更をするのは完全なる嫌がらせである。だからこそ、黒口穂波先生はこうして抗議を行っているのである。
「これはあくまでも違反行為だと私は直訴します。どうしてこの時期に?」
「君はそう言うキャラではなかった気がするんだけれども?
『担当が居なくても結果を出す、孤高の天才作家』である黒口穂波先生?」
と、兎山課長がそう言うが、黒口穂波は怒っていた。
「私はこんな漫画が軌道に乗っていない時期の担当の変更についての直訴を……!」
「既に2話の原稿はいただいているし、4話までの会議は済ませていると赤城君に聞いたんだけれども?」
「うぐっ……」と黒口穂波はそう言った。なんとかして会話の場を設けるために、あれやこれやと話している内についつい4話までのプロットが完成してしまっている。そして多分、その頃には彼女の漫画は軌道に乗っているだろう。天才の名の下に、それは事実なのだ。
「君の作品、うろな以外からの反響のほうが凄いよ。勿論、うろなからも感想は100件はある。けれども、その10倍くらいには外部からの反応が強いね」
「……それは私と言うラベルを見ての評価でしょ?」
「良いじゃないか。ラベルだろうが、買われると言うのは良い事だよ。
例え同じ出来の作品でも『無名の作家の作品』と『有名の作家の作品』では評価に大きな差がある。それは事実で、漫画業界に長く居る君ならば分かる事だろう?」
それは事実だった。
良い作品でも、名前が無名と読まれない。普通の作品でも、名前が有名だと読まれる。
本の帯に芸能人や有名作家の名前入りの感想が入れられるのだって、それが理由の1つだ。
人は”知られている方”に傾くのだ。
「…………」
「分かったら、次の担当と顔合わせでもしてくれ。彼女も良い担当編集者だ。彼と同じくらいには、ね」
「……はい」
そう言ってとぼとぼと帰って行く黒口穂波の姿を、申し訳なさそうに兎山課長は見つめていた。
2月19日の22時に『うろNOW 2月号』を更新しておきます。