11月19日 黒口穂波
11月19日、天候晴れ。
『オーダーメイク』。
『黒口穂波』先生のデビュー作。主人公の御門悠は両親からメイク技術を覚えさせられた、メイクアップアーティストである。親友の龍街寺要、悪友の磯谷直樹と一緒に、数多の女性の悩みを解決する同好会、『女磨き同好会』と言うのを発足して、世の女性達を綺麗にする活動を行っていた。
メイクアップアーティストの御門悠、ヘアーメイクアップアーティストの龍街寺要、そしてファッションコーディネーターの磯谷直樹の3人は時々来る少女達を綺麗にする活動を行いつつも、平和な日常を行っていた。そんな彼らに1人の女性、白鳥菖蒲と言うあるプロダクションのマネージャーが話しかけてくる。
「あなた達にお願いがあるの。うちの所属しているアイドル、三日月黒猫にメイクして欲しいの」
オーダーメイドとかけて、メイクをオーダーすると言うのをかけたこの作品は、絵の完成度、読者を惹きつける物語性、そして詳細な物の作り込み。週刊誌にて1年間連載で4巻の刊行を誇ったこの作品は、驚異の10万部突破と言う作品で、世間に大きな影響を生んだ。さらに読者を惹きつけたのは、これを描いたのが作者である『黒口穂波』先生、ただ1人なのである。
アシスタントを取らない先生の作風は当時、大きな騒動があった。曰く、『作者が凄い』と言う話と『作者をもう少し休ませたらどうなんだ』と言う話なのである。しかし『黒口穂波』先生はアシスタントを取らないんじゃない。取れないのだ。
アシスタントとは、作品をより良く、そして速く仕上げるための人員であると同時に、先生のような素晴らしい作品を作って貰うための修業の場でもある。しかし、『黒口穂波』と言う漫画家は1人で週刊誌だろうとも完成度の高い作品を描き上げるだけの能力の持ち主であり、その作品に対するあまりにも速い描き方を盗めると言う事は出来なかったのだ。
当時、世間的に有名だった彼女には多くのアシスタント希望者が担当編集者を通じて彼女の元に来て、そして数日で止めて言った。
その彼らが口にするのは、総じてこう言う言葉だった。
『—————————彼女の作品には付いていけない。彼女は化け物だ』
尊敬はするが、出来はしない。
敬服に値するが、真似しようとは思わない。
それがアシスタントを受けた彼らの気持ちだった。
また、彼女は続きを描かないと言う事でも有名だった。
世間を一変させたデビュー作、『オーダーメイク』を初めとして、彼女は数々の世間に反響を呼ぶ話題作を描き上げた。そして全ての作品で当初の予定よりも連載を伸ばす事を『黒口穂波』先生は言われていたが、伸ばさなかった。
『私には私の美学がある。当初の予定よりも長く描いたとしたら、それは私にとってその作品への侮辱、蛇足に過ぎない。だから、私は連載を描く事はあっても、続編を描く気はない』
それが彼女の信念だった。
利益は生むが、扱いづらい作家。それが『黒口穂波』先生、俺の担当作家について兎山部長が話してくれた事だった。
天気は晴れ。皆、明るい気持ちで日々を謳歌しているだろうが、俺の気持ちはどんより荒れ模様だ。
なにせ、俺はそんな怪物とも呼ぶべき『黒口穂波』先生の居城……いや、自宅にて連載会議を行わないとならないのだから。