12月28日 方針転換と彼女の気持ち
12月28日、天候晴れ。
昨日、兎山課長に呼び出された俺達はそれぞれお言葉を頂戴した。御手洗さんは担当作家の人気が一番低かったから今後とも注意するようにと。そして俺は黒口穂波先生様の説得を頼まれた。
『月刊うろNOWはうろな町のみで販売を予定していた月刊誌だったんだけれども、黒口穂波先生が居るでしょ? 彼女の作品はファンがいつでも、どんな時だろうとも楽しみにしてるみたい。だから、うろな町以外でも販売をしたいと言っているんだ、彼女の読み切りを。
一応、許可を取って貰えないかな?』
初め、兎山さんは黒口穂波先生に地方でのみ掲載される月刊誌と言う事でオファーを出して、黒口穂波先生は地方でならと承認した。しかし、今になって地方でのみ掲載を許した読み切りを、他の地方へ出していいのか? それが問題なのだという。
地方紙と言う物は、その土地に行かないと買えないしな。ネットで買う事も難しいし、本屋が入荷を申し出ても作家本人がOKを出さないと売れない。
(ヒット作家も大変だな)
俺はそれを聞いた時、そう思った。そんな事を考えている時、メールが来た。それは話題の渦中にいる人物、黒口穂波先生からのメールで、明日会えないかと言う内容だった。
そして、本日。12月28日。
彼女の部屋で、俺は担当作家として、会議をしていた。
「この前のプロットですが、没にしてもよろしいでしょうか?」
彼女はそう話を切り出した。この前のプロットと言うのは、6日に見せて貰ったあの人形を話題とした漫画の事だろう。けれども……。
「どうして急に……?」
俺はあの時、あのままで十分良い、信頼していると太鼓判を出したはず。それなのに、今となってどうして急に方向転換を……。
「親が……」
と、彼女は静かに語りだした。
「私の親が、私の読み切り作品を地元でも見たいって言い出したの。そしてそんな話が出ている事を聞いたわ」
「先生の親は確か今は……」
「神奈川の片田舎で農業をしながら、静かに暮らしているわ。けど、神奈川は決して田舎ばかりではなくて、都会もあるわよね」
そう言いつつ、彼女はぐいっと、身を乗り出して俺に視線を合わせてくる。とっても綺麗な顔立ちが俺の目の前に来た事により、俺は一瞬たじろいでしまって、ちょっと座りながら後ろへと後退した。
「神奈川で私の読み切り、『ナイト・アイドル』が入荷待ち。つまり、それは今までの経験から言って、この地方紙でのみ掲載を許したはずが、入荷の話が来ているって事よね?」
「え、えっと……」
「わかる? 私は地方でのみ掲載するって言うから、許したの。それがいきなり、都会へ進出? 笑えないわ」
「で、でも……人気なのは良い事じゃ……」
俺がそうフォローの言葉を言うも、彼女は安堵するばかりか、もっと怒りの顔を俺に向ける。
「分からないの? 人気者で居るって言うのは、あり続けるって言うのは大変な事よ。そしてその重圧は、体験した者にしか分からない。私は疲れたの。多くの人間の人気者に居る事に。
だからこの地元に帰ってきたのに!
がっかりよ! 最低よ! 訳分からない!」
彼女はそう言って、まくしたてる。俺はそれに何も反論が出来なかった。
「とにかく、言いたかったのはそれだけ! じゃあ、出て行って!」
俺はその言葉に、素直に従う事しか出来なかった。
人気者であり続ける。それは大変な事であり、本人にとってはプレッシャーだったりします。
良い作品を作り上げ続けるのも、それと同じだと考えております。