貸本屋らしいが俺は超常バトル繰り広げる主従見てた
少し短いです。
ネタ多い回ですね。
でもなんとか一週間の締切は守れたので自己満足。
まあ、改稿はしますが。その時は一応、何らかの形で報告させて頂きます。
では、どうぞ。
「お嬢様、いけませんお嬢様! 王宮の舞踏会を控えたこの大事に!」
と執事な従が諭せば。
「うるさい、いいから早く私の可愛いプロテインちゃんを渡しなさいッ!」
と筋肉な主が返す。
「…………どうして、なんでこうなった?」
俺の絶望を含んだ声だけが、裏道にこだました。
……………事態は仕事を終えた後、今日の昼過ぎに遡る。
貸本屋は、俺が用心棒を引き受けている、例のうどん屋から見て、町の反対側にある。
石畳、中世のヨーロッパを感じさせる趣の中央通り。パイシスの町はこの門から広場を抜けて真っ直ぐ伸びる大通りと、ちょうど直角で交わるもう一つの大通り。それに区切られ、町は扇状に四つに分かれている。大通りではないけれど、そこそこ広い道は広場の中心からコンパスで丸を描くように、一定の間隔で二重に作られている。地図によると城壁と合わせて空から見ると三重の螺旋みたいに見えるみたいだ。犬の平原に続く北門と反対の峡谷を挟み海へと続く南門。西と東には門は無く、頑強な城壁が続くばかりだ。
なんでも旧文明の遺産とかで、町を一周ぐるりと囲む長大さ、一面五十メートルにも及ぶ高さを誇り、今の技術では再現不可能な代物らしい。
四つに分けられた町はそれぞれ、店舗区、生産区、住宅区、役所区の通称で呼ばれており、それに対応した構造になっている。あのうどん屋は何故か役所区の外れにあり、通りを一本挟んだ向かえは生産区だ。貸本屋は役所区のお隣になる住宅区にある。
そこそこいい日和の今日は、ローブなんて厚ぼったい物を着込んで歩くには、少々不便だ。ローブだけ装備から外すようウィンドウで操作してもいいんだが、そうすると、上半身は下のシャツ一枚ということになるわけで、それはそれで逆に寒そうだ。今は良いが、そのうち冷え込んだ時に着直すのも面倒だし。
道行く人はほとんどがNPCだ。というかプレイヤーの姿が見えない。
前に通りすがりのプレイヤーに聞いたことによると、ゲームが始まり、一週間ぐらい経った頃、大勢のプレイヤーが一斉に大移動を行ったらしい。移動というか移住か。移住先は王都・グラナン。犬の平原を抜けた先、パイシスからもっとも近い町で、この国、ベルモート公国の首都。現在、プレイヤーの大半は王都を中心に生活している。王都から犬の平原に赴きレベル上げをしている。パイシスに残っているプレイヤーはほとんど居ないだろう。
なぜ、そんなことになったのか。
理由は色々あるだろうが、その理由の大半は狭さからくるものだろう。何故かこのパイシスは、始まりの町なんて仰々しく書かれている癖に、テストプレイヤー一万人を許容できる広さを持たない。それは宿屋などの宿泊施設の不足。道具屋や武器・防具屋の在庫不足。南門が常に閉門しているため、レベル上げには、北門から犬の平原に行くしかないが、そのせいで大量のプレイヤーが溜まり、とんでもない混み具合の狩場。などの不満に繋がる。
やりづらい。
ゲームにおいてこれほど致命的な問題があるだろうか。
五日目に王都とそれを守護する門番モンスターが発見され、不満を抱えていたプレイヤーは血気盛んに門番モンスターに挑んだ。強力な門番モンスターも長蛇の列を作り、弱点をあぶり出し、執拗にそこを突き続けるプレイヤーたちには敵わず、六日目のうちに撤去される形となった。
七日目、王都の広大さを調査したクローズドβテスターと、そのギルドが中心となり、王都を目指す大行進が敢行された。大群は幾人かの犠牲を出しながらも王都へと無事に到達し、その住み良さが八日目にパイシスまで伝わり、九日目のは、一回目に死んだ奴らを含む第二陣が構成され、出発した。王都側のプレイヤーの援助もあり、何事も無く到着。結果、十日目にはこのパイシスに住むプレイヤーは圧倒的少数になってしまった。
まあ、この方が『用心棒』ミッションの秘密もばれ難くなって、俺にとっては都合がいいわけなんだが。
役所区側から住宅区に入ると、そこは不気味なほどの静けさを漂わせている。無理も無く、住宅区の中で役所区の隣に面する土地はその殆どが、NPCによる購入が不可能という設定になっている。つまり、全てのゲームにおいて、今やありがちとされるプレイヤー専用の自宅である。このゲームに置いては、不動産屋NPCとの正式な契約の締結で入手可能な代物だが、買うも何もこの町にはそもそもプレイヤーが殆ど存在しない、需要が無ければ供給が満たされることも無い。逆も然り。買う買わない以前の話なのだ。
表通りの喧噪を遠く感じる裏通り。
この通りを右に曲がって、左に見える三番目の脇道を通って、そこから五軒目の裏に回って行った方が早いな。小道が入り組み、恐らく住人でしか把握できないような、複雑な地理を俺が完全に理解出来ているのは、ここら辺の町の設定を考えたのがうちの叔母だったからである。叔母は俺がどのようなトラブルが起きても連絡員としてちゃんと対応できるようにと、パイシスや周辺の地理を頭に叩き込んだ。特に街中に至っては、開発室の機材を用いたシュミレーション訓練まで敢行されたのだ。そう簡単に忘れるわけがない。
ん、何だ?
三番目の脇道に入った所で、男が一人、慌てた様子でこちらに駆けてくる。明らかに物の良執事服に、初老の優しげな容貌、髪は灰色のオールバック。仕上げに鼻の下には上品な口髭を蓄えた、そう、完璧なセバスチャンがそこにいた。刺青が無いぞ。プレイヤーか? あのレベルのセバスチャン顔がリアルに存在するのか?
いや、良く見れば首筋に丸く刻まれてるな。両手いっぱいに何か瓶のようなものを抱えている。何者かに追われているのか、蒼白な顔をしてこちらに向かって来るセバスチャン。
NPCと道で激突、は!?
これは何かのフラグか!? ぶつかったら終わりのやつか!? 普通は美少女だし道角だけど、俺はおっさん執事と裏道でなのか!?
ふん、甘い! 立つならば、回避してやる、このフラグッ!!
猛スピードで俺が見えてないのか!? て位に猪突猛進する執事。まずは手始めに、とりあえず反対方向へ駆け出してみる。うお! びっちり張り付いて追いかけてくる!? しかも速い!
このままじゃ、いずれ追いつかれるな。
しかし、これも予想済みだ。あの底意地の悪い叔母が開発したゲームのフラグが、ただ逃げれば回避できるなんて甘っちょろい訳ないからな。そこで俺は振り向き、あえてそれをギリギリまで引き付けながら、いつでも瞬発力を発揮できるように足に力を溜め、半歩ほど横に予めずれておく。執事との距離は約十歩。
……九歩。
……八歩。
……七歩。
……六歩。
……五歩。
……四歩。
……三歩。
……二歩。
……一歩。
今だ!
ダッ!
一瞬で右への動作、真横への跳躍。絶対に反応できない紙一重。十日間の作業で覚えた、間合いの見切りを遺憾無く発揮した会心の移動。敵は完全に目標を見失っているはずだ。事実、脇を通り過ぎるやつの眼は前にばかり向いている。ふははは、勝ったぞ、俺の勝ちだーー!
と、通り過ぎる執事の眼がじろり、こちらを捉えた。
ズガンッ!
石畳を踏み抜かんばかりの一歩。楔の如く放たれた右足を軸に。
ギュンッ!
空気を切り裂く音。Gによって顔が歪むのが見て取れるほどの、急旋回。ば、馬鹿な!?
フラグというシステムの補正はここまで強いものだったのか!? 明らかに俺たちの移動スキルより速いぞ!? まさかこいつ、ラインバックか!?
ズバッ! ガバッ!
こちらの困惑を余所に執事は低くジャンプ一発、タックルのように跳びかかり、俺の両足をがっちりとホールドして縋り付いた。
「旅のお方、相応のお礼はします、どうかお助け下さい!」
悲壮感たっぷりにこちらを見上げて来る彼に俺は、自らの完全な敗北を悟った。てかこんなフラグ、回避できるかボケ!
「クリス、どこにいるのクリス!」
そこに絶妙なタイミングで現れる、ドレスを来た筋肉。
いや、ふざけてるとかじゃなく、本気でそれ以外の表現が見つからなかったのだ。
顔はそこまで悪くない、若干濃い顔立ちをしてはいるが、美醜で言ったらむしろ美の部類に入るだろう。長く伸ばした金髪も綺麗なプラチナブロンドだ。しかし、筋肉。うず高く盛り上がる上腕二頭筋と上腕三頭筋、太く強かな下肢三頭筋と腓腹筋、ポーズを決めれば即座にキレてる、キレてるよー! と叫ばれること請け合いのボディビルダーがそこにいた。ぱっつんぱっつんのドレスを身に纏って。
「そんなとこにいたのね、クリス!」
どこからか、カーン、というゴング音が響いた。
と、こんな具合で最初の場面に戻るわけだ。
「お嬢様、恐れながらこれ以上筋肉達磨になって何が楽しいのでございますか!? お父上と私は今ですらもう頭が痛くて、それこそ達磨の如く転げて回ってしまいそうなのですよ!? お嬢様はどうせその鍛えまくった体幹のお蔭でどのような体勢であろうともキクキク言いながら容易には転ばないでしょうがねッ!!」
執事が雇われの身分を忘れ咆哮すれば。
「言わせておけば、このファッキンエロ助が! お前が新人のメイドに手を出す度にお父様に報告しないであげてるのは誰だと思ってるの!? オヤジ専落としていい気になってんじゃないわよ! てかそれ以前に屋敷の中で主より多く女を囲ってんじゃないわよ!」
お嬢様が怒号を上げる。
「それは言わない約束だろうがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
激昂した執事が何故か金髪トゲトゲに覚醒したら。
「アンナの事よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と大猿に変身するんじゃないか、と心配になるほど筋肉を怒張させるお嬢様。
突っ込み所満載だけど、とりあえず著作権とか大丈夫なのかな、このゲーム。
というかこれ、帰ってもいいよね?
完全にコレ、俺はいらない子だよね? うん、良し!
てあれ? 脚が動かない。地面に吸着してる感じでも、上から押さえつけられてる感じでもない。ただ、脚に力が入らない?
これもミッションの強制力が成せる技なのか?
くそが、ちくしょうめ、動け、動けよう!
………………………………………………諦めました。
ここまで来ると、もう抵抗する方が疲れる。主従の異星人的戦いが終わるのを大人しく待つとしよう。
「はああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キュイーン!!
執事がその片手に光る大玉を収束させながら走れば。
「チェストおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ズドーン!!
お嬢様は赤いオーラ的な何かを自らの拳に込め駆けだす。
そして間合いが詰まりきったその瞬間、互いが互いの顔面に向けて。
クロスカウンター。
鏡映しに見るが如く、全く同じ動作で突き出される両腕。避けることはせず、ただ相手を粉砕することのみ考えられた動きがもたらすものは、一つ。
ダブルノックアウト。
首が弾け、体が吹き飛び、最後には地面に転がる。まあ最後のは執事だけで、お嬢様はやはり鍛え上げられた体幹で粘ったけれど。
カンカンカンカン!
またもどこからか鳴り響くゴング音。安易にアナウンスでは無い辺り、本当に芸が細かい。
「で、何がどうしてこうなったの?」
いまだ土煙漂う中、どうあっても動かない脚を恨めしく思いながら、ぽつりと呟く。心情的にはハイエナの群れに自ら飛び込むトムソンガゼルの気分だ。
「「聞いていただけますか?」」
ほら拾ったよ、しかも主従揃って。全盛期の東洋の魔女並みだよ。映像媒体で一回見たことあるだけだけど。いやバレーボールだったら衝突事故になるのか?
「聞くだけなら、まあ」
渋々頷くと、主従それぞれ喜色ばんだ顔を浮かべ。
「「助けてくれるんですね!」」
息ピッタリだね。さっきまでの戦いはなんだったのかな。まだそこまでやるとも言ってないし。
もうどうにでもしてくれ。
まだ動き出す気配すらない両足を嘆きながら、天を仰いだ。
お読み頂きありがとう御座いました。長くなりそうなので分割します。なんとか早めに投稿しますので。
誤字脱字ご意見ご感想、お待ちしております。




