俺たちは最凶の武器を作ってしまったかもしれない
「アシュレーンの魔女」の夫フレンが言い訳かたがたあの続きを語ります。
俺は選択を誤ったんだろうか。
人が大変な事故に遭おうとしている。ましてや、密かに想いを寄せていた女性が巻き込まれようとしていたら助けるのは当たり前のことだろう。たとえ彼女がこのオラトリオではなく、異世界の女性であったとしても……
俺は、その女性-チーズ-をその部屋の管理者(俺は持ち主だと思っていたが、後日チーズに俺がそう言うと、チーズが『それはオーナーではなく、アルバイトという使用人だろう』と言ったので)の不注意で漏れたガスが引火して大爆発、床が抜けたところを間一髪こちらの世界に引き寄せた。
ずいぶん経ってからだが、この顛末がチーズにバレて
「どうしてそうタイミングよく引き寄せられたの」
と聞かれた時、
「アクセスの呪文でしょっちゅうおまえを見ていたからだ」
と言ったら、
「げっ、それってストーカーじゃん」
と鼻白まれたが。ストーカーってどんな奴なんだろう。あまりよくいわれている感じはしないが。動機はともかく、結局俺はおまえの命の恩人だぞ。(作者注:フレン、開き直るな!)
当然オラトリオに居場所のないチーズを俺は弟子にして一緒に暮らし始めた。俺に勝るとも劣らない魔力があるのは、あっちにいるときから分かっていた(それが惚れた理由の一つでもあるし)からだが、しかしそこにはとんだ伏兵がいた。 チーズは壊滅的に舌の動きが悪かったのだ。術が発動しないのはまぁ、まだ良い。その文言に似たような発音の文言ががある場合、別の術が発動したり、何とも言えないような奇妙な術が発動するのはどうにもいただけない。ま、それもチーズが異世界から一緒に持ってきた電撃で書くノート? にチーズが打ち込んだ文字を発音させるということで克服できたんだが。
そして、幾度もの<メガトンハンマー>をうけながら、俺はチーズとの間合いを詰めていき、晴れて夫婦となり、待望のチーズそっくりの娘も生まれた。
しかし、そこに飛んでもない落とし穴が待っていようとは……
魔法というものは言語で構成されている。
つまり、言葉そのものに力が宿ると言うことだ。ニホンではそれを言霊と言うらしい。しかも、魔道語は魔力で読むというか語るものであるので、別に何気ない会話でも魔道語で語れば術として発動されることがあるのだ。
とはいえ、大人はまずそんなトラブルはない。人が物を考えるとき、頭にあるのはいつも慣れ親しんだ口語だからだ。
しかし、子供……しかも、両親共が魔法使いの我が娘アンジュは、口語と魔道語が同列にあるらしく、ときどき(どころではない、しょっちゅうだ)普通に話すかのように魔道語で語り、おかしな魔法を次々と繰り出してくるのだ。
しかも、普通ならそれも物心つけば治まるのだが、なんせアンジュはチーズの娘である。チーズの妄想体質をしっかりと受け継いだアンジュは、8歳になった今でも数は減ったが、その分子供の仕業と笑えない魔法を次々と生み出している。その破壊力にアシュレーンの城の魔術師が教えを乞いに現れるほど。
もしかしたら、俺は、否俺たちは最凶の武器を生み出してしまったのかもしれないと思う今日この頃だ。