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猫と勇者は死神と奈落に共鳴するとかしないとか 2

 シャルルと呼ばれたキャルト族の女は、ぶっちゃけていえばリグム級の腕だった。

 シャルルの周囲の大気がじりじりと爆ぜる。宙空に向けて大経口の銃のグリップ部分にブレードを取り付けたような、変わった武器を掲げると、その銃身に真っ直ぐに、晴天から稲妻が落ちた。

(刻鳴士!)

 俺は内心で驚愕する。

 カイセルのような変則系でもない限り、ナイトロールの上級魔術師というのはだいたいの魔術を使える。

 炎、水、土、風はもちろん、鉄、毒、生の属性なんかもリグムのやつは扱って見せた。だがそんな万能の超魔術師にも一つだけ絶対に使えないと断言した属性がある。

 それが「雷」だ。

 現代魔法戦において最強の名を欲しいままにしつつ、あまりにもコントロールが難しいため使い手の存在しない、幻の魔法属性なのだ、とリグムは言っていた。

 魔物の群れに銃を手に、突っ込んでいく。

 俺には『電凱波 (デルデミ)』と『神嶽捉経 (ジゼルセイ)』が発動しているのがわかった。前者は弱い電波を発信し、反響位置を把握することで視界の外の位置情報を得る術式で、後者は筋肉を動かしている電流をイオン交換でなく、直に電流そのものを接続することで、神経の伝達速度を秒速三十万キロメートルまで引き上げるものだ。俺も初見の魔術なのでかなり興味深いと思いつつ、『速離源力』と『旋捲風』を駆使しつつ、魔物を斬り、『気訃璃嶺流』を構築する。

 シャルルの持つ大経口の銃からは、鉛の弾は発射されなかった。代わりに魔力の塊が魔物を砕く。背後から襲い掛かってきた狼型にシャルルの足元から『電璽流 (ディスレ)』の細い電流が絡みつき、感電した狼型が動きを止める。同時に遠距離で魔術を発動しようとしていた魔物共の術式を阻害する。その硬直した合間に、右手が翻り額に銃口が添えられる。引き金が引かれ、狼の頭がスイカに似た割れ方をした。側面から襲い掛かってきた他の魔物の腹に、いつのまにか抜いたもう一丁の銃のブレードが腹部を切り裂き、下半身と上半身に分離させる。軽やかに跳躍し、足元から忍び寄ってきた虫型をかわし、『麻針臣惨痺 (マーゼガルヒ)』が紫電をばら撒いて、魔物共の足を止める。着地したシャルルが銃弾を乱射、屈強な魔物共は土くれのように易々と砕かれる。更に接近し、ブレードを振るいながら、引き金を引く。

なによりも先ず、あざやかだという印象を受ける戦い方だった。

 前衛魔術師の代表格であるロットウェルのような錬装士は鋼の装甲による防御力を盾に刃を振るう。

 俺のような風向士は『速離源力』で速度任せの回避を中心にした高速戦を仕掛けながら、『旋捲風』を叩きつける。

 だが刻鳴士であるシャルルは至近距離戦で相手の手札を完封しながら、自分の攻撃だけを一方的に通す。電速の反射神経と周囲のすべてを把握する特異な魔術がそれを可能にしている。

(こいつと近距離戦は絶対やりたくないな……)

 おそらく俺は負ける。

 それはそれとして俺は『気訃璃嶺流』を二重発動し、残りの魔物をすべて押し潰した。


「……協力感謝する」

「不服そうだな、おい」

 プイっとあからさまに不快そうに顔を背けた。だが、一応助けて貰ったことに負い目があるのか、向き直る。

「しかしガーレ=アーク。貴様、随分と戦型が変わったにゃ。十六刀流のソードフィールドは使わにゃいのか?」

 もう一度言おう。キャルト族はナをうまく発音できない。

ってか、ん? いまなんて言った?

「ソードフィールド?」

「貴様、本当にガーレ=アークか?」

「一応そうらしいが、記憶を弄られてるらしくて、昔のことは覚えてないんだ。そもそも俺とお前は知り合いなのか?」

「……にゃるほどにゃ」

「シャルル様」

 近づいてきた兵士の一人がなにやら固い表情で言う。

「わかってる」

 シャルルは苦虫噛み潰したような表情で答える。

 ……なんだ?

「帝国の騎士である貴様にこんなことを頼むのはシャルトルーゼの恥だとは理解しているが、そんなことを気にかけている場合ではにゃいからにゃ……。『風の騎士』ガーレ=アーク。シャルトルーゼを脅かしている魔王の討伐に協力して欲しい」

 魔王?

「魔王って、ジギギギア=ギギガガ=ガギゾ以外のか」

 ジギギギアとは、俺がリグムや数十人の魔術師団と共に戦った魔王の名だ。

 シャルルは頷く。

「その魔王はアゼル=アグア=アアグオンとにゃ(名)乗っている」

 魔王って何匹もいるんだな。いや、当たり前か。悪魔の中で特に強力な力を持ち、悪魔共を統制している存在を魔王と呼ぶだけなのだから。

「もう少し詳しい話を聞かせて貰えるか」

「ああ、ついてきてくれ」

 それと同時に別の考えを思い浮かべていた。


 関所の中の会議室に通された。そこで一通りの説明を受けたのだが、にゃーにゃー言って微妙に読み辛いので回想の形にしてシャルルの言葉を説明すると、「西の鉄鉱石の取れる山にその魔王は住み着いていて、月に十人ほどの人間を近くの村落から浚っていく。魔王の操る属性は鉄。兵士や、冒険者の護衛などをつけたり、討伐隊を向かわせたりしたのだが、それらの戦闘者の九割が死亡している。シャルル自身が戦線に加わったことはない。というのも、シャルルほどに強力な魔術師は他に存在せず、リグム=フェン=ナイトロールのような魔術師を有する国と戦争になった場合、もし魔王にシャルルを殺されてしまえば抵抗することもできずにシャルトルーゼは滅ぼされてしまう。百人の兵士より一人の強力な魔術師のほうが価値が高いのだ。魔王の被害が月に『十数人程度』だということも後押ししている」そうだ。

「つまり、俺が戦線に加われば勝率は格段に上がり、お前も魔王討伐に参加できるってことか」

「ああ」

「俺にメリットは?」

「もちろんそれにゃりに恩赦は出す。前金として――」

「そんなものより欲しいものがあるんだが」

「にゃんだ?」

「ちょっと聴かれたくないものなんだ。兵士を下げて貰えないか」

「わかった」

「シャルル様……」

「いい。遅れは取らない」

 シャルルが言い、渋々と兵士達が引き下がる。

 出て行ったのを確認して、俺は言った。

「率直に言うと、報酬としてお前を抱かせろ」

「……女を抱きたいにゃらば、娼館にでもいけばいいだろう」

「別に女を抱きたいわけじゃない。俺はお前を抱きたいんだよ」

 空気がバチバチと爆ぜ出す。雷属性の魔力が感情に揺られて、溢れ出したのだ。キレてる。シャルルと裏腹に俺はこの状況をかなり楽しんでいた。

「俺の協力なしだと、シャルトルーゼで最強のお前は魔王と戦うことすらできないんだよな」

「……」

 いやー、我ながら下衆いなぁ。

「シャルトルーゼを取るか、我が身のかわいさを取るか、お前はどっちを選ぶ?」

 シャルルが机を強く叩いた。

「貴様それでも騎士か?!」

「昔はな。いまはただの冒険者だし。勇者とは呼ばれてたけど」

「勇者? ふざけ――」

「ふざけてるのはお前だろ? これが勇者だよ。我欲で戦い、自分のためだけに敵を討つんだ。名誉欲だったり、復讐だったり。ともかく命を賭けるに足るものがなければ勇者を動かない」

「っ……」

 シャルルは銃口を俺の額に向けた。俺は動かない。こいつが引き金を引けないことを知っているからだ。こいつには当然沸いて出た俺というチャンスを自分の手で壊すことはできない。万が一打ってきた場合にも備えてるしな。

「決裂だ」

「あ、っそ」

 俺は席を立った。

 シャルルの脇を通り抜ける時、ギリと音が鳴るほどに強く彼女は歯を噛んだ。



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