猫と勇者は死神と奈落に共鳴するとかしないとか 1
――最も恐ろしい復讐の名を、愛という。
シャルトルーゼのある女
「……ふむ」
都を出てみたが、どこへ行こうか迷う。
王国内にはいるべきではないだろう。カイセルの寄生魔術による支配が明らかになれば、どう転ぶかわからない。内乱になるかもしれない。それに巻き込まれるのはぶっちゃけごめんだった。魔物との戦いで死ぬ人間はまだ救いようがあるが、人間同士のくだらない支配権争いに参加する気はない。ただでさえ俺は『勇者』なのだ。俺の名前があることで正義があると勘違いして尻馬に乗っかるやつがいたら、面倒を見切れない。そもそも俺はカイセルと争いたくない。力量的な意味で。
というわけで国内に留まるのはない。
候補として、北北東に位置する帝国に帰るのは真っ先に除外する。俺が帝国の人間のことを知らないのに、帝国の人間が俺のことを知ってるとか気持ち悪い。行きたくない。
それから真西に向かえばアルバース公国があるが、魔王関連のせいで凍結こそしたが冷戦中で、国境を越えることはできないはずだ。それにアルバース公国にはいい思い出がない。俺が召喚……、じゃなくて記憶を奪われてから一度アルバースを奪還する名目で大隊が出撃したことがあった。それが一人残らず謎の伝染病に掛かって救援を求めてきた。俺が護衛として治療団についていったのだが、どうもその伝染病が誰かの魔術らしかったのだ。魔術だと判断した根拠は二つ。
大隊の全員が病にかかったこと。
そして死者が一人もでなかったことだ。
もっと強力な病で皆殺しにできるが、どうする? とそいつが忠告してきているような感じがした。結局そのときは全員が戦意を挫かれ帰還することになった。
「アルバースの平和主義な破滅」という名は、それからリグムに聞いた。相当に強力な病毒士らしく、アルバース公国の守りを一手に担っているんだとか。関わり合いになりたくはない魔術師だ。
となると残りは、北西のパピュス自治区か、南のシャルトルーゼか。パピュス自治区……、となるとヨゼフのやつが突っかかってくるんだろうなぁ。「王都があんな状態になったのって、お前のせいでもあるよねー」とか嫌な笑顔で言ってくるのが容易に想像がついた。
よしっ、決めた。南に行こう。
空気にカイセルの呼んだ「菌」が混ざっているような気がして、一秒でも早くここから離れたかった。
俺は『速離源力』を使う。空気を吸引、圧縮し噴射して加速する。最高時速は三百キロほどだが障害物が鬱陶しいから重力と釣りあう程度に風を噴射し飛行しているから速度が少し下がっている。それでもまあ五時間も飛んでたら国境あたりにつくだろうと、俺は悠々と空の旅に出かけた。
というわけで五時間後。一応、国境に警備兵がいたので、無視するのも悪いかと思い手前で高度を下げ、スピードを落とした。徒歩で近づく。
「冒険者だ。シャルトルーゼに入る許可を貰いたい」
俺が言うと警備兵は困ったような、泣きそうな、よくわからない表情を見せた。……察するにビビってるのか? 『速離源力』の使い手でも実際に三百キロ近い速度で飛翔できるやつは少ない。空気抵抗というのはその辺りからいっきにひどくなり、下手なやつがその速度で飛べば後方に首がぽろりと落ちることになる。また呼吸の問題もある。それらを全部魔術で賄えるやつが、三百キロで飛翔できるわけだ。つまり俺は魔術師としての技量を晒してしまったらしい。
「あの、別にとって喰いやしないんだからさ……」
「ひいっ」
リアルに人が「ひいっ」っていうの始めて聞いた。なんか結構ショックだぞ。
「なんの騒ぎだ?」
警備兵さんの後ろからキャルト族の女が出てきた。なにやら騎士らしい服装をしている。橙色の髪で目つきはきつい。体つきは細いが無駄がない肉のつきかたをしていた。ふむ、悪くいえば貧乳。
「シャ、シャルル様。あ、あの、こいつ……」
「シャルル?」
どこかで聞いたことのある名前だった。
「……遠路遥々ご苦労だにゃ。ガーレ=アーク。『紅蓮の長槍 (フレイムランス)』の次は私を殺しにきたのか?」
ちなみにキャルト族は全身を薄い体毛に覆われて、耳が丸くてふさふさ。更に女がことごとく美人なのが特徴。
ダークブルーの瞳で俺を睨んでいる。恐ろしく暗く映る目だ。……しかしナをうまく発音できていないのがその緊張感を凄まじく台無しにしている。
「いや、ほんとに観光同然で来ただけだ」
「信用できないにゃ。にゃみ(並)の冒険者にゃらともかく、ソードフィールドをただで通すほど私はあまくにゃい」
何、この萌え生物。とりあえず記憶している中でキャルト族に会うのは初めてだが、超かわいいんだが。飼いたい。持って帰りたい。撫で撫でわしゃわしゃしたい。もふもふしたい。
「ええと、つまり問答無用で帰れ、っと?」
「どうしてもというにゃら、私を殺してからいくんだにゃ」
……まあ仕方ないか。俺にはどうしてもこの萌え生物を手にかけることはできそうにない。こいつを斬るとか、俺には絶対無理だ。
「そっか。悪かったな。じゃあ帰るよ」
「え、あ、ああ。お気をつけて」
拍子抜けしたように言う。
さて、シャルトルーゼがダメならどこへ行こうか。
やっぱパピュス自治区か。ヨゼフに会いたくねーなぁ……、とか思ってると、どこかの兵士が「敵襲!」と叫んだ。俺は不意にそちらのほうを見た。黒い影の群れ。地鳴りのような足音の群れが迫ってくる。魔物の群れだ。カイセルが操っていたのと似ているが、数はあれに比べたら段違いに少ない。
「バッドタイミング……」
俺は呟く。
「ちいっ」
舌打ちしながら、シャルルと呼ばれたキャルト族は俺を跳び越した。強化術式が発動した気配は一切なかった。
キャルト族の特徴は獣の遺伝子が混じっていることによる、人間以上の脚力だ。その分、手は若干退化しているらしいが。
関所から兵が出て要所を固めているが、馬に乗っているあたり、頼りない。上等な魔術師なら真っ先に馬を乗り捨てるはずだ。
「……手伝うかね」
俺は剣を抜いた。




