外伝・裁きの刻 5
うーあー、行きたくないなー。行きたくないなぁ。
僕――ヨゼフ=イトイートイット――は世界の狭間と呼ばれる場所にきていた。ここは神様同士が顔を会わせるための場所である。で、いまからめちゃめちゃ会いたくない人物と会わなければいけない。そいつはなんていうか、全身からいけすかねー、ってオーラを発散しているのだ。
扉の前でたっぷり十分ほどためらってから、仕方なーくノックした。
「開いているよ」
半ばやけくそになりながら扉を開ける。
胸に槍が刺さったまま磔になっている女がいた。
片腕だけ鎖が解けていて、片手で器用に本を捲っている。
「やあ、遅かったじゃないか」
そいつは柔らかく微笑んで見せる。
僕は溜め息をついた。
「言われた通り、アイバは返したよ?」
「なんだかひどく落ち込んでいるようだった。彼に無理をさせたのかい?」
「別に。ってか君が送り込んできたくせに、そーいうの気にするの?」
「相手が不利になるなら、どんなことでもネチネチ言ったほうがいいじゃないか」
だからおまえのこと嫌いなんだよ。
「それはそーだけどさ。それを言うなら僕の世界で随分好き勝手してくれたじゃん?」
「そうだったっけ? まあゲームに勝つためさ。みんなやってることだし、それくらいは大目にみてくれよ」
彼女がアイバを僕の世界に送ってきた理由、それは“魂の取り合い”だ。いま神達は世界に存在する知的生命体の数を競っている。で、数を増やすには魂がいる。それを他の世界から盗ってきているのだ。いまトップは七十億ちょっとだったかな? 彼女の世界はたしか六十億を少し超えたくらい。暫定二位であり、世界の発展度合いから言って、もうすぐ彼女がトップになると言われている。現在一位のやつは既に頭打ちなのだそうだ。
いまのままでもトップになれる目算がついているから、僕のところからちまちま魂を盗っていく意味がなくなった。で、彼女はアイバを返すように言ってきたのだった。
「しかし君って底意地が悪いよね」
「ああ、よく言われる。君を呼んだのだって、ただ自慢するためだからね」
「このくそアマ」
「ああ、よく言われる」
楽しそうだなぁ。
こういう性格だと退屈しないんだろうなぁ。
まあ僕も結構神様ライフを楽しんでるほうだと思うけど。
「思えば長かったね。前の神が引退してから1979年も経った。知ってるかい? 私ってずっとこの姿勢なんだよ。私の世界で死んだときのままの姿勢なんだ」
「知ってるというか、君ってその話しかしないじゃないか」
「そうかな?」
「そうだよ。弟子の一人に裏切られたんだけど、かわいいやつだったんだろ」
「ふむ」
「ほんとに君ってやつは」
「やあ、ごめんごめん。つい勝利が嬉しくってね。ほら、君だってあるだろ。気分が高揚して相手のことを無視して喋りたくなるとき」
「……あれ? 君、もしかして勝てるつもりだったのかい?」
「何?」
眉を顰める。少しは見れる顔になった。
ずっとそうしてたらいいのに。
「君さ、キタチョーセンジンミンミンシュシュギキョウワコクって知ってる?」
「いいや」
「じゃあキムジョンオンは?」
「知らないね」
「あとカクバクダンってわかるかい?」
「わからないけど、君はさっきから一体何を言ってるんだい?」
「あのさ、君が僕の世界にアイバを送ってきたように、僕も君の世界に人を送ってたんだよ」
呆れた。まだ事態の深刻さに気づいていないようだ。
というか自分の世界の国の名前くらい把握しとけよ。
「その僕が送った人がね、北朝鮮っていう国にいるんだ。第一書記さんの家族で、核爆弾ってやつのスイッチを握ってるんだよ」
「よくわからないけど、たかが爆弾一つだろ?」
「それ、爆発したら一つで二十万人くらい死ぬらしいよ。それが何百個もあるんだって」
「なんだって……?」
「それで僕はいまからそれを爆発させようと思う。君の世界の人口の多い各都市に向けて」
「……どうしてだよ? そんなことをしたっていまからじゃあ君に逆転は無理だろう? 魂を奪っても世界の発展が追いつかないはずだ。そんなことをするメリットがないじゃないか。だからそんなバカな真似はやめておきなよ」
表情は笑みに戻ったが、口調で焦っているのがわかった。
楽しい。
「どうしてって? 答えは簡単さ」
その瞬間、北朝鮮という国から一斉に核爆弾が発射された。日本、韓国、中国、ロシア、東南アジア各国、ヨーロッパ、オーストラリア、アフリカ、カナダ、ブラジル。広い地域には多く、明らかになんの罪もない住民を殺すためだけの核爆弾がありとあらゆる地に降り注いだ。
「君の足を引っ張るためだよ。君は僕の世界でやりすぎた。ムカつくから蹴落としてやろうと思ったんだ。それだけだよ」
「君は……」
「あ、そういえば“ニッポン”を対象にしたらアイバも巻き添えか。忘れたや。ま、いっか」




